第十話 手紙
平伏したままの三名を一瞥したアシュリーが小さく息を吐く。
「さて、それじゃ帰ろうか、デージー……って、どうしたの??」
デージーに視線を向けたアシュリーは、彼女の瞳が再び涙でウルウルとしていることに気づく。いったいどうしたのだろうか。
「あうう……デージーは、アシュリー様をお迎えに来たかっただけなのです……それなのに、こんな騒ぎになってしまって、アシュリー様やネメシア様にご迷惑をおかけしてしまったのです~……」
再びえぐえぐと泣き始めたデージーを、アシュリーは優しく抱きしめた。何て愛おしいんだろう。こんなにかわいらしくて愛おしい女の子を怖がらせたうえに、このような気持ちを抱かせるなんて。アシュリーは再度モカラたち三名のエルフに怒りが湧いてきた。
「デージー、もう泣かないで。全然迷惑なんかじゃないし、お迎えに来てくれて本当に嬉しいと思っているわ。私のほうこそ、同胞のエルフが怖い思いをさせてごめんなさい」
「ア、アシュリー様が謝る必要なんてないのです……! あの、デージーまたアシュリー様をお迎えに来てもよいですか?」
「もちろん。でも、帰りが遅くなるときはダメよ、危ないから。居残りで勉強しているときとか、仕事が入っているときとかね」
「分かりましたなのです!」
アシュリーの言葉に、デージーは瞳に涙を溜めながらも笑顔を浮かべた。その後、アシュリーはダリアやジュリアたち、野次馬のなかにいたクラスメイトたちにデージーのことを紹介してまわったのであった。
――バジリスタの首都アストランティアで一際目立つ、荘厳かつ巨大な城こそ、天帝が住まうバジリスタ城である。
長きにわたりこの地に鎮座してきた天帝の居城は、政治や国家戦略立案の場所としても利用されていた。
「天帝陛下、少しお時間よろしいでしょうか」
城の最奥、天帝の居住エリアに足を踏み入れたステラは、豪奢な扉の前に立ち声をかけた。ここは天帝がプライベートな時間を過ごす自室。サイネリアの側近たるステラは、居住エリアへの自由な立ち入りを認められていた。
「ステラ? ええ、いいわよー」
天帝が許可を出したのを合図に、扉の両横に立つお飾りの護衛が静かに扉を開く。至高の種族たるハイエルフに護衛など無用だが、一国を治める統治者の自室へ誰でも自由に出入りできるのはマズい。
そのような理由から、とりあえず形だけでも護衛の兵士を配置しているのだ。
「失礼します、天帝陛下」
「いらっしゃい。何かあったの?」
大きなソファへ横になり、片肘をついて読書をしていたサイネリアがステラへ視線を向ける。相変わらずの美貌と、惜しげもなく晒した真っ白な柔肌が視界に映り込み、ステラの心臓は鼓動を速めた。
「は……陛下を襲撃した者どもですが、『バジリスタ解放戦線』の構成員で間違いありませんでした」
「ふーん、そうなんだ」
ステラが直立不動のまま報告書を読み上げる。興味なさげなサイネリアは、再び読んでいた本へ視線を落とした。
「バジリスタ学園の周辺を、治安維持機関が徹底的に捜査したところ、武器を隠し持った怪しげなオーガを複数発見。自身も『バジリスタ解放戦線』の構成員と認めたため捕らえました」
「へー」
「さらに、アストランティアの中心市街地に潜んでいた同組織の構成員と準構成員、協力者の確保にも成功。現在、治安維持機関の留置施設で勾留しています。が、予想以上に数が多く留置施設のキャパを超えそうだと現場から苦情が……」
「なら留置施設に入れなきゃいいじゃない」
「……と、仰いますと?」
「テロリストとその仲間でしょ? さっさと全員殺してしまいなさい」
本から視線を外すことなく、さらりと恐ろしいことを口にする天帝サイネリア。ステラの頬を冷たいものが伝い落ちた。
「テロリストを生かしておく必要なんてないでしょ。お金ももったいないし、さっと処分しちゃいなさい」
ちらりとステラへ顔を向けたサイネリアの口角は少し上がっていた。心底恐ろしいお方だとステラは再認識する。思えば、あのときもこの方は笑っておられた。
「はっ」と短く返事をしたステラは、天帝の自室を出ると細く長いため息を吐き、まっすぐに前を見つめたまま廊下を歩き始めた。
「へえ~、上手なのねデージー!」
「ありがとうございますなのです。でも、それほどではないのです」
ナイフを使って上手に野菜と肉をカットしていくデージーに、アシュリーが感心したような目を向ける。普段、アシュリーはほとんど自炊をしない。というかできない。学園からの帰路、調理ができるというデージーの言葉を信じて、二人は今キッチンに立っていた。
何でも、貧民街で暮らしているときは、少しの食材もムダにできなかったので、自炊が基本だったとのこと。今よりもさらに幼いころから、デージーは調理をしていたようだ。手際の良さもそれなら頷ける。
限られた食材を上手に使い、あっという間に複数の料理を完成させてしまった。デージー、恐ろしい子! 美少女で料理も上手とか、どんだけ女子力高いんだ、と思わず心のなかで叫ぶ。
実は、野菜をカットするときに少し手伝おうとしたのだが、ナイフの使い方があまりにも危なっかしかったのか、デージーから「全部私がやるから大丈夫なのです」とやんわりと拒否られてしまった。
「完成なのです。アシュリー様、どうぞ食べてくださいなのです」
テーブルの上がこれほど華やかなのはいつぶりだろう。ふっ、と遠くを見つめるような目をする。それに、食欲を誘うとてもいい匂い。
「じゃ、じゃあ。いただきます」
フォークで肉を突き刺し、そっと口へ運ぶ。
「……!!」
言葉にならないほど美味しかったらしい。その様子を見てデージーもホッとしたようだ。
「デージー! これ、めちゃくちゃ美味しいよ! 凄い!」
「えへへ……ありがとうございますなのです。良かったなのです」
料理が美味しいのはもちろんだけど、こうやって誰かと一緒に夜ご飯を食べるのが久しぶりすぎて、ちょっと嬉しい。思わず涙腺が緩みそうになり、アシュリーは慌てて首を左右に振った。
「ど、どうしたのです? アシュリー様?」
「ん、んーん。何でもない。とても美味しいし、デージーと一緒にご飯を食べられて嬉しいなって」
「デージーもなのです!」
「ふふ、良かった。さ、冷めないうちに早く食べちゃいましょ」
「はいなのです!」
にぱっ、と笑ったデージーが、勢いよく肉にかぶりつく。何とも豪快な食事の様子に、アシュリーの頬が思わず緩んだ。
「アシュリー様、どうしたのです?」
自分のほうを見ながら唇を三日月のようにしならせているアシュリーを見て、デージーが不思議そうに首を傾げる。
「ふふ。デージーったら、ソースついてるよ?」
デージーの口もとについたソースを、アシュリーがナプキンで拭う。
「あう……」
デージーが少し恥ずかしそうに目を泳がせる。こうして、楽しく穏やかに食事の時間は流れていくのであった。
その日の夜、アシュリーはリエッティ村の実家へ手紙を書いた。
久しぶりにいろいろなことがあったので、これは書くしかないでしょと思い立ったのだ。父も母もきっと驚くに違いない。にんまりと口角をあげたアシュリーは、ペンを軽快に紙の上へ走らせた。
『お父様、お母様、お元気ですか? 私は元気です。実は今日、驚くことがありました。何と、天帝陛下が学園へ視察にお見えになったんです。
しかも、生徒へ向けてありがたいお言葉も届けてくださいました。近くで見る天帝陛下はとても美しく、素敵な方でした。
もっと勉強を頑張って、早く天帝陛下のお役に立てるようなエルフになりたいです。あ、そうそう。今私はデージーというオーガの女の子と一緒に暮らしています。
とてもかわいくて素直で、愛らしい子です。卒業して一度そちらへ戻るとき、彼女も連れていきますね。それではお父様、お母様。お体にはくれぐれもお気をつけください。それでは』




