1-7 ノーボスビータの不思議、そして、、、。エピソード1 -最終話-
その大切な話しとは。
それは、蓮津光が、海岸から行き先のないエレンを自宅に、初めて連れて帰ってからのことだった。
「蓮津さん、ごめんなさい。私、何も覚えてないし、このままじゃ、あなたに迷惑かけるばかりだわ。」
すると、蓮津は、笑いながら、
「大丈夫だよ。記憶が戻るまで、いや、好きなだけいたらいいさ。気兼ねしないで。こんな、むさくるしい、独身男性の1人住まい、むしろ、明るくなって大歓迎だよ。」
「あ、ありがとう。」
エレンは、蓮津のやさしさに感激して涙があふれた。
それからというもの、蓮津が、仕事で留守の間、ネットなどで情報を得て、家事のやり方を覚えて、色々なことをするようになり、和食も作れるようにまでなった。
「しかし、君を見ていると、なんだか自分の国ではよほどお嬢様だったんじゃないのかな。」
「そうかしら。あまりわからないけど。」
蓮津のために一生懸命につくすエレン、そして、エレンは蓮津のやさしさに感謝しながら、その気持ちは変わりつつあった。
やさしくて明るいエレン、それに、2人で外を歩いていると、必ず人に二度見をされるほど美人すぎるエレン。
何も思い出せずに、苦しむエレンを、蓮津は慰め、互いの気持ちが寄り添って、その絆は深まる一方であった。
その後、コスメの勧めもあってモデルになることを決意する。そして、その日から、セシルと名のるようになる。
そして、ある日、夕飯を食べる2人。すると、蓮津が何かに気がついて
「セシル、その手のひらの模様は何?」
「ああっ、これね。いえ、実は、2.3日前から、急に現れて、何なのかわからないのよ。」
「なんだろう。」
左の手のひらに現れた、星の形にも似たような、オレンジ色をした形。
石鹸で洗っても何をしても、落ちることはなく、それどころか、その形は日増しにはっきりしていった。よくみてみると、それは、タトゥーのように、手のひらの皮膚の上にあるのではなく、むしろ肉の内側から浮き上がっているように見える。
「セシル、これは、何かを表しているんじゃないか。」
「そうね。私も最近、そんな気がするの。」
「オレンジ色が、外側の輪郭から、真ん中に向かって、少しずつ全体を塗りつぶそうとしている。この形がすべて塗りつぶされた時、何か起こるのかな。」
「そうね。その時になると、これは消えるのかしら。」
「そうだ。一応、一度君を連れていった、蜂部先生に診てもらおう。」
すると、先生は、不思議そうに、レントゲンを撮ったり、色々と見ていたが、
「蓮津くん、これは、まあ、私には詳しいことはもちろんわからないが、皮膚の表面のすぐ下に組織ができていて、中には、もっと立体的な組織があって、そこから、細い管のように見える組織が、腕の方まで長くつながっているようだね。だから、体内で起こっていることを表に知らせる信号みたいな、そんな役目をしているものじゃないかと思うんだ。おそらくだけど。」
「体調とか、何かですかね。」
「いや、そこまでは、俺にもわからないが、普通の人間には、ありえないことだから、セシルは、特別な人なのかもしれないな。ちょっと普通の人間の身体とは違う。」
「今、彼女の身体などを検査して色々と調べてみたが、とりあえず、悪いことが起こっているようではなさそうだ。」
その後、半年が経ち、セシルは、
「光さん、実は、私、今日、とても大事なお話しがあるの。」
「なんだい。驚かせないでくれよ。」
「実は、私のお腹に子供ができたのよ。」
「なんだって。なぜ、そんなことがわかるんだい。つわりや何かが起こったわけでもないし、まして、病院に行って診てもらったわけでもないのに。いきなりわかるなんておかしいな。」
「そうなの。やはり、私は、日本人とは違うんだわ。それに、とても不思議なんだけど、急に、あとひと月で生まれるって、身体の中が教えているの。強くそんな気がするんです。」
「そんなことがあるのか。」
すると、手のひらをだしてみせるセシル、
「この手のひらの模様を見てちょうだい。オレンジの色が、たぶん8割以上塗りつぶされているわ。たぶん、この星の形が完全に塗りつぶされたら、その時、その時に子供が生まれるんだわ。」
「ということは、この星の形は、子供の体内での成長を表していたということなのか。」
「おそらく、そうだと思う。」
「だけど、君は、つわりとかもないし、それよりも、お腹は少しも膨らんでいないな。こんなことってあるのかな。」
「そうね。私も、それを疑ったんだけど、あとひと月で出産という身体の中からでているメッセージは絶対だと感じるのよ。」
「よし、それじゃ、また、先生に診てもらおう。」
またもや、不思議なことで、蜂部先生は、おおよわり、しぶしぶ診てみると、
「おい、蓮津くん、なんと、お腹に子供がいるぞ。それも小さなペットボトルくらいの大きさだが、しっかりと子供の形になっている。もはや胎児の感じじゃないぞ。小さな人間の子供に近いぞ。これなら、あとひと月で生まれても不思議じゃないな。こんなこと、普通の人間じゃありえないな。セシルは、いったいどこから来たんだ。」
ちょうど、その頃、セシルは、モデルで大人気を博していたが、妊娠しているのに、お腹はまったく出ていないので、体型には全く影響がなかった。そして、ある人以外は、誰も気づくことはなかった。
それは、ネットなどで、たまたまセシルの手のひらが少し写っている画像をみたオルガは、その星形の模様に気がついた。
「なんてこと!エレンの手のひらに、ノーボスビータが出始めているわ。大変なことになったわ。」
このことは、オルガから、すぐに管理官へと報告されることとなった。
ノーボスビータとは、コトールルミナス人が妊娠すると、その知らせが手のひらに現れる、その星形の印のことである。その言葉は、新しい命という意味がある。体内の子が女の子の場合は、左手に、男の子の場合は、右手に現れる。最初は、オレンジ色の星のような形の輪郭が現れて、出産までの8ヶ月の間に、その周りから、中央に向かって少しずつ塗られていき、最後に、生まれる直前には、完全にオレンジ色に塗りつぶされる。
そして、出産と同時に消えていく。そして、出産のひと月前になると、体内よりあとひと月で生まれるというメッセージが送られる。コトールルミナス人の女性は、どこまでもその見た目の美しさを尊重することは、以前にも述べたが、この妊娠についても、そのことに関連している。それは、胎児が限りなく小さな状態で育ち、母体の外見の綺麗な体型を変えることはしない。妊娠すらも、女性の見た目に影響しないようになっているのである。そして、小さなペットボトル程度の大きさで出産するとたちまち、ひと月ほどで、体長が50㎝ほどになり、それから普通に育っていく。
エレンは、まさかの、蓮津と結婚の約束を交わして、子を宿していたのであった。そして、子供はすでに生まれて、すくすくと育っていた。印が左手にあった通り、女の子であった。
そう、管理官の最後の話しとは、帰国に際しての子供のことだったのだ。
「ところで、蓮津さん、プリンセス エレン。あなたたちの子供のことだけど、プリンセスは、私が何を言いたいか、もうおわかりですよね。」
ゆっくりと頷くエレン、
「今回、2人の間に子供ができてしまったことは、誰も責めることはできません。プリンセスも、20才といえば、プライベートでは1人の年頃の女の子ですもの。男性に興味ももつし、心ときめいたりもするわ。まして、プリンセスとしても、国の人間であることも記憶がなかった時に、男性を好きになってしまったのだから、仕方ないわ。2人とも結婚するつもりだったのですね。プリンセスは、記憶が戻った時は、我に帰り、さぞかし驚いたことでしょう。なぜなら、国には、プリンセスは、すでに結婚していて、夫がいるのだし、他国の血を入れてはいけない規則がありますから、その子は、日本に残るしかないですね。日本人とのハーフの子は、蓮津さんに引き取って育ててもらうしかないのです。それから、すでに母国で結婚しているプリンセスは、もちろん、蓮津さんとは添い遂げることはできない。記憶が失われていたことで、プリンセスには、2つの悲劇が起きてしまった。とても、残念です。それに、これは、誰も悪くないこと。悪いのは、その運命のいたずらです。」
そう伝える、辛そうな表情の管理官の目には涙があふれていた。そして、エレンもオルガも、蓮津も涙を溜めていた。
すると、蓮津は、
「セシル、いや、エレン、今までありがとう。君が記憶が戻らなければ、結婚することもできたけど、やはり記憶が戻って国に帰るのが1番だよ。本当によかった。別れることにはなるけれど、子供は僕がしっかり育てていくよ。安心して、国に帰ってくれ。」
「光さん、ごめんなさい。私、なんてことをしてしまったのかしら。本当に、本当に、ごめんなさい。」
エレンは、これ以上言葉がでなかった。
管理官は、ゆっくりと頷くだけだった。
すると、蓮津は、
「これで、もう皆さんとはお別れです。最後に、1つだけ疑問に思ったことを聞いてもいいですか。」
すると、管理官は、
「どうぞ。答えられることなら、なんでもいいですよ。」
「管理官さん、あなたは、見たところ、エレンやオルガと全く同じ年に見える。2人は20歳くらいだとわかっていましたが、あなたは、まさか20歳ですか。」
「そうね。あなたたちから見れば、無理もないわ。私は、今35才よ。だけど、国の女性は、20歳をすぎたら、40才で肉体が消えるまで、見た目はこのままです。そういう人種なのです。国の女性は、20歳以上の人たちは、みんな同じ年に見えます。だから、私たちにとって年齢はなんの意味も持たないのです。」
「ええっ、ということは、エレンとオルガも!」
「その通りです。2人もずっとこのままの見た目は変わらないです。」
「あなたたちは、何という人たちなんだ。あなたたちは、奇跡の人種ですね。」
「だから、私たちの国は、その存在を隠していて、世界的には伝説の国と呼ばれているのです。」
「なるほど。わかりました。私もこのことは、秘密にしましょう。決して人には言いません。」
「ありがとう。そうして頂けるなら、私もあなたから、記憶を消すことを今回はやめておきますね。それでは、そろそろ、時間がきたようです。プリンセス、オルガ、出発しましょう。」
潜水艦に乗り込みつつ、手を振る3人。
すると、エレンは、
「光さん、子供のこと、よろしくね。」
「大丈夫。立派に育ててみせるよ。」
3人は、再び涙をためて、帰っていくのだった。
帰国したプリンセスとオルガ。オルガは、短命因子という一種の病いのようなものにかかり、寿命の短縮が起こり、半年後に消滅していった。彼女の日本での功績により、聖なる旅立ちの部屋、にて、家族に見守られ、消滅していった。そして、また、美と命の水のさらなる美人化のせいで、奇跡的な美貌を手にしたオルガの写真は、「美の歴史の間」に飾られ、消滅後も半永久的に保存される。その写真のオルガの顔は満面の笑みで、この上ない幸せそうな表情であった。