5-4 無敵のモデル アイリスの秘密④
それを知ったアイリスは、仕方なく、実務に、このことを相談した。
そのために、アイリスは、とうとう自分の研究の秘密を明かす。それは、ビダーガス2というものを使っているのである。アイリス本人のDNAに基づくもので、唾液と血液を素に特別に製造された神経ガスで、これを吸った者は、脳の中にある、美の中枢という、美を感じる部分に作用して、その人間がもっとも美しいと感じる女性の条件の顔を脳内で瞬時に組み合わせて作り出し、アイリスの姿に投影する。
つまり、アイリスをどんな女性よりも美しく感じてしまう。それが、その見ている本人にとって、最上に美しく見える。そのガスは、カメラあるいは、ビデオカメラ、テレビカメラなどのレンズに付くと、カメラを通して、その記録媒体にも同様の影響をしてしまう。アイリスが載った写真やビデオ映像、テレビ放送などなどの媒体を通しても、その作用は働いてゆく。
以前、製造していたビダーガス1は、それを吸った人間は、誰をみても、相手を実際以上に綺麗だと判断するという効果があった。しかし、今度の、最高にバージョンアップしたビダーガス2は、特定の人間の唾液と血液を元にして製造されたもので、その本人のDNAで判断をして、そのDNAを持つ者だけを、誰よりも最高に綺麗だと判断をする。そして、以前、ビダーガス1の時には、小型のガスボンベを持ち歩いていたが、煩雑になるため、それを超小型にして、それもジュエリーネックレス型に新開発したため、通常は、その特殊なネックレス、ビダーリングを装着しており、彼女は、どこにいても、ビダーリングから、圧縮ガスを放出することができる。
そして、そこにいるガスを吸った人たちは、全員、自分たちが、自分たちの好みで最高に美しいと思う美人の顔をアイリスの顔として見るわけなので、全員、一人残らずアイリスの顔が1番綺麗、という判断をすることになる。つまり、誰がアイリスの顔をみても、アイリスが1番の美人、ということになるのである。
「、、、というわけで、私は、いつもビダーガスを圧縮してあるビダーリングを首に装着していて、いつでも、どこでも、自分以外に誰かがいる時は、ビダーガスを放出していて、私の顔を、相手にとって、1番最高の美人顔に見せているのよ。どう、すごいでしょう。だから、どんな美人であっても、私の顔を超える判断はありえない。常に、どんなに綺麗なモデルと一緒になっていても、相手の顔を越えようとしているのだからね。だけど、私も、あなたと同じで、あんな目に合わなければ、こんなもの、作らなくてもよかったんだけどね。皮肉なものよね。本当に、皮肉よ。」
そう言いながら、泣きくずれるアイリスであったが、この時ばかりは、同じ境遇で苦しんできた実務ももらい泣きをしてしまった。
しばらくして、2人共、やっと冷静さを取り戻し、話しの続きを始めた。
「ごめんなさい。つい、感情的になってしまって。この気持ち、あなたならわかるでしょ。それで、今回の問題なんだけど、ビダーガス2は、吸った人は、自分の中で1番綺麗だと思う顔を作り出すのよ。ということは、もしも、私と、あの図類さんのモデルが同時に同じ場所に現れたら、脳内では、どちらも、どちらのモデルを超える美人顔を作ろうとするのよ。さあ、そうなると、どちらが上なのかは、いくら脳内で計算をしつくしても、顔が出来上がらないの。当たり前よね。どちらも、もう片方の美人顔を超えようとするからね。すると、どうなるのかというと、互いの作り上げる美人顔がヒートアップしすぎて、脳の動きが止まらずに、結論が出ずに、ついには、脳が吹き飛んでしまう。」
驚いた実務は、思わず、聞き返してしまう。
「ええっ、それ、意味がわからない。の、脳が吹き飛ぶって、ど、どういうこと?」
「そのままの意味よ!脳の機能が頭の中で吹き飛ぶのよ。脳の機能が完全停止してしまうのよ。そうすれば、脳死か、廃人になることは、免れないわね。」
「そ、それは、大変だわ!!早く止めなきゃ!」
「やっと、わかった?だから、あの図類さんのモデルのスケジュールを調べてほしいのよ。その予定に、私が被るようなら、避けていくようにするから、協力してほしいのよ。」
「だけど、雑誌や他のメディアに出ているのはどうなの?写真とか見ても起こるんでしょ。」
「それは、2人の写真を並べて見比べない限り、それは起こらないわ。だから、とりあえず、2人同時に並ぶ時だけを避けたいのよ。今後のことは、また考えるとして、とりあえずは、緊急事態だけね。」
「それなら、あなたがぜんぶ出るのをやめたらどうなの?1番簡単じゃない。」
「そんなの、図類さんのせいなのに、なんで、私が全部やめなきゃいけないのよ。私だって、いつ、どうなるかわからないから、今のうちに稼ぐだけ稼いでおきたいから、被るのだけ注意するわよ。」
すると、現在、日本のモデル業界で、頂上に立っているアイリスは、あまりに出演スケジュールが多すぎて、かなりの確率で、被るようになり、ギリギリで避けていた。
そして、ある日、図類のモデル、ソフィーのスケジュールを確認したあと、アイリスだけが出ることになっている、あるイベント。一応、心配になって、会場には、実務も様子を見にきていた。会場には、観客が大勢つめかけている。その数は、およそ200人を超えていた。司会進行役によって、イベントは、問題なく進められていて、観客たちは、非常に盛り上がり、生で見るアイリスに興奮がおさまらなかった。実務も、彼女の美しさに、いや、もちろん、ビダーガス2により作り出された美しさではあるが、とても感服していて、言葉がなかったのは、正直な気持ちであった。
「ビダーガス2の秘密を知った上で見ていても、アイリスは、なんて美しいの。こんなことができるなんて、アイリスの、これを作り上げた才能は、この見た目なんかよりも遥かにすばらしいものよ。もっといいことに利用できたらと思うと心が傷むわ。」
すると、突然、司会進行役から、驚きの発言があり、会場は騒然となった。
「えー、たった今、サプライズでゲストの登場です。さあ、拍手と共に、お迎え下さい。モデルのソフィーです。」
会場騒然で、大拍手の中、舞台横から、ソフィーが登場した。実務は、驚きのあまり、言葉が出ない。そして、また、首にしっかりと、ジュエリーネックレスのビダーリングが装着されていて、2度驚いた実務。
「どうして、ソフィーが来たの?大変だわ!なんとかしなきゃ!」
そして、次の瞬間、実務は、舞台の正面に飛び出した。
「皆さん、どうか聞いて下さい。どうか、私の言う通りにして、今、すぐに目を閉じて下さい。理由は、あとから、説明します。どうか、お願い!目を閉じて!お願いします!」
舞台上で、うろたえるアイリス。ソフィーも、そのままどうしたらよいか困っている。会場では、次々と目を閉じる人たち。
しかし、その一方で、なぜ、そんなことをしなくちゃいけないか、と怒鳴りながら、こちらを見ている人たちもいた。すると、その人たちは、2人をみているうちに、しばらく震え出すとともに、次々と倒れていく。しばらくすると、会場は静まり返っていた。だが、目を閉じて座り込んでいる人たちがいる中で、観客200人のうちの、約半数は、倒れていて、会場は騒然となっている。それを見て、唖然としているアイリス。実務は、アイリスに駆け寄って言った。
「どうするのよ!あなたのせいよ!」
「ち、ちがう、ちがうわ!あいつ、図類よ、あいつのせいだわ。」
「アイリス、あなた、すぐに逃げた方がいいわ。外国に逃げなさい。元の顔のままなら、大丈夫でしょ。今すぐに。」
その、実務からの思いがけない言葉に驚くアイリス。
「ええっ!どうして逃してくれるの?」
「まあ、あなたとは、国から、同じ目にあった仲間だからね。こんなことで一生をダメにしてほしくないのよ。だから、もう2度としないと約束してくれるなら、今回だけはにがしてあげるわ。ビダーガスのことなんて、普通じゃ理解できないことだから、証拠さえなければ、絶対に捕まらないわよ。あとは、私が何とかするから。」
「本当にいいの!ありがとう。証拠?それなら、持っているビダーリングを全部渡すわ。」
持っていた5つのビダーリングを実務に渡すと、
「わかったわ。全部、処分するわ。」
すると、図類がアイリスに向かって怒っている。
「アイリス!こんな危険なものを高い金で売りやがって、タダじゃおかないからな!金は、絶対に払わんぞ!覚えておけ!」
「図類さん!あんたこそ、約束を破らなければ、すべてうまくいったのに!こんなことになったのも、全部あんたのせいよ!もうお金なんかいらないわ!もう2度と会わないわ!」
すると、実務は、
「さあ、早く行った方がいいわ。こちらは、じきに救急車もくるわ。警察もくるし、他の人たちも、もう騒ぎに聞きつけてやってくるわ。さあ、早く行きなさい!」
「悪いわね。じゃあ、あとは、よろしくね。本当に悪かったわ。」
そう言うと、アイリスは、足早に、立ち去って行った。




