4-7 鉱物研究所へ
そして、今回、採掘した鉱石を含め、自分のこれまでの研究している鉱石を持って、この、美人を最も価値の高いと評価する自分の国に決別するために、いよいよ国を出る決心をした。そして、目指すは、家族の絆が深く、その関係性をとても大切にする日本を目指したのである。
そして、来日したのち、すぐに、国内から連絡していた、日本の大学に関連している鉱物研究所に就職することとなったのである。
ステラは、母国以上に、家族の絆をより深く大切にする日本人の、心、そして、人柄や文化など、また、世界的にも長寿で知られる日本、に初めて触れて心が熱くなった。それに、これは、母国以外では当たり前のことなのだが、やはり、命に対するなによりも大切にする心には、自分のこれまでのことに重ね合わせてみて、安心して、涙が出たのであった。
鉱物研究所に就職が決まり、その初日を迎えた。その方面の研究では、かなりの成果を上げていると聞き、これまで自分が勉強してきたことが生かせると思うと、久しぶりに喜びを感じるのであった。
そこには、所長を始め、全部で6人の研究員がいて、皆、温かく迎えてくれる人だったが、そうとばかりは言えなかった。
「おはようございます。今日から、宜しくお願い致します。」
すると、すぐに、彼女のところに近寄る所員がいた。山上である。山上は、研究所では、1番の古株で、研究所では、1番成果を上げている人間であるが、ステラが19才の若さで、この研究所に入れることを、非常に不服としていた。
「おー、君が面接だけで、無試験でここにきた娘か。今いる所員が、試験を受けて、大変な思いをして、この研究所にきたというのに、どんなコネがあったかは知らないが、君みたいに、特別枠でこられたら、ここにいる全員が、ちょっと納得がいかないんだよ、わかるだろう。」
すると、山田が会話に割ってきた、
「山上さん、この人は、特別らしいよ。それに、何があったかはわからないけど、所長に認められたことには違いないんだから、そんなこと言わないで迎えてあげましょうよ。」
「僕だって、そうしてやりたいさ。だけど、19才だぜ。今いる、僕たちだって、大学を卒業して、大学院に進み、そのあと、試験を受けて、やっとここに入れたんだ。どんなに早い人間でも、20代後半から30代前半だ。19才じゃ大学もやめて、ここにきたんだろう。大学院はおろか、大学も満足に終わらないで、そんな娘にここにくる資格なんてあると思うか。」
すると、ステラから、
「すみません。私、一応大学は卒業してきました。」
すると、カッとして、山上は、納得できない。
「おいおい、本来なら、これから2年生だろ。大学は、まだ1年しか行ってないじゃないか、わかってるんだぞ。」
「いいえ、私は、成績が良かったので、スーパープレミアムコースに進むことができたので、1年だけで卒業しました。」
それを聞いた所員全員は、驚き、山田から、
「聞いたかい、皆。やはり、19才でも、優秀で認められたんだよ、それで、ここに来られたのさ、きっと。やっぱり、僕たちとは違ってたんだよ。」
しかし、山上は、納得しない。
「だけど、僕たちの研究は、大学院に行ってからの勉強や研究があってこそ、その成果が今、あるんじゃないのか。スーパーコースだかなんだか知らないが、3年も短くて大学院もなしで、それでここにくるのを認めるなんて無理に決まってるだろ。」
「じゃあ、彼女にどうしろというんだい。」
「僕が、今、ここに入るのが相応しいか試してやる。」
全員、驚きの表情に!
「そんなこと、勝手にしていいのかい。また、所長に何か言われるよ。」
「僕は、この研究所のためを思ってやるんだ。いくら認められてきたのかもしれないが、ここに入って僕たちの足を引っ張るようになったらどうするんだ。皆のためでもあるんだぞ。」
山上は、この所内では、いつもトラブルを起こす1番の元になっていた。所員全員、また、トラブルメーカーの登場だ、と、無言で顔を見合わせるしかなかった。
「それじゃ、お嬢さん、この私から、問題をだすから、ぜひ答えてもらって、その認められた実力とやらをみせてくれるかな、いいかい。」
「わかりました。答えられるように頑張ります。」
「ものわかりだけはいいようだね。じゃあ、第一問だ。キーラドスメス指数の測定をする時に、PM値が、いくつを超えたら、設定を見直さなければならないか、どうだ答えてみろ。」
「PM値は、27を超えたら、Z指数の見直しをしなくてはならないわ。だけど、PM値が、20を示した状態がわかったら、27を超えるのを待たずに、1度、PGの数値が10から15を保っているかを確認しないと、PM値 が27を超えた時にZ指数の見直しをしても、かなりの確率で、設定値オーバーになって、失敗してしまうわ。」
すると、別の所員、山本が焦った様子で、
「なんだって、僕たちは、PGの数値が10から15を保つことなんて、今まで確認したことはなかった。それが、頻繁に失敗する原因か。すごいな、君、そんなことまでわかるなんて。」
山上も、それを聞いて焦った表情になるが、それを見せまいとしている。
「なかなか、わかるな。だけど、その1問だけでいい気になるなよ。もう1問だ。」
「もう、やめてやろうよ。今の質問は難しすぎるよ、それに僕たちの知識をもう超えたじゃないか。」
すると、別の所員からも、
「そうだよ。それに山上さんは、その研究記録をみながら、問題をだしているし、それを見ないと答えもわからないんだろ。彼女は、何も見ないで、答えまで、簡単に答えたよ。それに、記録にある失敗を回避する方法まで、今、教えてくれたんじゃないか。これは、彼女って、相当にすごいんじゃないのか。」
「うるさい。もう1問だ。測定中に、デパー現象が起きた、さあ、どう対処するか答えてみろ。」
「デパー現象、ですか。聞いたことないわ。」
それを聞いて、ちょっとうれしそうな表情になった山上、間髪を入れずに、
「なんだって、デパー現象も知らないのか。測定のトラブルの基本中の基本だぞ。これがわからないなんて、ここにくるのは、無理だな。」
すると、よく考えて、ステラは、何かを思い出した。
「わかりました。思い出しました。それは、たしか高校2年の時に聞いて以来だったから、すぐにわからなかったけど、そもそも、測定器のCPUのPCDをバージョンアップすれば、直ります。」
「何を言うんだ。ここの測定器は、PCDを1か月前に、最新の、PCD-12にしたばかりなんだぞ。これ以上のバージョンアップはできないぞ。」
「だけど、デパー現象は、PCD-15までは起こりますよ。それに、完全に回避されるのは、PCD-17以降ですから。」
「PCD-17だって?どこにそんなものがあるというんだ。いったい、君は、今、いくつを使っているんだ。」
「私が使っているのは、PCD-26です。」
「なんだと、そんなものがあったら、ここの測定器で1年かかるものが、1ヶ月で終わるぞ。」
「いいえ、3日もかかりませんね。今、持ってきているので、ここに持ってきましょうか。」
「ああ、みせてみろ。」
自分の着替えのロッカーに戻ると、何かを持ってきた。
「すみません。PCDは、今、持ってなくて、代わりにこれを、、、。」
すると、驚いたような表情で、その、ノートパソコン程度の大きさの機械を受け取る山田、
「や、山上さん、こ、これを見て下さい。ここの機械の名前のところ、、、、。キーラドスメス指数測定機、って書いてありますよ。こ、こんなことってあります?もしこの名前が正しいならば、今、僕たちが使っているひと部屋の大きさの測定器が、この小さな機械になってしまっているということですよね。ありえない。」
「ああっ、これですか。私が使っていた測定器は、机くらいの大きさだったのが、持ち運びができなくて不便だったので、夏休みの間に、自分で小型化してこれになったんです。それに性能もアップしましたね。」
「しかし、PCDが26だと。そんなウソをつくなよ。ここで使っているのよりも性能の大きいPCDなど、この世にあるわけがない。」
「ああ、それなら、友人に、CPU開発が趣味の人がいて、作ってくれたんです。その人の今開発しているのは、31ですね。」
すると、そこへ所長が、やってきた。
「おはよう。なんだ、彼女を紹介することもないな。もう皆で打ち解けているようだね。」
すると、山田から、
「あ、あの。彼女は、ひょっとして、僕たちよりも知識は上ですか。」
「ああっ、そうだよ。それに、所長の私よりも、遥かにね。」
全員、呆然としている。
「もしかしたら、勘違いしているかもしれないから、改めて言っておくが、僕たちの指導にきてくれたんだ。これから、彼女には、僕たちができなかったことや、わからなかったことを指導してもらって、もっと研究の成果を上げていくことが目的だよ。」
研究所の所員たちから、彼女のこれまでの研究内容のレベルの高さは絶賛された。母国での、多くの種類の鉱石は、母国の大切な資源なので、その研究が進んでいたのである。そして、彼女は、自分のプライベートの研究として、エネルギー吸収体と呼ばれる種類の鉱石の研究が顕著であった。
エネルギー吸収体とは、特定のエネルギーに対して、蓄えることができる機能を持つ鉱石のことを指すのだが、彼女が発見してきた鉱石は、それよりも、さらに上を行き、その鉱石が自ら、特定のエネルギーを積極的に吸収し、保存するという特性を持つものである。この研究が進めば、その鉱石が自らエネルギーを保存して、蓄えることが可能となり、未来のバッテリーや、その他のエネルギー保存の新たな方法として、実用化されるものである。そして、彼女は、電気や、磁力やその他のエネルギーにそれぞれ対応した10種類以上の鉱石をピンポン玉程度の大きさのものを持ち込んできていた。
その後、研究所の仕事にも、日本での生活にも慣れて、穏やかな生活を送っていた。彼女は、休日には、近くの公園で自然にふれあいながら、リラックスし、家族でピクニックを楽しむ親子を見て、母国のことを思い出し、日本での家族の在り方を感慨深い思いで感じていた。




