3-17 最後のエンジェストリア
すると、担当官から、
「これで、任務は無事に終了しましたね。2人共、本当によくやったわ。それでは、残るのは、最後のエンジェストリアだけですね。イレーネ、腕の見せ所ね。何日かかりますか。」
「そうですね。6日と言いたいところですが、就任まで9日しかないので、3日で仕上げます。それでよろしいですか。」
「すばらしいわ。オーケーよ。お願いするわ。終了したら、連絡を下さい。すぐ迎えをよこすわ。」
「ありがとうございます。宜しくお願い致します。」
担当官との通信が終わり、イレーネは、
「アネット、また、これからが忙しくなるわ。」
次の日、イレーネは、早速、エンジェストリア、つまり、メモラーの終了のためのシステムのための構築を始めた。これは、メモラーによって、コスメの記憶に刷り込みをした情報により、たった1人の記憶とはいえども、その情報の影響により、別のところに虚偽の情報が生まれ、広がっている。それは、アネットと、イレーネからも別のことから、新たな情報が生まれている。
特に、アネットは、モデルで有名になったことから、メディアにも名前と顔が蔓延しているが、元々は、この日本という世界には、アネットとイレーネは存在せず、コスメの娘も存在しないので、その半年以上前の、元々いなかった世界に戻す必要がある。そのための記憶消去終了法を行なうため、そのシステム構築をイレーネは行なっているのである。
そして、それと同時に、特別な記憶消去ガスを今回のために母国にて製造していて、2人が帰国する前日に、イレーネの元に届くことになっている。
「できたわ。やっと完成よ。」
それは、システム構築の完成した帰国前日に合わせて、イレーネの元に届いた小さな小包。これには、記憶消去ガスのカプセルが数十個入っている。1つの大きさは、約3㎝ほどであり、モデル事務所が5階立てに合わせた数が用意されている。こっそりと、帰国支度を終えたアネットは、各階の目立たないところにカプセルを置いていく。
イレーネは、パソコンにて、最後の処理を終えて、配信を開始した。このプログラムは、明日の夜明けと共に、発動していく仕組みである。
2人は、自分の宿泊していた部屋の掃除を終えて、事務所の休憩室で夜、コーヒーを飲んで休んでいた。すると、コスメがやってきた。
「あら、2人共、どうしたの。こんなに遅くまで残業だったの。大変ね。」
「そうなんですよ。アネットったら、すっかり、私の事務処理の仕事が上手になってしまって、時々、ちょっとだけ時間をオーバーしたりするんですよ。やりすぎないように、社長からも言って下さいね。」
「あらあら、アネットも、頑張りすぎないようにね。私が母親として、失格とか言われたら困るからね。」
コスメの、ぜんぜん怒る気のない言い方に、笑うしかないイレーネ。
「あら、それはそうと、こんな時間じゃ、夕飯は、どうするの。アネットは、家に帰ってきて食べるの?」
すると、2人、顔を見合わせて、
「ううん、今夜は、2人で久しぶりに外に食べに行こうって、話してたのよ。」
「あら、珍しいわね。じゃあ、その分は、私が奢ってあげるから、思いきりいいもの食べてらっしゃいよ。」
「(2人そろって)ほんとに。ありがとう。うれしいわ。」
3階の自宅に戻るコスメを見送って、外出する2人。すると、イレーネが、
「ねえ、アネット、日本も最後だから、ここでしか食べられない焼肉にしない。どう?」
「いいわねえ。母国に帰ったら、食べられないものね。」
「じゃあ、お店は、私が選んでもいい?牛家族でいい?」
「最高じゃない、イレーネ。知ってるじゃない」
お店に到着すると、コスメにもらった5万円で、2万2千円のコースを注文した2人。焼肉を楽しみながら、2人は、日本での思い出をしみじみと語り合った。
「それにしても、私たちがこれで突然いなくなったら、事務所は、大丈夫かしら。」
「アネット、それは、言ってはいけないでしょ。そのための3日間があったんだから。」
「そ、そうよね。元々、私たち、いなかったんですものね。」
「そうよ。明日になって、あらあ、2人がいなくて、困ったわ、なんてことにはならないんだから。それを気にしてたら、またメモラーを使うことなんて、許してもらえないわよ。」
「ええ、イレーネ、またメモラーを使うこと、考えてるの?こんなにリスクの高いこと。」
「そうじゃないけど、万が一、使う羽目になったら、絶対に、また私が呼ばれるに違いないわ。」
2人は、日本での最後の夕食を楽しむと、事務所に戻って行った。
そして、夜中の12時ちょうどになると、各階に置いたカプセルが静かに割れて、ガスが吹き出し始めた。そのガスは、無色透明で静かにビル全体に広がっていく。この時間に起きている人たちは、まず、このガスによってすべて眠りについた。そして、アネットと、イレーネ、そして、今回のアネットに関することは、すべて忘れていく。もちろん、最後に訳を話すから、と伝えていた事務所の人たちも、同様に忘れてしまうので、もはや話すことは、必要はない。
ガスマスクをつけた、アネットとイレーネは、荷物を持ち、屋上の中央部に向かう。そして午前1時ちょうどに、国からの迎えのヘリコプターの特別機が現れた。2人が立つビルの屋上の中央部に、特殊な軽量金属で作られたハシゴが降りてくる。
上では、管理官が待っていた。
「おかえりなさい。お疲れ様でした。」
2人は、驚き、
「あら、管理官自らのお出迎えですか。恐縮です。」
「そうよ。あなたたちは、今回、それだけの働きをしてくれたのですからね。ほんとうにありがとう。」
2人は、深々と、管理官に頭を下げると、ヘリコプターからのハシゴの下は、椅子が取り付けてあり、まずは、イレーネが腰掛けて、するすると上がって行った。すると、次に、アネットが乗り込もうとするが、途中で止まり、事務所の建物を見下ろしていた。
すると、アネットは、
「日本国、今まで、ありがとう。お世話になりました。そして、コスメ、だましてごめんなさい。そして、コスメ、日本のお母さん、ありがとう。お姉さん、オービスも元気でね。さようなら。」
「さあ、2人共。行くわよ。」
そして、2人は無事、帰っていった。




