3-8 最高の使い手
すると、イレーネ・エルメントスが呼びだされた。
「はじめまして。今回は、私とタッグを組むのね。なかなか、今回は、リスクも高そうだけど、潜入のためのお膳立ては、私にまかせてちょうだい。」
「イレーネ、よろしくお願いします。」
メモラーとは、メモリーライターのことで、人の脳にどんなことでも記憶の後付けができる機器である。これは、どういうことかというと、ある人の脳に、過去にAという場所に行ったことがある、という記憶を入れると、その後、きいてみると、あたかも昔の記憶の中に存在して、普通に思い出すことができる。つまり、アネットが日本で調査の対象とするのは、過去にプリンセスが日本に行った時に関わったのが小染有希のモデルラボなので、そこが1番の手掛かりとなる。
そこで、なぜメモラーが必要なのかというと、そこに行って自分をモデルとして事務所に入れてほしいと頼むのであるが、そのことと合わせて、自分のことを、小染真希が実はアメリカで産んでくれた母親だったということを記憶に追加することで、家族として親密な関係になるためなのであった。
しかし、この、後付けする情報は、後付けしたい人間に刷り込むこと自体も大変であるが、それ以上に情報を作成することが、もっとも困難なことなのである。というのは、記憶というのは、その記憶を、脳は、単独で管理しているわけではない。たとえば、漢字検定1級の試験資格を例にとると、それは、その資格の必要な漢字検定の情報を丸ごと、脳に刷り込んでやればよい。それで、試験を受ければ合格できる。
しかし、今回、小染真希に後付けする情報とは、様々な過去の記憶に繋げていかなければ、彼女の中で、後付けした記憶だけが、これまでの他の記憶とは、つながらず、単体の非常に不自然な記憶になってしまう。実は、そこが、イレーネの腕の見せ所なのである。もちろん、小染真希の脳の中を見ながら、情報を作成することは、できないので、結婚まで意識をして子供を設けたが、結局は結婚しないで、子供を残して日本に移った女性の情報、という条件の元に、作成する情報は、すべて多くのつながる手、のようなものを多く作ってつけておく。
すると、たとえば、子供と遊園地に行ったことがある、という情報を入れると、後付けのあと、そういえば、あの時、遊園地に行ったじゃない、とアネットが、言うと、その後付け情報の手と、そこでつながって、ああ、思い出した、ということになり、情報の信憑性がレベルアップして、確立されるというわけである。というわけで、後付けの後のアネットの対応も大変重要になってくる。
そして、イレーネは、約1週間かけて、小染真希に後付けをするための情報を、父親や、他に関わってきたアメリカ人たちの顔情報までも、合わせて作成して、メモラーに取り込んだ。そして、まずは、アネットの脳に、作成した情報を刷り込んでいった。すると、イレーネは、まずモデルラボに潜入のため、就職をする。そのために、モデルラボの情報を集めて、どのような人材を今、希望しているか調べた。すると、簿記検定1級を持つ者と、と、公認会計士の資格をもつ者がほしいという。イレーネは、最初は、どちらかの資格にしようか考えていたのだが、それなら、両方ともできるようにしてしまおう、と、そこで、両者のための知識情報を、過去にも作成して持っていたので、その情報を自らの脳に後付けをした。これで、イレーネは、それぞれの資格をもつ専門家となったのである。
そして、イレーネは、福良葉 希織として、モデルラボを訪れた。
「すみません。知人から、こちらで事務員を探しているって聞いたものですから、伺いました。」
「ごめんなさい。探している人材はいるけど、特に募集とかはしていないのよ。」
「そうですか。あら、聞き違いだったのかしら。」
「それよりも、あなた、モデルにならない。」
イレーネは、コトールルミナス人としては、そこまで特別ではないのだが、超美人だったので、すぐにコスメの心をつかんでしまった。
まずいわ、そっちに行ってしまっては。
「あ、あの、私、簿記検定1級ありますけど、探してますよね、そういう人。」
「あら、よくご存知ね。あなた、持ってるの。」
よかった、ここで軌道修正よ。
「あと、公認会計士も探してますよね。私、どちらも持ってます。」
「あら、すごいわ。それなら、うちに来てほしいわ。いつから来てもらえるかしら。」
「明日からでも、大丈夫です。」
「よかったわ。じゃ、これから、詳しく話すわね。宜しくお願いします。」
「こちらこそ宜しくお願い致します。」
というわけで、モデルラボに、無事、就職をしたのである。そして、就職から、1ヶ月間で、さらに、大切な任務がイレーネにはあった。それは、確実に小染真希と2人だけが事務所に残るというシチュエーションを3時間作り、小染真希を最低でも2時間は、ねむりガスを使って眠らせる。そして、彼女の頭にメモラーの電極をつけて、2時間かけて、後付けの記憶を、刷り込んでいく。この間は、後付けの記憶と、その時みている夢とが交互に脳内に現れていき、夢と現実をシャッフルして、不自然さをなくしていくのである。ここは、大変に重要な作業であり、じつは、過去には失敗した者もいたのだが、今回担当するイレーネなら、メモラーの使い手としては、最高の腕前を持つので、決して、ミスはしない。特に、今回は、国内ではなく、未知の海外においての任務であり、メモラーを他国の人間に使用するのは、初めてなので、この件についての適任は、イレーネ以外はありえない。かなりリスクが高いのである。
そして、そこに馴染んだ1ヶ月後、アネットは、そこまでの1ヶ月間、イレーネがモデルラボになれるまでと同じ期間、久しぶりに連絡を取り合う母親である小染真希と連絡を取り合って、ついに1ヶ月後、来日して、引っ越しを決めたのである。




