2-9 エミリアからの手紙
あれから1年が過ぎて、モデルラボは、売れっ子モデルを10人以上抱えている。
ある日、コスメ宛てに一通の手紙が届いた。差出人を見ると、獅子童 灯の文字が見えた。
あらっ、久しぶり。その差出人は、思いがけない驚きの人からだった。あまりの驚きに、コスメは、ささっと開けて、開いて読み始める。
「ご無沙汰してます。お元気ですか。この手紙が書けて、こうして届いているということは、私は、消えることもなく生きています。このことは、まず信じられない意外なことでした。それから、今時、手書きで手紙というのも珍しいと思われるかもしれませんが、やはりお世話になった方に、改めてご挨拶ならば、メールでは失礼かと思い、手書きの手紙に致しました。長文となりますが、最後までどうかお付き合い頂ければ幸いです。
あの、最後の戦いに負けてから、私は、特にモデルの引退とか何も具体的な表明もせずに、表舞台から姿を消して、ひたすら死を待ちました。コトールルミナス人の女性が、自分の美を、年を取らずに綺麗な姿で40才で寿命を迎えるまで保てるのは、その短い寿命のせいであり、さらに、その美を、プリンセスに勝つために、あの、美と命の水を飲んで、飛躍的にレベルアップしたオルガが、帰国して半年で亡くなったというのを聞きました。あの美貌のオルガが、あんなに早く亡くなるなんて衝撃でした。それに比べて、全く普通の、どこにでもいるような容姿の私が、ここまで、あの水で綺麗になったことは、もしかしたら一気に寿命が縮まるのだろうか、あの対決が終わってすぐでもおかしくないと思っていました。
しかし、あの聖なる水による死は、死ぬ時さえも苦しむことなく、気持ちも身体も、綺麗に消えてゆくということを聞いていて、普通の死とは違っていたので、それには全く恐怖も感じていなかったのです。コトールルミナス人にとって、1番なものは、命ではなくて、美しさ。家族であっても、家族が長生きすることよりも、どれだけ綺麗でいたかということが1番価値のあること。短命になればなるほど、より美しくなるなら、寿命など関係ないというのが、コトールルミナス人の考え方。それで、オルガは、あの水のせいで最高に綺麗になることでプリンセスと戦い、その代わり、半年であっという間に、消えていった。でも、それを看取って、家族は悲しむことはなく、素晴らしく綺麗でいたオルガを喜んですらいた。でも、私が消えたら、日本人である家族は悲しむに違いないわ。私は悪いことをしたのだわ。だから、家族には会えなかったのです。
でも、なぜか、それは、もうすべて終わってしまったという、なんだかとても解放されて、何も気にしなくていいという自由な気持ちになっていました。苦しむこともなく、ただ消えることを受け入れた自分は、もうすでにこの世にはいなくなっていたのかもしれない。
幸い、モデル時代にかなり貯金はしてあったので、お金のことは心配なく、週に4日のバイトをして、あと3日は自由に遊んでリフレッシュするという毎日を送ろうと。
そこで、ふとっ、家族のことを思い出したのです。消えるのを待つ今、なぜか幸せを感じている私がいる。しばらく、家族に会っていないのを、家族は心配しているだろう。それなのに、消えるのを待ちながら、幸せを感じているなんて、なんて私は家族のことをないがしろにしているのだろう。今の姿になってからは、一度も会いに行ってないので、今の私を、家族は知らない。いや、それだけじゃなくて、有名になったエミリアが自分の家族だなんて知ることもない。そう思ったら、まず、家族に会いに行こうと決心したのです。
千葉県にいる、私の家族たち。決して都会でもないけど、田舎かというとそこまでではない環境で、3人姉妹の長女として、私は生まれた。顔は、ブサイクなのかといえば、そんなことない、と言いたいけれど、エミリアの顔になってからは、あらためて、自分はちょっとブサイクよりだったのかも、なんて思うようになっていたの。
たぶん、顔に、ちょっと贅沢になっていたのかもしれない。だって、美味しすぎるものをいつも食べたら、昔、美味しいと思って食べていたものが、もう美味しく感じなくなるでしょう。だけど、そんな自分に、最近はごめんなさいという気持ちなのよ。これまで、顔も心もエミリアだった私は、心だけは、獅子童 灯に戻っていたのです。それに、メイクもコスメから教えられたテクニックで、エミリアらしい美人顔は抑えられていて、けっこう地味になっていたかもしれない。
実家の両親は、共働きで、2人とも高校の教師をしている。お金に困っていたわけじゃないけど、2人とも教師という仕事が好きなのです。そして、2人の妹も、なかなか頭がいいので、私だけどこからかもらわれてきたの、なんて思うこともあった。だけど、両親は、あまり成績のよくない私にも、きびしくなかったし、自由に色々なことをやらせてくれて、黙ってみていてくれた。本当に怒られたことはなくて、なんてやさしい両親なんだろう、って思っていたの。
ただ、モデルラボに就職が決まった時は、初めて反対されて怒られた。まあ、怒ったというのは、ちょっと言いすぎだけど、静かにちょっとだけ反対していたと思う。私は、姉妹の中でただ1人進学もしなかったし、教師である立場の両親から見れば、モデル事務所は芸能界に入るようで、水商売のような印象で、それだけはちょっと嫌そうだった。でも、入るのをやめさせようとか、そういうことはなくて、その後はすんなりと受け入れてくれました。」
そんな両親に、しばらく音沙汰もない自分が、この姿を見せられないことだけで、心配をかけるのはやめにしよう。早速、休みの土曜日に、実家に戻って行ってみた。玄関で、チャイムを押す手が動かない。それで、外から庭に回り、うちの中をのぞいてみた。すると、母がいた。すぐに、私に気づいて、こちらにやってきた。
「はいっ。どちらさまですか。なにか、ご用ですか。」
自分のことは、やっぱりわからないんだ、と。当たり前だけど、ちょっぴり涙が出た。
すると、
「どなたですか。」
「あの、私、灯さんの友達で、近くに用事があるので、灯さんいるかなと思って、きてみたんです。」
「あら、そう。よく来てくれたわね。だけど、残念ね。灯は、留守なのよ。しばらく顔を見せてないから。そう、灯のお友達なのね。どうぞ、上がってちょうだい。」
「すみません。おじゃまします。」
うっ、危なかった。なんで、とっさにうそなんかついたの、あたし。
「灯の様子はどうなの。元気でいるの?ここ何年も連絡もこないのよ、あなたから、言ってちょうだい。」
「ああっ、灯さんは、元気でやってますよ。」
「あの子、まだモデル事務所にいるのかしら。」
「なんか、やめてしまって、今は別の仕事をしているみたいです。」
「そうなの。どんな仕事してても、元気でやってるなら安心したわ。ところで、あなたは、モデルでもしているの?」
「昔の話しですね。あまり知られてないですけど。でも、どうしてわかったんですか?」
「私、あなたみたいな美人さんをみたの初めてなのよ。灯とは、全くタイプが違うわね。」
あぶない。しっかりと、私のこと、バレたかと思ったわ。
「そ、そうなんですか。よく知ってますね。
「じゃ、じゃあ、私、そろそろ失礼します。」
「あら、もう帰るの。残念だわ。灯によろしくね。」
なんだか、このまま話しが進むと、まずいことになりそう。間違っても、絶対に私の正体がわかってしまうことはないけれど、このまま母と話しをするのはつらすぎる。ごめんなさい。これで、もうさよならをします。
その後も、モデルを引退した私は、特に着飾る機会もなく、地味な生活を送っていました。




