9-10 マネージャー・一条麗奈⑩
麗奈が、今、行なう、この特別な術は、実に不思議な術なのである。1人の人間の心の中には、ある1つの心があるかと思えば、別のところには、それとは全く別の心がいくつもある。そして、それは、それぞれ全く違うものであったりして、人の心というものは、そのように多面性を持っている。そして、それは、どの心がその人の本心なのかというと、すべてがその人そのものでもある。
普通なら、その人の心持ちを変えたり、その人の意識を変えたり、相談にのるためには、その人と直接話しをして向き合わなければならない。しかし、麗奈がここで行なうことは、その人の中の多くの心そのものと向き合うことで解決をしていくのである。
それに、今回は、カタリーナの中の、隠されている群青香織の記憶をたどり、それを呼び覚ますために、脳内に侵入したのである。
そして、そのやり方としては、この術を行なうことで、その心の中、つまり、脳内での様々な多くの心と分かり合うために、その心たちを擬人化して、人対人として向き合い、その世界を通じて、その脳内にある心の問題を解決してゆく。以前、麗奈が、この術を初めて行なって、飛行機事故に遭遇した人が飛行機に乗れるようになれるために、そのトラウマになった心を排除しに脳内に入った時、そのトラウマになった心だけを消しに行ったのだが、それには、別の多くの心が関わっていて、この心たちと話し合ったり、説得したりして、ただ、その心をゼロにすることだけでは解決できないことを、麗奈は、実感したのであった。
そして、今回は、カタリーナの脳内に入り込み、麗奈の意識は、カタリーナの中の閉ざされた記憶を探していくことから始めたのだが、麗奈の術によって、その様々な記憶の保存場所は、白い球体となって脳内にて具体化していった。そもそも、記憶の保存してある、その球体というのは、1つではなく、多数あり、その中身は様々で、常に記憶が必要に応じて出入りをしているのだが、その、群青香織としての基本的な人格の記憶の場所を探していた。
すると、それは、1番奥の中央に位置し、大きな白い球体であり、それは本人が生まれた時からの記憶が封じ込まれているものであり、記憶の保存場所としては、中でも、もっとも古いものであった。しかし、その大きな球体は、中央の扉には鍵がかかっており、通常なら、この扉は存在していないか、扉は簡単に開閉するものである。あるいは、球体自体も存在しないこともある。
すると、これまでの術の経験から、香織が記憶を失ったのは、事故で頭を強く打ったことからであり、その時の衝撃が、今ここにある白い球体に鍵をかけてしまったのだと、はっきりと確信した。ということは、この鍵を壊して取り外してしまえば、この記憶の扉は、自由に開けられて、群青香織の記憶が戻るに違いないと思った。




