プロローグ1ー2【再び動き出す転生譚2】
◇再び動き出す転生譚2◇
ミオの姉であるクラウ、そしてアイシアが、【アセンシオンタワー】で話をしている最中、二人の話題となった青年……ルーファウス・オル・コルセスカ公爵は。
「――はっ……くしゅん!!」
赤い髪をバサリと。
大きな挙動でくしゃみをする、幼い顔の青年。
彼は今年で二十二歳になるが、低めの身長とその童顔から、まるで十代前半の少年のような容姿で現場に居た。
胸には徽章……それは【テスラアルモニア公国】の物だった。
「あら、風邪かしら?」
ここは帝国領にある、【四神教会】と呼ばれる場所だ。
四柱の古き女神と、新たな女神のアイシアが屯……ではなく、住まう場所だ。(ならば五柱じゃ……というツッコミは、既に解決している)
赤髪の青年を心配しているかどうかは定かではないが、「風邪か」と言葉をかけたのは……白金髪の髪を掻き上げる女性だ。
軍服を身をまとい、腕に着けられた腕章は……西国【サディオーラス帝国】の物である。
「い、いえすみませんセリスさん。急に……どうしたんだろう」
「おかしいなぁ」と、恥ずかしそうにする赤毛の青年ルーファウス。
そんな彼に、腕章を着けた女性……帝国皇女である、セリスフィア・オル・ポルキオン・サディオーラスは。
「あー、意外と誰かが噂をしているのかもね。これ、日本でよく言われるやつね」
作業の手を止め、セリスフィアことセリスはウインクをしながら言う。
ルーファウスは頭上に「?」を浮かべ、分からなそうに眉を寄せた。
このセリスも、ミオやクラウと同じ転生者であり、非常に心強い協力者である。
「そんな例えがあるんですか?」
真剣な表情を見せるルーファウスだが、セリスは。
「ほら、この世界でもあるでしょ?“欠伸をしたら、誰かに口から心まで覗かれる”……見たいなね」
「う〜ん、それ公国にはないですけどね。似たようなものならありますけど」
この二人は現在、互いに仕える女神に会いに来ていた。
セリスは【運命の神エリアルレーネ】、ルーファウスは【救世の神ウィンスタリア】に。
「あらそうなの?エリアルレーネ様はしょっちゅう、意味の分からない例えをするわよ?」
「あはは……僕も聞きました」
話をしながらも、二人は作業を止めない。
今は資料をまとめているのだが、これは皇女や公爵がやる事なのだろうかと、側近は思うだろう。
作業を終え、セリスは背もたれを使い背を伸ばす。
「うぅ〜〜ん!さってと、そろそろ終わりだけど……ねぇ、最近クラウとどう?」
ドサドサドサドサッ……!
「――!!な、なななっ!なんで急にクラウの話に!?」
分かりやすく大げさに書類を落とすルーファウス。
セリスもアイシアと同じで、どうやら邪推が好きなようだ。
ニヤつきながら、セリスはジト〜っとルーファウスを観察する。左右にフラフラと揺れながら、ゴシップを求める。
「確かに格好良いわよね、ルーファウス。うん、控えめに言っても……最高」
グッ――とサムズアップを青年に向ける。
「そ、それはどうも。嬉しいです……」
どこまでが本心なのだろうと、ルーファウスは疑心だ。
ルーファウス視点から見ても、皇女セリスフィアは恋多き女性として認識している。しかも最近は、【アルテア】内ですら言われ始めているのだから。
「謙遜することはないわ。うん……クラウともお似合いね」
席を立ち、ルーファウスの肩を叩きながらウインクをする皇女。
「だ、だからクラウとはまだなにも……」
赤面しながらも、まだと口にしてしまう。
それを聞けただけで、セリスの中で答えが出た。
パァ――と笑顔を咲かせ。
「あはっ!うんうん、良い事ね。ミオとミーティアのバカップルに、ノワさんペルさんの夫婦……転生者もしっかりと恋愛ができると証明になるわ!」
「ねぇ!僕の話を聞いてますか!?」
自己完結型の会話だった。
「私はてっきり、君は【ルーガーディアン】の中の女性を娶るものだと思っていたから……嬉しいものだわ」
「だ、だから!……はぁ、もうそれでいいですよ」
因みに【ルーガーディアン】とは、ルーファウスを慕う公国の精鋭だ。
構成は九十%が女性である。
呆れるルーファウスは、書類を拾い作業を再開する。
女神たちに目を通してもらうための資料。春になり華やかになるだろう【アルテア】の、今後の日程が記された紙だ。
帝国、公国、そして崩壊したままの女王国。
三国の国境に存在する【アルテア】ならではの利益も、問題もが記された、今後の発展を占う女神の会議。それは……もうすぐ始まる。
◇
そしてサボり……ではなく、両親に呼ばれたミオ・スクルーズは。
金髪をファサッと風に靡かせ、ウルフテールサムライヘアーの青年は。
「えと、ここに新しい畑を?増設じゃなくて?」
戸惑いを浮かべるこの作品の主人公。
初っ端から、彼は労働の最中だった。
鍬を持ち、本来は耕されているはずの地面に視線を送り、今度は自分が疑問の言葉を投げた人物……父親を見る。
「あ、ああ。ミオに頼めないかと思ってなぁ」
「うん、それは別にいいけどさ。なんで今更って事だよ、それにここは……帝国領からも離れるけど?いいの?」
ミオの家族、スクルーズ家は根っからの農家だ。
それもこの十年で、大陸一の売上を誇る、現在の【アルテア】最大の収入源でもある。
「いや〜、実はなぁ」
「あなた。それはアドルからさせたほうが良いわよ?」
父ルドルフの隣から声をかけるのは、見た目の若い女性。
あなた……と呼ぶ間柄、彼女はルドルフの妻レギンであり。ミオとクラウ、そしてレインとコハク、四児の母。
「……義兄さんから?」
夫婦の後ろには、スクルーズ家の長姉レイン。
その隣には隻眼の青年がいる。緊張気味に。
彼は一歩前へ踏み出し、義弟であるミオに遠慮気味に言葉を投げようとしたが……その前に。
「――アドルさん、お兄ちゃんに話があるんだってさ」
そう遮るように言ったのは、スクルーズ家の末っ子。
コハク・スクルーズ。四月で十五歳、異世界でなら、もう立派な女性と言えよう。
少なくとも、次女のクラウの身長を軽く超え、胸部はなんと三倍以上。悲しい話だ。
「あ、ああ。ありがとうコハクちゃん。ミ、ミオ君!実は折り入って頼みたいことが……あ、あるんだ」
緊張を隠せないほどの案件かと、ミオは察する。
それ以前からも、姉のレインからそれとなく聞いていたのが幸いした。
「ああ、聞かせてくれ義兄さん」
ミオは風で靡く金髪をサッと払い、義理の兄となった青年の言葉を待つ。隣のレインからそれとなく聞いているとは言え、ここまで真剣になるアドルに対してミオも真剣になる。
「頼みというのは、その……この場所に、だね……」
拳をギュッと握り、緊張で汗をかく。
そんな青年の隣から。
「アドル、大丈夫よ。ミオはしっかりと聞いてくれるわ、ね?」
姉に優しい視線を送られて、ミオは「敵わないな」と、口にはしないが肩をすくめた。
「そ、そうだよな。レインの弟、俺の義弟なんだ、もんな。それじゃあ……」
そうして話し出す。
この新しい場所で、畑の拡大を目指す青年の願いを。
◇
義兄の話を聞き終えたミオは。
「……大変だと思うけど、アドル義兄さんは覚悟を持って言ってるんだよな?」
「あ、ああ!」
それは……早い話が、出資と協力の要請だった。
ミオは名実共に、この広大な【アルテア】の管理者。当然だが金もある。
それに加えて転生者としての能力……更には、この数年で神化した力の数々が、いとも簡単にその要望を叶えられることを知っているからだ。
「……」
(アドルさんが俺に遠慮をしてるのは知ってる。ガキの頃から、「姉さんは渡さん」って散々威圧してきてたし、結婚してからも俺に対して、一度も頭を下げたことなんて無い。だから、俺の力や金を頼りにしてないのは分かる……レイン姉さんからも、聞いてるしなぁ)
ミオは考えるフリをした。
答えはもう出ている。姉を守ると誓った男に、嘘はないと既に信じているからだ。
「うん、分かった。この場所はレイン姉さんとアドル義兄さんのために開拓する」
「あ、ありがとう!ミオ君!!」
「ありがとうね、ミオ」
それでも、ここの全てをミオが負担するわけではない。
【女神エリアルレーネ】がよく言う言葉……「人間が駄目になります♪」だ。
「いいさ、でも大変なのはこれからだよ。衣食住は困らないだろうけど、金を稼ぐのは二人次第。父さんと母さんが認めてるなら、俺から言えることじゃないし……だから、頑張って」
「ああ!絶対に、この恩に報いるよ!」
そうして【スクルーズロクッサ農園】から枝分かれし、新たな農園……【幸雨の緑ファーム】が誕生したのだった。
話を終え、突然ミオは思い出したように言う。
「あ……ところでさ、クラウ姉さんは呼ばなくてよかったの?家族全員いるのに、なんでちび姉だけ居ないんだって思ってたんだけど……」
「「「「あっ」」」」
父、母、姉、義兄。
残念ながら、どうやら全員が忘れていたらしい。ミオを含めて。
そんなスクルーズ家の未来は、こうして平和に進む。
再び動き出した彼の転生譚と共に、ここから始まるのだ……




