エピローグ2ー6【感謝の気持ち】
◇感謝の気持ち◇レフィル視点
ミオが去った。
外で気絶していた【死葬兵】の処遇、それをアタシは申し出たが。
ミオは「こいつには聞きたいことがある」と言って、肩に担いで行ってしまった。
一応、アタシもあの【死葬兵】から知りたい事はあったのだけど……
「……まるで嵐ね」
アタシは診療所に戻る。
中では、アレックスが先生……モレノ・バラバ医師に説教をされていた。
しかし彼は放心状態で、聞こえてはいなさそうだった。
「カルカ、ディルトン」
「はい」
「なんです?」
アタシは二人の部下にアレックスの世話を頼んでいる。
二人もそれを受け入れてくれて、それだけは安堵しているが。
「さっき、ミオからも説明されたから分かっているでしょうけど」
「ええ、承知してますよ。細心の注意を払って行動を……ですね」
ディルトンがアレックスを見ながら言う。
彼が去る前に助言してくれた事。アレックスの父親、アリベルディ・ライグザールの目的ね。
「そうよ。外で気絶していた【死葬兵】の目的がアレックスだった事を考えると、本当はアレックスを保護するのが正しい……ミオも言っていたけどね」
それだけはアレックスが納得しない。
だからミオは、遠ざける選択をした。
それも出来るだけ遠くへ、西大陸まで行かせたいようだけど。
「だけど、アレックス本人が納得しない」
「……で、でしょうねぇ」
「それ程に、コンプレックスだったのでしょう。自分と同じ種族、瞳も髪も、容姿も似ていたものね……前までは」
この数年の変化は、両者にあった。
ミオは雄々しく、立派な青年へと成長し……しかしアレックスは、堕ちる所まで堕ちてしまった。見た目も、もはや髪色と瞳が同じだけと言っても過言でないくらいに。
「更には、環境も……いいえ、これはアタシが言ってはいけないわね。彼を歪めてしまったのは、アタシにも一因があるのだし」
アタシは首を横に振る。
責任は感じているし、報いたいとも思う。
けれど、アタシは魔女となる道を選んだ……彼からは、離れなければならない。
「団長の事は、俺とカルカ……それと別の場所にいるクロックに任せてくださいよ。アイツを迎えに行って、そのまま【ギャパレ】へ行くつもりです」
クロック・レブン……豊穣の村に侵攻した際に居た男ね。
居ないことにも気付かなかったわ。ごめん。
「そうですね……それにしても、クロックさんはどこの町にいるのでしょう?」
カルカが言う。
ここは帝国の中央だったわね。
豊穣の村から逃亡を始めてから、一人で何処へ……とは思うけど。
「ははは、さぁてね」
ディルトンは軽快に笑う。
これからの道のりを苦とも思っていないのか、実に元気だ。
だけど、頼もしい。
「頼むわ、二人共」
アレックスの事は二人に、いえクロック・レブンを含めた三人に任せる。
残るは、アタシ自身の回復だ。
窶れた身体、衰えた筋力。
リハビリをするにも、一人ではキツイ。
アタシは去り際、ミオに渡された物を見る。
「……【AROSSA】、だったわね。それに、この石は……【ヌル】?だったかしら」
「あの精霊……白い髪の女の子の力が宿っているって言ってましたね、ミオさんは」
【治療の精霊】か……前提として、アタシにもここにいる誰にも、その知識がなかった。ミオが去る前、丁寧に説明はしてくれたけど、それでも情報不足は否めない。
この機械……操作方法ですら、自信がないのだけど。
「……くっ」
彼は、どうやらアタシが生きていた時代よりも未来から転生したらしい。
この小型の機械が電話と言われても、正直言って納得ができないわ。
「これで本当に強くなれるんでしょうか?」
「信じるしかないわね……この【AROSSA】を渡された時点で、彼から多大なる信頼を受けているという事だし、今更引く訳にもいかないもの」
強く【AROSSA】を握る。
彼は一瞬だけ居なくなって、戻ってきたらこの【AROSSA】を持っていた。どこから持ってきたのか、アタシには分からないままだわ。
「でもそのおかげで覚悟は決まった。アタシは……進む」
何処へ進むかは、まだ分からない。
けれど、その前に……
「モレノ・バラバ先生、パメラさん」
「……なんだ?儂は忙しい」
「そう言わずに、おじいさん」
モレノ先生は、ミオに見せてもらった【アルテア】の書類を見ていた。
医療関係の面で、どうやらミオの村である【アルテア】への移住を考えているらしい。物凄い行動力だと思う。
「こんなアタシを、数日とは言え……親身になって頂き、ありがとうございました」
深く、謝辞を。
先生は興味なさそうにちらりと見ただけだが、奥様は違った。
「あのやさぐれていたお嬢さんが、こんなに立派な人だったなんてねぇ」
アタシの肩を優しく叩いてくれる。
あの……やさぐれていたかしら?
「立派なんて、程遠いです。ですが、奥様がアタシに気付いてくれなければ、もしかしたら彼……ミオにも再会できなかった。出会いは敵としてでしたが、彼のおかげでやり直す事が出来る。アタシは、その恩に報います」
どれだけ過酷だろうと、どれだけ困難だろうと、必ず。
だから、この再会をくれたお二人に……最大限の感謝を。
「何かあれば、必ずお力になります。アタシに命をくれた、ご夫婦に」
旅立つ前に、その感謝だけは言わなければ。
アタシにとって、この異世界で初めて……心からのお礼を。
「……ふん、医者は治すのが仕事だ。どんな人間であれ、どんな悪党であれだ。だが、まぁ、なんだ……達者でやれ、お嬢ちゃん」
後ろ姿のまま、モレノ先生はそう言う。
悪党であったアタシですら救ってくれた、最高のお医者様。
その後、アタシは一人で旅立つ。
アレックスにアレだけの事を言った手前、今直ぐにでも離れなければと思ったからだ。
だけど、カルカとディルトンが見送ってくれた……ミオがある程度の、旅支度をしてくれた、だから心配はない。
さぁ行こう――世界に名を残す、魔女……レフィル・ブリストラーダの旅立ちだ。