2ー39【アーゼルの都・目醒】
◇アーゼルの都・目醒◇レフィル視点
目を覚ますと、アタシを心配するような泣き顔をした女性が、アタシの手を握り声を掛けていた。
カルカ・レバノス……アタシが小間使いにし、この人の恋心を利用して道具にした、不憫な女。
そんな、アタシを恨んでいるはずの女が、どうしてアタシの心配をしているのだろう。
「……どうして」
徐々に鮮明になる視界、聞こえてくる声。
「――レフィル様、レフィル様……!」
「お!聖女さまが目を覚ましたぜぃ、団長!!」
誰だ……この声。
聞き覚えがある気がするけど……
「……レフィル、僕たちが分かるかい?」
アタシは頷く。
だけどアレックスもカルカも、居なくなったはずじゃ。
アタシを見限って、消えてしまったと思っていたのに。
「先生、お願いします」
「……急かさなくても診る。若造は薪を用意しろ」
「……はい」
ああ……あの時の医者の老人だ。
ここは、まだあの小屋だったのね。
「……」
アレックスは外へ向かったのだろう。
老爺はアタシの診察を始め、ゆっくりとした口調と早さで問診をしれくれた。
アタシは何を考えるわけでもなく、思うままに受け答えをした……不思議なほどに、心に陰った黒いものが……消えてしまったかのように。
「――ディルトンさん、私もアレックスさんを手伝ってきますね」
「おう、行って来い」
ああ、そうだ。
この覆面の男の名、思い出した。
ディルトン・レバノーラ、アタシに自ら仕えると言ってきた変わり者で、そのなんだか気持ちの悪い思想から、アタシは【奇跡】をこの男に使わなかったんだ。
「それにしても、聖女さまも随分と寝やしたね」
「……そうかも、ね」
眠る感覚すら忘れていた気がする。
全ての欲が消え去ってしまった、そんな感覚で数年、アタシは現実にはいなかったんだ。
「まさか七日も寝続けるとは驚きですって、食事もトイレも行かずになんて、なぁカルカ……ってあれ、もう行っちまったのか」
七日、一週間も寝ていたのね。
その間に、三人がアタシを探してくれたのかしら。
だとしても、どうして?アタシなんかに関わっていたら、これ以上無いくらいに絶望しか訪れないはずなのに。
アタシは起き上がり、左手で確認する。
やはり、触れられない。無くしてしまった頭部の一部には。
「この七日、調べてみたがな。やはり分からん事だらけだった」
医師の老爺が言う。
そうか……尽力してくれたんだ、こんなアタシの為に。
「……ん?」
ディルトン・レバノーラが訝しむ。
覆面の下の視線が向く先は、外だ。
「どうし――」
「しっ!こりゃあ……ヤバイ気配だ」
「……娘っ子、ウチの奥へ行け」
医師がアタシを。
「頼んますよ先生、俺は外に……団長とカルカと合流しますんで!」
ディルトンがガチャリとドアを開けた瞬間。
その気配が小屋へと侵入してくる。
ゾワッ――と、背筋を凍らせるような気配が、全身を覆った。