2. はじまりの月
4月_新しい教室、新しいクラスメイト。
昔の子どもも今の子どもも、新しい環境に対する緊張感というのは変わらない。4月というのは、誰もがソワソワして落ち着かない時期である。ナズナ地区の小学生たちも同様だ。
加えて、小学3年生から6年生はまた別の意味で緊張している。男子はグローリー会、女子はシンシア会への入会式があるのだ。ナズナ地区の規定では、3年生が原則各クラス1名ずつ、選ばれることになっている。
これらへの入会は、特別な意味を持つ。
私立中学入試では、加点されると公表している学校もある。
特別枠入試を設けている学校もある。
受験をしない者であっても、進学先の中学へとその情報は伝えられる。
生徒会にも参加するには必須と言われるこの条件の有無で、内申を稼げるかどうかが決まってくる。
子どもたちも、「選ばれた子」は特別だと感じるようで、選ばれた証である小さなバッジに憧れを持つ子も多いという。
市立月小学校3年1組でシンシア会への入会を決めたのは佐藤 花織。おとなりのお姉さんがシンシア会に入っていたのもあって、また、2年生の生活科の授業で「街探検」の際に訪れたシンシア会の雰囲気に強く惹かれていて、ずっと憧れていたのだ。一円玉ほどの大きさの白銅製のバッジにはリンドウの彫刻がなされている。まだ8歳の花織だが、このバッジの洗練されたデザインを素敵だと感じる心は持っていた。
担任の近藤先生が、ナズナ地区シンシア会からの入会許可証と、プラスチックケースに入ったバッジを花織に丁寧に渡した。
「佐藤さん、頑張ってね。」
「はいっ!」
「おっ、いいお返事ね。バッジ、つけてみたら?」
花織は少し顔を赤く染めて、そっとプラスチックのケースをあけると、白銅のバッジを手のひらに乗せた。担任の顔をちらりと見て、左胸の上の方にバッジをつける。
クラスメイトの視線が集まる。
うらやましがる子、友達が選ばれて誇りに思う子、様々だ。
花織は先生の方へともう一度視線を向けると、先生は優しく微笑んだ。
「はい、佐藤さんに頑張れーの拍手ー!」
クラスメイトの温かい拍手に囲まれて、花織はぺこりとお辞儀をすると、少し早歩きで席に着いた。
他のクラスからも時間差で拍手の音が聞こえてくる。
「花織ちゃん、すごいね!」
「シンシア狙ってたの?」
「花織が選ばれてほしいって思ってたぁ!」
「ねえ、バッジ見せてー!」
友達からの賞賛についつい調子に乗ってしまいそうになった花織だが、深呼吸をして言った。
「ありがとう。バッジ、あとでちゃんと見せるね。」
担任の話を聞きながら、右手で白銅のバッジを触ると、いよいよ自分がシンシア会の一員であることが感じられた。
5月には入会式が行われる。
花織は楽しみで仕方がなかった。
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その日の放課後、花織は、お隣のお姉さんの家に行き、自分が選ばれたのだと報告した。お姉さんは大層喜んでくれ、シンシア会の話を聞かせたり、写真を見せたりして楽しい思い出をいくつも教えてくれた。
そして、お姉さんは花織に忠告した。
「友達もできるけど、仲良しこよしするための場所じゃないからね。」
花織はこの言葉をどう受け取ったのかはわからないが、自信満々に「うん!」と返事をしたのだった。