ザ・地獄
「ぐぁぁあああ!?」
「はいはい、いつもの。消化効率上げてねー、イアならできるよね?」
「がぁぁぁぁああっ!腹が割れるぅ!」
「これはね、伝統的な魔力増強手段なんだよ。イアも、此処で魔力を使用するためには最低限の基盤がないと。じゃないと、大気から吸収した魔力が内部で圧力高めて、大爆発するよ?実際、生まれて間もない幼竜がブレス放とうとして魔力を吸い込み過ぎて、爆裂していたのを森の奥の山でよく見るし」
そこで山に竜いんのかよ、とかそう言う軽口を付けない程に俺は大変な状況に陥っていた。それは、どんどん腹の中に詰め込まれていく肉の群れのせいである。
遡る事二時間。昨日腹に詰め込まれた肉を半日近くかけて消化した俺は、明らかに体に入っている魔力...?の量が向上していることに気付いた。それに伴って周りの魔力が少しだけ見えるようになったのだが...俺が保持している魔力よりも、大気にある魔力の残滓の様なものの方が量が多く見えた。
その為、シグレに「魔力量を増やしたい」と言ったのだが...つい先ほど、シグレが大量の魔獣を狩ってきて。そして、冒頭に至る。
数時間後。昨日の様に倒れる事は無かったものの、苦しみはその分長く続いたので悲鳴を上げつつやけくそ気味に、というか最後の方はもはや生肉の方が消化するのが早いという結論に至って生肉を食いちぎる様に貪っていた俺だが、つい先ほどそのすべての肉が消化し終えた。急激な魔力の摂取による弊害...いわゆる魔力中毒という奴なのだろうか、目の前にもやがかかっているような状態ではあるが、その具合の悪さと引き換えに今なら前に使った遅延魔術すら倒れずに扱えそうな気がしているほどの全能感を覚えている。
「シグレ!魔法を使っていいか!?」
すると、シグレは「は?」とでも言いたげにあきれ顔で口を大きく開けて、一言。
「魔法は放つ物じゃなくて、古代魔法語を詠唱して使うものだよ?無詠唱で使えるのは”魔術”の方。おーけー?」
...現代日本のRPGの敗北の音を聞いた。
「まあ、今は魔力中毒の副作用で識閾下における空間干渉能力が向上しているからね。この状態で魔術を使えば莫大な魔力消費と引き換えに、ファイアーボールでさえマギア・エクスプロージョン並みの莫大な威力を誇る超魔術と化すから。...まあ、その分魔力消費は異常だけど」
シグレが何かを言っているが、知った事か。俺は、魔術を放つことにした。使うのは因縁の時魔術。前回は遅延のみ、しかも小さな範囲にも拘らず莫大な魔力を消費したが、今の俺なら時魔術のもっと上位の魔術すら扱えるに違いない。
「時空間遡行転移!...ッガァ!?」
放った瞬間、俺に周囲の異常に濃い魔力の奔流が襲うとほぼ同時、魔力が急激に抜けていく感覚を味わった。俺の身体は魔力を魔術に繋げる導線となり、身体がどんどん魔力によって浸食されていく。
あ、やべ―――
『...ここ等辺なら、別に追われることもなさそうだ。良し、ここらへんに家を建てるか!』
『アリシャも大きくなってきたし、そろそろ教育面も心配だな』
『そうだ、ヴァルカンあたりに学院を創ろう!』
『...龍!?なんでこんなところに...!』
『...うわー、やる事ねえ。龍王になるって案外虚しいな...』
...誰だ?この記憶は。
『...ァ!イア!イア!!」
「あグッ!?」
俺は、何かに身体を叩き付けられるような衝撃で目が覚めた。文字通り、何かにたたきつけられたかのような痛みだ。
痛みに呻きながらも周りを見ると、何かに敵対的な表情を見せて異常なほど長く鋭い爪を構えているシグレが見えて、その視線の先を見ると黒髪の女性がいた。表情は冷たく固まっており、シグレを胡乱げな表情で見ている。時折俺を見ては優しい笑みを浮かべるが、コイツは実は貴族の子である、的な設定があるかもしれない俺を目的とした人攫いか何かなのか?いや、それではこの森に来る必要性が見当たらないが...。
「...あー、ヴァングファン。なんでそんなに敵視しているのかは分からないけど、私は父さんとは違ってそんなに優しくないから。しかも、今いつ?さっきまで森のうろで寝てたってのに...。」
「五月蠅いッ!言を弄して、吾からイアを浚おうというか!吾の旧い名など知っているものもこの地に残る者なら知っているに決まっておろう!吾の朋友の娘を騙る不届き者奴、滅ぶがいい!『聖なる飛沫』!」
二人の会話は微妙にかみ合っておらず、シグレは古臭い口調と共に姿を人ではないナニカへと変貌させて突然現れた女性に光の雨を降らせる。
それを見た女性は回避しようとせず...そして、速いそれに緊急回避を行った。そして、光の雨の昇順の先にあった床はほんのり灰のような物を見せて、貫通されていた。ヒェッ...。
「速っ!?ヴァングファン、いつの間にこんなに強くなったの!?先週までは父さんとじゃれ合ってたのに...!?」
その言葉を聞いたシグレは、突然動きを止めた。
「......まあ、お茶にしようか?」
その動きは、壊れた人形のようにも見える。