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バルドウィン物語  作者: 山崎某
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第三話:大魔法使い

 コンラッドさんが帰ってから、幾日か経った。魔法の才能があると言われたものの、それで何か日常が変わる事はなかった。相変わらず、僕は魔法が使える訳でもないし、魔素とやらもよくわからない。


 変わった事と言えば、狩りについて行かなくなった。毎日、祖父の工房に通い革細工を作る。元々狩りよりは性に合ってるし、それを踏まえて父と祖父が決めたようだ。そろそろ太陽が頭上に昇るような頃、頼まれていた水袋を村長の家に持っていった。


「バル坊、来たか」

 

 そこには村長とコンラッド、それと色が濃いローブをまとった老婆が座っていた。

 

「コンラッドさん、それにウリクルさんも?」

「久しいね、バル。元気だった?」

「はい、ウリクルさんもお元気そうで」

「まぁ、バルも座って。ちょうど、お前の話をしてたんだ」

「魔法、ですか?」

「これはこれは。バルは魔法が大好きって聞いてたが、やはり興味はそれかい?」

「はい、僕には魔法の才能があるとコンラッドさんが。でも、それだけでこの間は終わってしまって」

「そう、こいつはお前の才能に怖気付いてしまってね、私を連れてきたんだ」

「ウリクルさんが、僕に魔法を教えてくれるの?」

「慌てないで。これを見てごらん」


 かなり大きく分厚い書物が、ドン、と置かれた。動物の革で作られた表紙は、革細工の心得のある僕からするとため息が出るほど見事な装飾で、それがとても高価な物とわかる。そもそも書物自体が高価なのだ。この村には村長の家に紐で閉じた薄い書物が数冊あるだけで、ここまで重厚な書物は初めて見た。

 

「良いかい、お前はこれを読むんだ。全部読めたらコンラッドに言いな。こいつは月に一度か二度はここに来るからね。その後の事はその後だ」

「これ、僕にくれるの?」

「あげはしない。読んだら返してもらう。この書物はお前のお爺さんに預けるから、毎日工房で読むといい。あぁ、革細工の仕事はお日さまが頭の上に昇るまでだ。お爺さんにはそう約束している」

「わかった!読むよ。でも、僕は字が読めないんだけど」


 ウリクルは笑う。

 

「わかってるよ、わかってる!この書物でね、字を学ぶ事ができるから安心して。どうしてもわからなければ、お爺さんに聞くといい」

「えっ、お爺ちゃんって字が読めるの?」

「もちろん。お前の父さんが生まれる前は『知識の宝庫』エリクと呼ばれていたくらいだ。文字くらいならボケてたとしても覚えているだろう」

「わかった、これを読めば魔法が使えるんだね!」

「いや、まだだね。これを読み理解できれば魔法が使える準備ができるって所かな」


 この分厚い本を読んでも、まだ魔法は使えないとなると、魔法がいかに難しいものかわかる。

 

「そうか。でも魔法に繋がってるのは確かなんだね。僕も魔法が使えるんだね!」

「呆れたよ、バルは本当に魔法が好きなんだね。コンラッド、あんたがバルの責任を持つ約束は忘れないように!」

「わしも覚悟は決めたよ。バルの家族には話はしてある。最後に道を選ぶのはバルだ。これも運命なのだろう」

「さて、決まったよ。村長、何かあったらコンラッドに。あたしゃ忙しいし、サラも学校に行ってしまったから家には誰もいないからね」

「えぇ、緊急の要件があったら、コンラッドさんに鳥を飛ばします」


 

 工房に書物を持って帰ると、祖父が笑顔で迎えてくれた。


「バル、それは賢者の書じゃないか。ウリクル婆さんが持って来たんだろ?しかし、いきなりそれか」

「僕は字が読めないと言ったら、読み方はこれに書いてあるって」

「確かにそれはそうだが。しかし10歳の子供に読ませるか、普通。まぁ、先ずはここに座って、それを開いてみろ」


 表紙を開け、ページをめくる。活版印刷なんて技術は無さそうで手書きのようだ。僕には文字の知識は無い。書物を見るのはこれが初めてだし、これまで文字に接する機会は無かった。しかし、どうした事か、この書物に書いてある事が理解できた。書物の最初は文字や数字について記されており、文字がわからないはずなのに何故か理解はできた。


「お爺ちゃん、おかしいよ?文字がわかるんだ」

「そうだろう、不思議だろう?実はお爺ちゃんは最初それが読めなかった。文字を知らなかったからな」

「僕も文字を知らないよ!でも読めるんだ。文字の説明が書いてあるってわかるんだ!」

「いいかい、バル、これは『えんじ色の大魔法使い』ウリクルだけが持ってる魔法の書物だ。魔法の才能が高い者は文字がわからなくても読めるという不思議な書物で、これが最初から読めた者はコンラッドを含めて数人しかいないと言われてる」

「それって凄いこと?」

「凄いな! 凄い。でも、お爺ちゃんはそれを読むために文字を勉強したんだ。お爺ちゃんの方がもっと凄いんだぞ!」


 文字を覚えるのは難しい。それに加え単語や文法を理解しないと書物は読めない。前世において母国語ならそれほど気にもせず覚えられたが、それは幼少期に教育を施すからだ。幼少期が過ぎ少年期に習う外国語は理解が難しい。僕は前世で英語はサッパリだった。そう考えると、この書物が如何に便利であるかわかる。



 それから毎日、午前は革細工の仕事、午後は賢者の書を読むのが日課になった。賢者の書は最初の数ページで文字や書物の読み方が書いてあった。その後は小難しい事が書いてある。確かに文字を読む事はできた。だが覚えるのはまた別だ。メモを取ろうにも紙もペンも無い。しかし覚えなければ先に進めないのだ。読み進め、引っかかっては戻るの繰り返しでなかなか先に進めなかった。


 たまにコンラッドが工房に顔を出し、賢者の書に書いてある事を議論した。


「魔導は精霊の力を借りるため属性があり、それとは別に女神さまや天使の力を借りる神聖魔導がある。悪魔の力を借りる物もある。でも、それらは区別されてて、魔導師ギルド、教会、あと邪神や悪魔を信じる教団が管理してるけど、それらは全部魔法であり実際は区別がないとされるというのは乱暴じゃない?」

「属性というのは本来存在しない。ギルドやら教会やらの都合でそうなっているだけだ。ただ、この考え方は異端で、わしとウリクル以外には話すでないぞ」

「お爺ちゃんには話して良いぞ」

「老エリクも異端だからな。魔法が使えないのに魔法の知識だけはあるなんて、異端中の異端だ」


 老エリクは胸を張って自慢げだが、それは自慢するような事だろうかと疑問に思う。

 

「魔法の原理は魔素を扱い、現象を具現化する。例えば火を燃やそうとすると、油のように燃える物が必要だ。だから、この指先に魔素を使って油を具現化させればいい」

「魔導は火の精霊に火を起こしてもらうよね?」

「魔導の場合、魔素で火の精霊を具現化させている。ただ、それは術者がそう意識しておらず、あたかも、そこに精霊がいて、その力を使っているように認識している。その精霊は擬似的な物なので出力は低い」

「魔法の方が出力が高いって事?」

「一概には言えん。魔素を具現化するには頭の中で想像しなければならない。油を具現化すれば、それは灯り程度の物でしかない。しかし精霊なら魔物を燃やすほどになるだろう」

「想像で変わるって訳か、ここに書いてある事はそういう意味なんだね?」


 賢者の書の一文を指差す。

 

「その通り。しかし、実際に精霊を使役すれば、魔導はなお大きな出力を得る。それが長耳族の精霊魔導だ」

「長耳族って魔導に長けた種族だね!」

「長耳族は精霊の存在を感じとれる。彼らはその精霊との意思疎通に魔素を使う。そして精霊にお願いし、精霊はそれを叶えるために自分の能力を使う。これは擬似精霊の非ではない」

「それは長耳族しかできないの?」

「ギルドの高級魔導師の中には精霊は感じとれなくとも、同じ方法で精霊に力を借りる者もいる。ただその者も長耳族も、擬似精霊を使う者も結局同じことをしていると思っている。属性魔法で実際に精霊の力を借りる物は高位魔導と呼ばれる。長耳族が使う物が精霊魔導と呼ばれる」

「呼び方が違うだけか」

「しかし、それが同じ物であるという考え方は異端だ。それぞれに都合があるからな。紫の大魔導師はその事に気付いたからギルドに追われていると聞いている」

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