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砂の降る惑星

作者: ぎん

 空気が乾燥し強い日差しに質量を感じると、夏が来たと感じる。

 居間の通信管では天気予報が映され、今季最初のオゾン拡散措置が今夜取られるとキャスターが報じていた。

 朝食のゲルミートを食べながら「もうそんな時期か」と咥えたスプーンを揺らしていると、後ろから頭を小突かれた。


「お行儀悪いよトトリ」

「……痛ったいなあ」


 振り向くと、姉のビゴが隣の椅子に腰かけるところだった。

 白い髪を後ろで一束に結び、夏用のコートを羽織っている。


「いきなり叩くことないだろ、この暴力女」

「あんたが朝ごはんを食べるでもなくスプーン咥えて通信管ばっか見てるからでしょ。下品だからやめろってーの」


 かき込むようにスプーンを動かし、ゲルミートを啜るように食べるビゴに対し「人のこと言えないだろ」と念をこめて目を細めてやったが、「その顔、気持ち悪いよ」と返されてしまった。


 今日の天気は大砂で、窓の外は打ち付けるような強風と強い砂が吹き荒れている。

 ロングブーツとコートを身につけていても、この横殴りの砂では家の前に駐車しているエアシップに乗り込むまでに砂びたしになっちゃう、と呻きながらビゴは仕事のために家を出て行った。

 僕も残ったゲルミートを食べ切ってしまうと、友達の家に遊びに行こうとコートと帽子、長靴の支度を始めた。




 友達のミチは僕たち姉弟が住む街の裏手にある裏山の中腹にある廃墟に住んでいる。

 朽ちかけた石造の蔵の床の落し戸を開けた先にある密閉型のハッチがあり、その下にある地下室に1人で住んでいるのだ。

 僕が落し戸のある床を7回ノックすると、それを聞いたミチがハッチを開ける。

 それが僕たちだけの秘密の合言葉だ。


「やっほーミチ。外は暑いよ。もう夏だってさ」

 コートについた砂を払い、手近にあったキャビネットの上に放る。

 硫化水をもらってもいいかとミチに聞くと、嬉しそうにポッドのガラスシャッターまで小走りで寄ってきたミチが、コクンと頷く。


「そっか。もう夏なんだね。全然実感ないや」

 シャッター脇のボタンを押しながら話すミチの声が、僕の頭上のスピーカーから聞こえてきた。

 ミチは開拓時代の古い船外服を着て、空流濾過ポッドの中に佇んでいる。

 僕初めて出会った時からミチはこの格好をしていた。

 青いミラー加工が施された高反射メットがミステリアスな感じを醸し出していてとてもキマっていると思う。


「今夜オゾン分解薬が散布されるって。さっきニュースで見た」

「そうなんだ」

「また2ヶ月は土砂降りの砂と磁場の強さで髪がボサボサになるよ。僕ってほら天パだから」

 くるくると毛先の巻いた自分の髪を差して苦笑いして見せると、ミチは船外服のメットに手を添えてくすくすと笑った。


「トトリってばそれ毎年言ってる」

「笑うなよな、気にしてんだから」


 指で髪を少しでも真っ直ぐにしようと漉いてみるが、ウェーブは一向に改善されなかった。

 それを見てミチはよりおかしそうに笑い、ミチが笑うのを見ているうちに僕までつられて笑ってしまった。


 ひとしきり笑うと、いつもミチは決まって外の話をねだった。

「ねえねえ、お外の話を聞かせて!」

 両の拳を握りしめてブンブン振りながら高反射メットを輝かせるミチを見て、僕も決まって「またかよ」と言って笑うのがお約束だった。


 ミチは本当に取り止めのないことでも驚いたり感動してみせるものだから、話すのがとても楽しかった。

 僕はあまり家から遠くには行けないから専ら通信管で見聞きしたことを話すばかりだったが、それでもミチは「トトリは物知りだね」と誉めてくれるから嬉しかった。

 僕は有害な真水をようやく地上から完全に取り除けたことやオゾン層を分解する今夜からはとても綺麗なオーロラが見られると予報されていたことなんかを話した。

 ミチの口数は余り多くなかったが、話をしているうちにぽつりぽつりと彼女も時折自分の話をした。

 生まれつき身体が弱いこと、地上の日差しに肌が合わない病気なのだということ。そして開拓船団がここに着くよりも前の、偵察船団に乗っていたのだということを知った。

 もっとも、偵察船団に乗っていたのかと聞いたのは僕だ。この辺りの廃墟は随分くたびれているし、原生生物の巣の名残がまだあちこちに残っている。こんなところに移住するとしたら偵察船団の船員くらいだろうと思ったから。

 僕が期待を込めてそう尋ねた時、ミチは少し言い淀んだ後に「そうよ」と言った。

 だから、ミチは僕よりも少しだけお姉さんなんだと思うんだ。


 沢山話して楽しい時間を過ごしていると、時間が経つのはとても早い。

 あっという間に姉さんと決めた門限の時間がきてしまうから、僕はいつも唇を尖らせながら「そろそろ帰らないと、姉さんが怒る」って言う。

 僕がそう言うと、ミチもゆっくりと頷いて「また遊びましょう」と手を振ってくれる。

 しぶしぶコートにまた袖を通してジッパーを上げ、帽子を深く被ると、ガラスシャッター越しに椅子に座っていたミチは立ち上がって手を振ってくれるんだ。


「また来てね」

「うん、明日も遊びに来ていい?」

「もちろん」


 くすくすとスピーカーの向こうでミチの吐息が笑みを含む。

 これを聞くと、僕のしょげた心がいつも少しだけ弾む。


「ああトトリ、忘れずに入り口のエアシャワーで消臭スプレーモードを浴びて行ってね」

「うん、分かってるよ」


 ここの地下は埃っぽいし、私は病気で換気ができないからきっと臭いわ。

 ミチは口癖のようにそう言う。

 僕はそんな事はないと思うのに、ミチはこれだけは頑として譲らない。


「私の病気は体質によるもので感染るものじゃないけど、でも女の子だもの。気にするの」

 自分でそう言ったミチは、そのまま俯いてしまう。

 僕も最初は気にならないよ、などと慰めの言葉をかけていたんだけれど、いつ頃からかミチが悲しくならないならと大人しく消臭スプレーモードのエアシャワーを浴びてから家に帰るのが習慣になっていた。




「第二船団の着港の見通しがたったらしいわよ」

 ビゴがデヴリフレークを食べながらそう言ったのは、夏の暑さがピークになる酷暑期になった頃だった。


「第二船団って、カラハリ叔父さん達の船も来るの?」

「おバカ、叔父さん達は第四だってーの。星間ハイウェイのジャンクション逆走事故があったのがつい去年でしょ。もうちょっとかかるわよ」

「ちぇー」


 通信管から軽快なポップ・ソングが流れている。

 優雅に虚空を眺めながら朝食を咀嚼するビゴの様子を、僕は恨みのこもった目で見つめた。

 ビゴは僕のことを「物を知らない」ってさんざんバカにするけど、スマートチップをインプラントしてもらってるからニュース・サイトが見られるんだ。

 僕だって欲しいのに、子供にはまだ早いからってママは全然買ってくれない。

 ビゴが昼間に惑星軌道上にあるオフィスで仕事をしている間、僕は日々のラーニング教材をメモライズするか、家の周りで遊ぶくらいしかする事がないのに。

「食器くらい片付けておいてよ」と小うるさく言い残して出勤用のエアシップに乗り込むビゴに、僕はわざと大きな音を立ててガチャンとロックをかけてやった。



 メモライズの課題を早々に終えると、僕はまたミチのいる廃墟に出かけた。


 初めてミチに遭った時、ミチは今よりは元気だったのか地上の廃墟の中を探検していた。

 その時も今と変わらず船外服にすっぽり身を包んでいたから、身体は本当に弱いんだと思う。

 初めの何年かはミチは地上で暮らしていたし、茶目っ気がある女の子だった。

 きっと僕を驚かせようとしたんだと思うんだけど、しょっちゅう砂の表面や廃墟の瓦礫と同じ色に船外服を染めてかくれんぼをしていたりしたんだ。

 最初にミチを見かけた時、それがすごく気になって「何をしているの」って僕から声をかけたんだっけ。

 そうしたら、すごく自信があったのかとてもびっくりして、たどたどしく「かくれんぼよ」ってその遊びのルールを教えてくれたんだ。



 初めて遭った時からミチはあまり自分の身の上を話したがらないタイプだ。


 僕ら家族は入植移民の第一船団の搭乗員で、歳の近い友達が僕にはミチのほかには1人もいない。

 家は簡易住宅だし、両親は母船勤務だから家に帰っても口うるさいビゴがいるだけだ。

 だから軽口を言って笑い合えるミチのような友達は本当に貴重なんだ。


「トトリは全然変わらないね」

「なんだよ、ミチだってそうじゃないか」


 いつものようにそう言って僕とミチは笑い合う。

 でも、今日のミチはなんだか具合が悪いのか、スピーカーから聞こえてくる声がしゃがれているような気がした。よく咳き込むし、具合が悪そうに背中を丸めている。


「病気の具合、悪いの?」


 僕がガラスシャッター越しにミチの高反射メットを覗き込もうとすると、ミチは咄嗟に顔を背けて弱々しく首を横に振った。


「ううん、違うの。そうじゃないのよ」


 酷く重い音のする咳をしながら、優しい声でミチが言う。

 私の問題だけど病気ではないの。大丈夫よ。

 心配させまいとしてくれているのが分かったけれど、とても心細くなる声だと僕は思った。


「ね、トトリ」

 船外服に包まれた掌をポンと鳴らし、ミチは両の拳を握った。

「ねえねえ、外のお話を聞かせて」

 いつも通りに振る舞うミチに僕は困った顔で笑うしかなかったが、でもこの日も2人で沢山の話をした。


 僕はお小遣いが少しだけ増えた話や砂の結晶が家の庭で採れた話なんかをした。

 特にミチが驚いた風だったのは「もうすぐ第二船団がやって来るんだって!」と言った時だった。


「えっ」

 ミチはひどく驚いたのか、短く驚嘆の音を上げた。

 僕はそれを見て今日一番のとびきりのニュースになるに違いないと思い、揚々と話を続けたんだ。


「座標間ジャンプ運転がついにできるようになったんだって! 第二船団はほとんど資材船だけどお菓子とか機械が沢山運ばれてくるみたいだよ。今からワクワクするよな」

「うん」

「近々母船も着陸するって聞いたし、久しぶりに僕パパとママに会えるんだ」

「そうなの」

「ああ、でもミチもちゃんとパパとママには連絡取るんだよ。第二船団が着く前に一度星をフォーマットするみたいだから。僕もその日はビゴの職場があるステーションに泊まるんだよ」

「ええ」

「ビゴは偵察船団の方のステーションになるの? 一緒ならいいのに」

「そうね。でもきっと別だわ」

「そっかあ」

「そうね」


 今日のミチはなんだかとても物静かな気がした。

 いつも通りな気もするのに、不思議と会話が弾まない。

 話すほどにだんだん元気がなくなっていってしまっているような、そんな感じがした。


「ミチ、具合が悪そうだけど本当に平気?」

「え、ええ。平気よ。ありがとう」

 スピーカーから聞こえる声はとてもか細かったけれど、ミチはなんでもない風にそう言った。



 その日は結局僕が心配だから早めに休んで欲しいと伝え、早めに家に帰ることにした。

 ミチは度々辛そうに咳き込みながらも何かを言っていたけれど、ほとんどマイクが音を拾えないほど小さな声になってた。

 またくるから今日は安静にしていてね、とガラスシャッターをつるりと撫でた。

 縄梯子を登ってハッチを閉め、家に帰った僕は、その日エアシャワーを浴びるのを忘れていたことに気が付かなかった。



 裏山を下って家の門を潜ると、突然けたたましく警報が鳴り響いた。

 洗浄液が門のスプリンクラーから吹き出し、僕の顔目掛けて噴射されたのた。

 そのあまりの勢いに僕はひっくり返ってしまい、後頭部を強く打ち付けてしまった。ドアを蹴破りそうな剣幕でビゴが飛び出してきたのは見えた気がするけれど、そこから先の僕の意識は洗浄液の泡と共に真っ白に滲んでいってしまった。




「絶滅したと思われてた原生生物の生き残りの個体が見つかったらしいわよ」

 ビゴがワームミール粥を作りながら僕にそう言ったのは、酷暑期が終わり惑星上のフォーマットのためにビゴの職場のあるステーションにホテルを借りた日だった。


「ものすごく歳をとってて、生命維持機から離すと死んじゃいそうな状態だったんだって」

「へえ、寿命短いんだ?」

「どうかしら。元々老いてた個体かもしれないし」

「そっか」


 ビゴはあれからなんとなく以前よりも優しくなった。

 裏山から帰ってきた僕の体や服には原生生物の生活圏に存在した微細な「はうすだすと」という毒素が付着していたらしい。

 もっと私が気にかけていれば何も知らないトトリがそんな危険なところで1人で遊ぶようなことにならなかったのに、と昏倒してた僕のカプセルの横で号泣していたのだと、後で病院の看護師さんに聞いた。

 どちらかといえば後頭部のたんこぶの方が重症で、「はうすだすと」はほとんど吸い込んでもおらず大事には至っていないんだけどね、とお医者さんがこっそり教えてくれたけど、ビゴが前より優しくなるなら結果オーライかなと思ってる。


 今や世間を賑わせている原生生物の生き残りが見つかったのも、僕についていた「はうすだすと」を解析したところ、まだ新しいものだと気づいたからなんだそうだ。

 僕がミチと遊ぶために足を運んでいた裏山の廃墟のすぐ近くに潜んでいるのが見つかったと聞いた日は恐ろしくて眠れなくなってしまった。

 ミチは大丈夫だろうか。繊細な女の子だから怖くて震えていないといいけど。



 明日には経過入院と地上のフォーマット部隊の作業が終わって家に帰れるらしい。ビゴが僕の着替えの片付けや退院の手続きなんかで忙しそうにしている。

 家に帰ったあともしばらくは安静にするように言い付けられているけど、それが終わったらやっぱりミチのところに遊びに行かなくちゃ。


 第二船団が間も無く到着するらしいから、その話をしに行くんだ。

 地上に今よりも設備のいい病院ができれば、ミチの病気も治せるかもしれない。

 ミチの病気が治ったら一緒に最新のホロ・ムービーを見たり見つかったばかりの原生生物の個体を見に生物園にも行きたいな。


 壁面透過パネルからは砂色の地球の向こうから太陽が顔を覗かせているのが見える。

 丁度太陽にかぶさるように小さな黒い点が煌めくのが見える。あれが偵察船団の母船だろうか。


 家に帰る時間はまだ先になるから、僕はカプセルの蓋を閉じて目を閉じ、スリープモードボタンを押した。

 早くまたミチに会いたいと想いながら。

お読み頂きありがとうございます。

1億と2000年ぶりにコメディではない短編小説を書くことと相なりました。

本作は夙 多史さん、山大さん、吾桜 紫苑さん等からリハビリ執筆チャレンジに誘われ、3題噺をして書かせて頂きました。

私のお題は「夏・消臭スプレー・『キマる』」です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

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