⒉娘(幼狼)ができた
レイチェル=アドヴェントの名前の由来は『純粋な降臨者』です。レイチェルの意味は『純粋な者』です。アドヴェントはドイツ語で『降臨』です。ちなみにそのままです。
「ん……」
パチパチと少女は数回瞬きすると、目を擦り、続いて伸びをした。右腕をスッと伸ばし、その右腕の肘を左腕で掴み、背中をせって大きく伸びをした。
と。少女はそこでようやく自分が何やらモフモフな小さな生物と寝ていたことに気がつく。
「起きたか。新しい住人、レイチェル」
そう言って青髪黒瞳の狼耳をはやした女性が歩いてくる。
誰だろう、という顔をしたレイチェルは、隣でまだ寝ている可愛いミニサイズ狼を撫で回す。クゥ、という小さな鳴き声に顔を埋めたくなる衝動を抑えつつ、女性の方を見る。
そっちはそっちで尻尾をブンブン振り回していた。
「あなたは……?」
「忘れたわけではなさそうだな。そうか、名乗っていなかったようだな。我はルールシア。『光の巨狼』という言葉が起源じゃて。まあ我は風を操る故に光とは程遠い関係なのだがな」
「狼?」
「そうだな」
少女は改めて狼であると言ったルールシアの耳、尻尾、瞳孔を見直した。
狼の尖った耳の下には擬似的なものなのか、人間と同じ耳がある。そして尻尾はふさふさ。巨狼と何ら変わりのないふさふさふさふさ×4がつきそうなほどにモフモフな尻尾。そしてアンバーの眼の色。さながら『Wolf eyes』。狼の目。
典型的な狼の特徴であった。
「異世界の狼の中で、神格化すれば瞳孔は青くなるそうだ。が、残念ながら我はあくまで神に東方の守護を任された神獣でしかない。我がフェンリルのような立場であれば瞳孔は青かったかもしれぬな。少し期待していたか?」
「? 何を、言っているの……?」
少女はきっと思ったことをそのまま言っただけだったのだろう。が、巨狼ルールシアにとってはさも珍しい返事だったのか、ふふッ、と見た目通りに優雅に笑った。
人型になる生物は皆少女だとか言っている奴はこの場に居なさそうだった。
「安心するが良い。ここまで来れる人間はおらぬし、第一、貴様は我が領地の新たな住人である。旅に出るもここに住み着こうと自由にするが良い。だが、殺生は認めぬからな。ここに住むからには、いるからには、決して仲間を殺してはならぬ。それがルールだ」
「ルールシアだから……?」
多分ルールシア本人にこの親父ギャグ?は伝わっていなかっただろうが、とりあえず根掘り葉掘り聞くような真似はしてこなかった。
ルールシアは歳をとった狼だが、実は見た目に反して人との関わりはほぼ存在しない。彼女が人型をとれるのは、彼女に東方の守護を任せた神が人と変わらぬ姿をしていたからであり、もしも神がそのような姿をしていなければ、彼女は人型にはなれなかっただろう。
「それで? 貴様はどうするつもりだ?」
「…………少し、考える……」
まだ眠りこけているミニサイズ狼に視線をやるレイチェル。
「ああ、そいつは貴様に任せる。我が娘だ。名前はフェンリル。神獣の本体が死んだようでな、転生してきたのだ。まあ記憶もリセットされている故、貴様の自由に育てよ。実質、貴様の娘だな」
急に娘ができたレイチェル。
時間は刻一刻とすぎる中、彼女は唐突にできた娘フェンリルに目を向ける。いまだクゥ、という小さな鳴き声を出しながら眠りこけるこのミニサイズ狼に、何をしてあげるのが、彼女の役目か。
「考えが纏まったようだな」
随分と早くその言葉は降ってきた。
まるで、読心術でも備えているかのように。
「…………」
「わかっている。貴様にここは少々狭すぎたようだな。元来、人間とは自由でこそ輝くものだ。行くと良い。ただ、いつでも助けをよべ。我に届かなかったとして、我が眷属は世界のどこでも、貴様を拒まず待っている。せいぜい、足止めにはなるだろう。そんな目的に眷属を使うのも、どうかと思うがな……」
少し、寂しそうにルールシアはそう言った。
「せめて、少しここにいてくれるか。我が身内にも顔を見せてやってくれ。皆、新入りが一生来ないと思い込んでおるからな。せめてもの希望を与えれれば、それで良いと思って……いや、良い。どうするかは貴様が決めろ」
優しさと寂しさ。
両親が通り魔に殺され、ずっと一人であった涼音ならば、きっと共感できたことだろう。が、レイチェルにはその共感はない。代わりに、一人の危険も、虚しさも知っている。
一人だと、何もできない、という虚しさを。
「クゥン」
ふと聞こえた声にフェンリルの方を向くと、そこでは起きたのか、小さな子犬のようなモフモフモフモフな狼が一匹いた。
可愛い、と微笑みながら、レイチェルはルールシアに見守られながら、フェンリルの頭の、人でいうつむじの辺りを指先でくるくるとかき回す。
フェンリルは尻尾を最大限にフリフリしながら、一人立ち続けるルールシアの方に走っていき、足に擦り寄る。まるで猫のようにすりすりし、またレイチェルのところに戻ってきた。
「そういえば、貴様に言い忘れたことがあった。この世界に異邦人はいると言ったはずだが、その中、異邦人には二通りのこちらの世界へやってくる方法がある。一つは貴様のように自然転移してしまう、すなわち神と神との抗争の際に発生した時空の歪みに落っこちるという転移の仕方。続いて召喚される転移の仕方。一つ、例外があるが、記憶維持の転生という来訪。記憶維持の転生は神の遊戯故、特殊な力も何もない中、知識だけが覚えている限り引き継がれる。これにより、時折世界の文化が急激に上昇することがある。神同士の遊戯として、有名ではあるな。ちなみに我が使える神はそのようなことを抑制する、特殊な神でな、いつか貴様もお目通りさせる故、気長に待つと良い」
「キュゥ?」
フェンリルは話を夢中というわけではないが、今までで一番よく聞いているレイチェルの表情を伺っている。
その中、ルールシアは説明しきったとばかりにフェンリルを撫でに素早く動く。
「身内は……?」
「西の方だ。行けばわかる。ここは決戦の地でもあるからな、ここには近寄らぬよう言いくるめてある。本当は、あいつらと我の境界線でな。貴様もできれば近づけたくなかったが、まあ大丈夫だろうと」
決戦の地というワードに微妙に反応しつつ、レイチェルはフェンリルの前足のあたりをホールドし、西の方へと歩いていく。
「クゥ」
「かわいい……」
きっと壊れた心が再構築された時に黒髪が金髪に、瞳が青く染まり、超絶美少女に生まれ変わっていることに、本人は気がついていない。
▲▷▼◁
レイチェルが西の方へと歩いて行き、姿が見えなくなった頃、ルールシアは決戦の地の入り口部分をわずかにそれた場所を眺めつつ、呟いた。
『覚悟はできたか、〈神獣〉』
巨狼の姿になったルールシアのサイズは、大体十五メートルであったが、今のルールシアのサイズはその五倍。七五メートルである。
そして、ルールシアの声とともに、巨狼と同じサイズの巨獣が現れる、さながらゴリラのような、どっちかというとモン○ンのラー○ャンをさらに大きくしたかのような見た目の巨獣。
『東方守護神獣。収束地、神来訪』(東を守る神狼よ。収束の地に神々が来訪する)
『それがどうした。今更我に神々の眷属になれと? ふざけるのも大概にしろ、ベヒモス。貴様は神の生み出した生物でしかない。いや、それでも至高の生物。だが、所詮は娯楽の、遊戯のための産物でしかない。そして、貴様のいうことは信憑性に欠ける。ゆえに我はここで守護を続ける』
ベヒモスは、三頭一鼎の世界最強とも言われる、神々が生み出した至高の生物である。それに比べて、ルールシアは神獣である、どちらが格上かといえば、神の生み出した神の所有物であるベヒモスだが、実力ではルールシアが上回っている。
余談だが、ベヒモスの最大サイズは立ち上がれば全長十キロに到達する。巨大すぎて生きていく環境がない故、縮小することで生き抜いてきた、特殊な生物だ。神が生み出した故に、大きくなることも小さくなることもお手の物。他にもいろいろできるが、やりすぎると神直々に殺しにかかってくるので、自重せねばならない!
(ふう、我も生きていけるかわかったものではないな。が、残念ながら我は死ぬわけにはいかぬしな。さて、決戦の地。ちょうど良き名前ではないか)
直後。
神の生み出した至高の生物
と
世界が生み出した至高の生物
が、激突した。
ルールシアの名前の由来は狼を意味する『ルー』にルシアという名前を噛み合わせました。ルシアは説明されていますが『光』です。『光の巨狼』です。『光の神狼』でもよかった。
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