勇者と聖女は魔王と魔女に撃退されました
魔王城の謁見の間で、勇者と聖女、魔王と魔女の四人が対峙している。玉座に腰かけた魔王は荘厳な雰囲気を身にまとい、魔王の近くにいる魔女は妖艶な色気を周囲に漂わせていた。
一方の勇者ゼノと聖女エリーは、どこか疲れた様子が否めなかった。王都を出発して各地の村と街を巡り、ようやくたどり着いた魔王の城だ。数か月単位の慣れない旅、それに加えて別の精神的なダメージもあった。
「よく来たな勇者よ。さて何が目的だね?」
「お前たちの所業は、我々人類にとって見過ごすことができないものだ」
「ほう?」
「単刀直入に言う」
ゼノが手にしていた巻物を広げた。
「デートでところ構わずいちゃつくな」
巻物に書かれていたのは、各地の聞き込みで得た情報をまとめたものだった。ゼノが次々と人々からの意見を挙げていく。
朝から何やってるんだ。子供の教育に悪い。親と一緒の時だと気まずくなる。刺激が強すぎる。見せつけるな。羨ましい。美男美女すぎて目に毒。恋人にときめけなくなった。見るたびに死にたくなる。爆発して、ほんと爆発して。
要は人々から魔王に対する苦情だった。特に未婚の男女への影響が深刻すぎた。
「魔族からもほぼ同様の苦情があげられている。その他にも近頃砂糖の消費量が減少傾向にあり、砂糖の製造業者が悲鳴を上げている状況だ。せめて人目が無いところでやってくれ」
以上だ、とゼノが巻物から顔を上げた。
ちなみにゼノとエリーが謁見の間に入った時からずっと、魔女は魔王の膝の上にいる。人目を気にせずに、二人はいちゃつきまくっている。今この場にいる四人以外は、この甘々空間に耐えられず、既に全員退室済みだった。
「勇者と聖女って大層な名前もらいつつ、やってることは魔王様への苦情伝達係じゃねえか!?」
ゼノが巻物を地面に叩きつけた。
「くそっ、俺も女の子と甘い時間を過ごしたい! 婚約者が欲しい!」
キレた挙句に、ゼノの本音が駄々漏れになった。そんなゼノの様子を見ていたエリーは、ちょいちょいとゼノの袖を引っ張った。
「あのゼノ様、私では駄目ですか?」
「聖女平民じゃん。俺王子じゃん。身分差で無理じゃん」
「えっと、ゼノ様はずっと勘違いされていたようですが、私は公爵家の娘です」
「最初にエリーとしか名乗らなかった!」
「ご存知かと思いまして、省略してしまいました。緊張していたのもありますし……」
妙に言葉を濁すエリーに、ゼノは疑いの目を向けた。
「自分は政略結婚でもいいからって、俺に気を使ってくれてるんだろ?」
「違います! ……私は幼いころからずっと、ゼノ様をお慕いしていました……」
顔を真っ赤にしてのエリーの告白に、ゼノの枷が吹っ飛んだ。
「身分差があるから好きにならないように、今まで我慢してたというのに」
ゼノはがたがたと震えたのちに、大声で叫んだ。
「エリー! 大好きだー!!」
「急に抱きしめないでくださいませ! 心の準備が! 心の準備が!」
わたわたするエリーの抵抗虚しく、ゼノはエリーを離そうとはしなかった。
「勇者の使命はちゃんと果たしたからな! これ以上こんな甘々胸焼け空間に居られるか! エリー、さっさと帰って俺と婚約しよう! むしろ結婚しよう!」
長年の恋が実ってすっかり茹ったエリーは、もはやされるがままと化している。
ゼノはエリーを抱えて、助走をつけて転移魔法で王宮まで飛んだ。各地への聞き込みが無ければ、王宮と魔王城は転移魔法で一瞬だったのだ。
魔王城の謁見の間には、魔王と魔女が取り残された。
「あいつ我から譲歩案も引き出さずに帰ったぞ」
「慌ただしい方々でございましたわね」
「むむ、あんなのでも人類側からの正式な要望だ。デートはしばらく自重するか」
「城でまったり過ごすのも、妾は好きでございます」
その後魔王と魔女による被害者は減ったが、勇者と聖女による被害者が増えたので、結局差し引きゼロだった。