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九話 芳野の誕生日パーティー

四月二十九日の天皇誕生日は、私、葉山芳野の誕生日でもある。そこでクリスマスパーティーや生徒会長就任祝賀パーティーに誘ってくれた生徒会長の和歌子と、一緒にパーティーに参加した美里とみすずに、


「私の家で二十九日のお昼から誕生日パーティーを開こうと思ってるんだけど、来てくれる?みんなに私のお料理をふるまいたいの」と頼んでみた。


「もちろん行くわよ。お誘いありがとう」と和歌子が言ってくれた。美里とみすずもすぐに快諾してくれた。


「あの・・・私の家は狭いから、・・・その、ごめんね」


私の家は安普請のアパートの一室だ。彼女らの家と比べればかなりみすぼらしく見えるだろう。


「そんなの気にしないで」と和歌子。


「私たちだって大金持ちのご令嬢ってわけじゃないから」と美里。


「仮に大金持ちの子だったとしても、芳野のお誘いなら絶対に断らないわよ」とみすず。


「みんな、ありがとう。・・・あの、プレゼントとかいらないからね。手ぶらで来てね」


「わかったわよ」と和歌子が微笑んで言った。


私はその日家に帰ると、さっそく当日の献立を考えた。ケーキは苺のショートケーキを人数分買っておくとして、肉料理は予算の関係からあまり出せないから、新じゃがいもを多めに買って、じゃがいも中心のメニューを考えた。


二十九日になると私は朝から料理の下ごしらえを始めたが、友だちが三人も来ると聞いた両親は気を利かせて、夕方まで外出して来る、と言ってくれた。


「お父さん、お母さん、気を遣ってもらって悪いわね」


「気にしないで。私たちは百貨店でも行って、何か食べて帰るわよ」


妹のさくらは最初は両親と一緒に出かけるつもりだったが、私が冷蔵庫に入れておいたショートケーキが気になるのか、しばらく迷った後、


「私は家に残ってお姉ちゃんのお手伝いをする」と言ってきた。


「いいのか、さくら?俺たちは百貨店の大食堂で食べるんだぞ。お子様ランチもあるぞ」とさくらに言う父。


「お子様ランチなんて食べないわよ、もう」と頬を膨らますさくら。さくらも中学一年生だから、子ども扱いされたくないのだろう。


「お父さんとお母さんは久しぶりにデートでもして来たら」とおませなことを言うさくら。


「ば、ばかやろう・・・」父は照れていたが、母は嬉しそうに微笑んでいた。


「お姉ちゃんのお友だちにちゃんとあいさつするのよ」


「わかってるよ」


両親は笑いながら家を出て行った。


「さくら、本当に一緒に行かなくていいの?」


「いいわよ。私、お姉ちゃんがどんな料理を作るか見てみたい」


「じゃあ、まずはじゃがいもの皮むきと玉ねぎのみじん切りね」


「玉ねぎは涙が出るから、じゃがいもの皮をむく」と言うさくら。


私はじゃがいもをさくらに任せると狭い台所に並んで立ち、玉ねぎの薄皮をはいでからまな板の上で二等分にした。そして端からみじん切りにしていく。ちなみに小さな玉ねぎの欠片を口に含んで咬んでいると、玉ねぎを切っていても涙があまり出ない。後で口の中に生の玉ねぎの味が残るのが欠点だけど。


「皮がむけた」とさくらが言ったので、


「じゃあ、今度は食べやすい大きさに切って」私はみじん切りの玉ねぎを皿に移して、ざっと洗ったまな板をさくらに渡した。


今日作る料理は三品だ。一品目はピシソワーズ、じゃがいもの冷製スープだ。みじん切りの玉ねぎを鍋で炒め、さらにじゃがいもを投入して火が通るまで炒める。そこに水を入れて煮込む。じゃがいもが柔らかくなったら固形コンソメスープを加えて煮込み、火から下ろす。


軟らかくなった玉ねぎとじゃがいもを濾し器で濾してボウルに移し、牛乳を混ぜ合わせ、清潔なふきんをかけて冷蔵庫に入れて冷やしておく。


二品目はじゃがいもとウインナーソーセージのカレー炒め。じゃがいもの残りを洗った鍋で茹で、ざるでお湯を切っておく。その間に斜めにカットしたウインナーソーセージをさくらにフライパンで炒めてもらう。そこへ茹でたじゃがいもの半分を投入し、焼き色がついたらカレー粉をふりかけ、全体になじむまで炒めたらお皿に盛る。


三品目はポテトサラダのカナッペだ。残りのじゃがいもを濾し器で濃し、さくらにマヨネーズで和えてもらっているうちにスライスハムとリンゴを細かく切り、マッシュポテトに混ぜ合わせる。


そして十六枚切りのサンドイッチ用の食パンをトーストし、四分の一にカットする。水切りして千切っておいたレタスを載せて、その上にポテトサラダをよそう。これで完成だ。


「じゃがいも料理ばっかりだね」とさくらが気にしていることを言った。


「でも、一品目は牛乳を混ぜたスープだし、二品目はカレー味だし、三品目はマヨネーズ味で、それぞれ味付けが違うからいいの。お腹も十分膨れるしね」


「ケーキもあるしね」とにたりとしながらさくらが言った。


ちゃぶ台の上に料理を並べていると、和歌子たちがやって来た。


「こんにちは〜、芳野、来たわよ」


「いらっしゃ〜い」と言ってさくらと一緒に玄関に迎えに行った。


「あら、さくらちゃんも一緒なの?」と聞く美里。


「そうなの。ケーキが早く食べたいらしくて」


「こんにちは、和歌子さん、美里さん、みすずさん」とあいさつするさくら。


「今日のご馳走は私も手伝ったんだよ」


「偉いわね、さくらちゃん」とみすずがほめると、さくらは照れ笑いをしていた。


「とにかくどうぞ、中に入って」と言って三人を招き入れる。


ちなみにうちの間取りは六畳間が二部屋と台所だ。トイレはあるがお風呂はない。そんな狭い家を和歌子たちは気にしないで入って来た。


みんなにちゃぶ台の前に座ってもらうと、冷蔵庫からさくらがショートケーキとサイダーの瓶を出し、私は冷やしておいたピシソワーズをおたまで皿に盛った。スプーンとフォークと取り皿は既に置いてある。


「え〜、このスープも芳野の手作りなの?すごいわね」と感心してくれる和歌子。固形スープを使っているから簡単だけどね。


まずサイダーを注いでから、ショートケーキのひとつにろうそくを立てた。クリスマスケーキについていたろうそくの残りだ。


美里がマッチでろうそくに火をつける。みんなの注目を浴びながら私がろうそくの火を吹き消すと、みんなが拍手してくれた。


「誕生日おめでとう、芳野」「とうとう十八歳だね」「芳野、おめでとう」「おめでとう、お姉ちゃん」


「ありがとう、みんな」ちょっと感動する。


「お姉ちゃん、ケーキ食べていい?」とさっそく聞くさくら。


「まだよ。お料理を食べてからよ」と私はさくらに言って、和歌子たちの方を向いた。


「誕生日パーティーって言ってたけど、それは口実で、ほんとはみんなに私が作ったお料理の味見をしてもらいたかっただけだったの」


「それって藤野先輩に言われたから?」と美里が聞いてきた。


「藤野先輩の手相占いで、いろんな人に料理をふるまえば良縁に巡り合えるって言われたものね」とみすず。


「そ、そうなの。・・・まだうまくできないから、みんなに批評してもらおうと思ったの」


「じゃあ、さっそく味見してみようか。・・・その前に、これ、私たちからのプレゼント」と和歌子が言って、持っていた小さいバッグから袋を取り出した。


「え?プレゼントはいらないって言っておいたのに」


「たいしたものじゃないから、気にしないで」と言って差し出されたのは小さな写真立てだった。和歌子の家で催された藤野先輩の短大合格祝賀会の時に撮ったみんなの写真が入れてあった。ドレス姿の和歌子と藤野先輩がまぶしい。


「三人でお金を出し合ったんだけど、安いものだから気にしないで」と美里。


「ありがとう、みんな。じゃあ遠慮なく」


「ちなみに今度は美里が自分のドレスを縫うそうだから、期待しててね」と和歌子。


「ちょ、ちょっと。・・・まだ作れるか自信がないのに」


「あなたたちもドレスを縫ってみたら?」と和歌子が私とみすずに向かって言った。


「そ、そんな、ドレスなんてさすがに無理よ」とあせるみすず。私も同感だ。


「みんなでドレスを着れば、松葉祭しょうようさいで若草物語が演じられるわね」うっとりする和歌子。妄想させておこう。


「それより、さっそく芳野のお料理をいただきましょうよ」とみすずが必死になって話題を変えた。


「そうね。せっかくのお料理だから、早くいただかなくちゃ」と和歌子が言って、ピシソワーズを一口すすった。


「あら、おいしい」「ほんとだわ」「おいしいね。レストランのスープみたい」


「私も作るの手伝ったんだよ」と自慢げなさくら。


「たいしたものね。・・・こんなお料理やお惣菜をふるまってたら、すぐに評判を呼んでいいお話が舞い込みそうね」と和歌子が言った。


「まだお料理をふるまう機会がほかにないけどね」嬉しさをごまかす私。


「次の料理は・・・」と、みすずがじゃがいもとウインナーソーセージのカレー炒めにフォークを伸ばした。


「あら、カレー味ね。これもなかなかおいしいわ」


「カレー味なんて、ライスカレーしか食べたことがない」と唸る美里。


和歌子はカナッペに手を伸ばしていた。


「手作りのポテトサラダがおいしい!中に混ぜてあるハムが味の深みを増してくれるし、リンゴの甘味とシャクシャクした歯触りも素敵だわ!」


「それも簡単に作れるけどね」


「ところでハネムーン・サラダって料理があるのを知ってる?」と美里が言い出した。


「ハネムーン・サラダ?新婚さん向けのサラダってこと?美里もちょっとエッチね」とツッコむみすず。


「何がエッチなのよ!?」と言い返す美里。


「それよりそのハネムーン・サラダってどんなのよ?」と聞く和歌子。


「私も知らないわ。教えて」と私も美里に聞いた。


「これは本で読んで得た知識なんだけど、十九世紀のイギリスでは、パイナップル、サクランボ、ピスタチオ・ナッツ、アーモンド、マシュマロ、オレンジ、桃とレタスを盛り合わせたものをハネムーン・サラダって呼んでたの」


「果物や木の実が入っていて、サラダって言うよりデザートみたいね。野菜はレタスだけじゃない」


「特におもしろいレシピじゃなかったわね」と辛辣な評を降す和歌子。


「まあまあ、あせらないで。・・・二十世紀になってからのアメリカでは、レタスだけのサラダをハネムーン・サラダって呼ぶようになったの」


「レタスだけ?逆に味気ないわね」と和歌子。


「確かに十九世紀のアメリカではレタスだけの味気ないサラダのことを『独り者のサラダ』って呼んでいたらしいけど、それがいつの間にかハネムーン・サラダって呼ばれるようになったの。なぜだかわかる?」


「わからないわよ」と言い返すみすず。


「『レタスだけ』を英語で言うと『lettuce(レタス) alone(アローン)』になるでしょ。それは『let us(レットアス) aloneアローン』と同じ発音なの。つまり『私たちだけにして』って言葉になるのよ」


「新婚さんが私たちだけにして?・・・やっぱりちょっとエッチじゃない」とみすずがまた言った。


レタスだけのサラダか。たとえ新婚さんでもちょっと味気ないな、と私は思った。


味気ない?・・・レタスだけ?・・・マヨネーズもドレッシングもかけないのかな?


・・・ドレッシングなし・・・ドレス(服)なし・・・裸?


私は変なことを想像して顔が熱くなった。


「どうしたの、芳野?顔が赤いわよ」と目ざとい和歌子が私に聞いてきた。


「な、何でもないわよ」とあせる私。


「それよりお姉ちゃん、もうケーキ食べていい?」


「い、いいわよ」私はプレゼントとしてもらった写真立てを机の上に移すと、ショートケーキと小さいフォークをみんなに配った。


「大きなケーキじゃないけど、がまんしてね」


「気にしないで。大好きだから、苺のショートケーキ!」と美里が言ってくれた。


こうして私の十八歳の誕生日は楽しく過ぎていった。


登場人物


葉山芳野はやまよしの 松葉女子高校三年一組の生徒。昭和二十六年四月二十九日生まれ。

葉山はやまさくら 葉山芳野の妹。中学一年生。

古田和歌子ふるたわかこ 松葉女子高校三年一組の委員長、生徒会長。

大野美里おおのみさと 松葉女子高校三年一組の副委員長。

矢田やだみすず 松葉女子高校三年一組の生徒。

藤野美知子ふじのみちこ 前年度の生徒会長。今年卒業した。



書誌情報


ルイザ・メイ・オルコット/若草物語:四少女 第一部(角川文庫版、1950年5月30日初版)

ルイザ・メイ・オルコット/若草物語:四少女 第二部(角川文庫版、1952年2月25日初版)


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