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四十二話 柴崎さんと坂田さん(二)

「柴崎さ~ん」と坂田さんが私を見つけて手を振った。


ここは徳方大学前の駅。坂田さんは駅員さんに切符を渡すと改札口を抜けて走り寄って来た。


「お待たせ~」と言って私に微笑む坂田さん。先日私の家に遊びに来た時、平日の今日、徳方大学前で会おうと約束していたのだ。


「私も講義が終わったばかりで今来たところ」と私は坂田さんに言った。


「今日は幼児教育研究部の集まりはなかったの?」


「今日はない日なの」


「あれから幼稚園とか訪問したの?」


「ええ。講義がない日の平日の午後に部員全員で幼稚園を訪問したわ」


「どんなだった?」と坂田さんが食い気味に聞くのを制止した。


「その前に喫茶店でも入ろうか。学生向けの安いところがあるの」


私は坂田さんを馴染みの喫茶店につれて行った。壁がコンクリート打ちっぱなしの倉庫みたいな店で、テーブルも椅子もあまり上等なものではないけれど、その分飲み物の料金が安い。


空いているテーブルに着くと私も坂田さんもクリームソーダを頼んだ。濃い緑色のメロンソーダにアイスクリームが乗っている。炭酸の辛さとアイスクリームのまろやかさの対比がいい。


「それで幼児教育研究部ではどんな活動をしたの?」スプーンでアイスクリームをすくいながら私に聞く坂田さん。


「幼児を前にお芝居をしたのよ」と私は答えた。


「お芝居?何をしたの?」


「『おかあさんといっしょ』ってテレビ番組を知ってるでしょ?」


「ええ。小学生の時にちらっと観たことがあるわよ」


「その番組内でやっているぬいぐるみ人形劇の真似をしたの」


「ああ。・・・三匹の子豚が主人公の『ブーフーウー』だっけ?」


「『ブーフーウー』はもう終わってるの。今やっているのは『ダットくん』というウサギの子どもの人形劇よ」


「へえ~って、ぬいぐるみを作ってかぶって劇をしたの?」


「さすがにぬいぐるみまでは作れないわよ。画用紙にウサギの子どもの絵を描いて切り抜いて、紙の帯をつけて頭に巻いただけのものよ」


「そんなので子どもが喜ぶの?」


「本物の人形劇じゃないってことはわかるけど、けっこう喜んでいたわよ」


「子どもは無邪気なのね。ちょっと楽しそう」


「それで次にしたのが大喜利よ」


「大喜利!?」と坂田さんが驚いた。予想通りでにんまりとする。


「大喜利って『笑点』とかでしてるようなやつ?」


「そうよ」と私は答えた。『笑点』は知っている人が多いと思うけど、昭和四十一年から始まった演芸番組で、人気の大喜利は今は七代目立川談志が司会をしている。


「大喜利なんて保育園の子どもが理解できたの?」


「そこはもちろん幼児でもわかるようにアレンジするわよ」


「どんな風に?」


「司会の子が『お母さんに叱られました。なぜでしょう?』ってお題を出すとね、『お漏らしした~』とか『おならが出た~』とか『お母さんのお尻を叩いた~』とか答えて、それで大笑いよ」


「下ネタばっかりじゃない?」と坂田さんが指摘した。


「下ネタって鉄板よ。逆に言えば下ネタを言わずに笑いを取れる芸人さんは大したものだと思うわ」


「そうかもしれないけど・・・」


「そして子どもに受けた場合は司会者が『座布団ひとつ持って来て~』と言って、私が座布団・・・は用意できないので、段ボールを切ったものを持っていくのよ」


「何よ。柴崎さんは座布団運びをしただけなの?正確には段ボール運びだけど」


「そこは慣れた先輩が頑張ってくれたのよ。そして答がまったく受けない時は司会者が『座布団全部持って行け~』って言って、それもまた幼児に大受けなの」


「何やってんだか・・・」


「なかなか楽しい経験だったわ。私もいつか答える側になってみたい・・・」


「お笑いに目覚めたんじゃないの?」


「藤野さんみたいに?」と私は聞き返した。女子高時代の友人の藤野さんは、短大で落研おちけんに入ったと坂田さんが言っていたからだ。


「それがね、柴崎さん」と坂田さんが急に真剣な表情になった。


「藤野さんが英研に入部してきたのよ」


「あら、そう?」先日聞いた話では、最初は入部を固辞していたらしいが。


「あなたも英研なら良かったじゃない。黒田先輩も喜んだでしょう?」


「それはそうなんだけど」と坂田さんが妙な表情になったので私はいぶかしんだ。


「どうかしたの?」


「前に藤野さんが短大に進学してから気が抜けたような感じになったって言ったじゃない?」


「そうだったわね。しかも似顔絵も手相観もできなくなったって言ってたそうね」


「それが英研に入部した時の藤野さんの顔を見たら・・・」


「見たら?」


「昔のように生き生きとした表情をしていたのよ」


目を爛々と輝かせて話す坂田さんの迫力に押され、私は体を後ろに反らした。・・・藤野さんが変わったということは前に聞いたけど、実際に会ったことはなかった。だからそんなに気にしてはいなかったが、坂田さんの言い様に気圧けおされてしまった。


「そ、そうなの・・・?」


「そうなのよ!眠れる獅子がついに起き上がったのよ!」


「・・・そこまで言う?」


「それほどのことなのよ!」


「・・・前に気が抜けたようになったっていうのは、入試と生徒会長の重圧から解放されたためかもしれないけど、元に戻ったのは何かきっかけがあったの?」


「それはよくわからないわ。・・・黒田先輩に聞いたら、何日か前に朝起きたらそうなってたんだって」


「まあ、やる気が出てよかったんじゃないの?」


「しかも大学ノートに私の似顔絵を描いてくれたのよ、それもささっと」


「へ、へぇ〜」


「それが上手なのよ。以前みたいに」


「やる気が出て、似顔絵を描く気力が出たんじゃないの?・・・手相は?手相は観てもらわなかったの?」


「・・・それがね、手相はあまりよくわからないから、もう観ないって」


「え?手相は観ないの?前はよく当てていたのに・・・」


「手相が当たるって当時は思っていたけど、よく考えたら結婚はいつ頃かってことばかり私たちは聞いてたじゃない。ほとんどの同級生はまだ結婚してない、と言うか、結婚相手に会ってすらいないと思うから、ほんとうに当たっていたかどうかはまだわからないわよ」


「それもそうね。結婚した同級生は、・・・斉藤さんと須藤さんと宮藤さんくらいかしら?あの人たちの占いは・・・」


「ところがね」と坂田さんが私の言葉を遮って言った。


「藤野さんは自分で描いた私の似顔絵を見て未来を予想してくれたのよ」


「ええっ、そうなの?・・・人相占いなの?」


「そうなのよ。私の似顔絵を見ながら、『似顔絵で強調された顔の特徴を見ると、坂田さんの未来が見えてくるみたい・・・』って言ったのよ!」


「未来が見えてくる?それはもう占いと言うよりは予言じゃないの?」


「そう言ってもいいかもね」


「で、坂田さんはどう予言されたの?」


「私は前に二十歳頃に結婚するって占われたでしょ?で、もう一度占ってもらったら、おそらく結婚は早いけど、きちんと就職した方がいいって言われたわ」


「じゃあ、卒業と同時に結婚ってわけじゃないのね?」


「そうみたい。もっとも卒業と同時に結婚するなら、在学中に相手が見つからないといけないから時間の余裕がないわね。とりあえず就職する予定で学生生活を送ることにするわ」


「で、幼稚園の先生になるという目標はまだ変わらないの?」


「ええ、そうよ」と答える坂田さん。


「なら、今度うちの幼児教育研究部がどこかの幼稚園か保育園へ出向く時に一緒に来ない?」


「え?・・・私、徳方大学の学生じゃないのに一緒に行っていいの?」


「ええ。他大学の同じようなサークルの学生と一緒に活動することはあるわよ。そっちの短大にそういうサークルがなければ、個人で参加できるよう口利きしておくわ」


「わかった。予定が決まったら教えてね」と坂田さんが言った。


「ところで藤野さんの話に戻るけど、人相占いなり手相占いは今後もしてくれそうなの?私もまた占ってほしいんだけど」


「私も前に言っていた『手相研究会』みたいなのを作らない?ってもう一度藤野さんに聞いてみたのよ」


「それで何と答えたの?」


「またいつ占いができなくなるかわからないから、積極的にするつもりはないんだって」


「それは残念ね。・・・でも、機会があったら私だけでも見てもらえないか聞いておいてね」


「わかったわ」と坂田さん。「・・・実はね、今日柴崎さんと会う約束だったでしょ?だから藤野さんに一緒に行かない?って誘ったの」


「そうだったの?・・・でも来れなかったのね、残念だわ。用事があったの?」


「うん。今日は明応大学に行ってくるんだって」


「明応大学?」


「そう。一色さんに会いに行くんだって」


「一色さんって副委員長だった?」


「そう。ただ、ほんとうに一色さんに会いに行ってるのかわからないけど」


「どういう意味?」


「毎日藤野さんを監視しているわけじゃないんだけど、英研に顔を出さない日にちょくちょくどこかに出かけているようなの」


「一色さんのところじゃないの?」


「それが先日のことなんだけど、私に『男性にちょっとしたプレゼントを贈るなら、何がいいかしら?』って聞いてきたの」


「ええっ?・・・誰か男性とおつき合いしているの?」


「ただの友だちってしか言わなかったからどこまで親しいのかわからないわ。でも頻繁に出かけているのはその男性に会うためなんじゃないかと思ったわけ」


「黒田先輩は知ってるの?」


「黒田先輩に聞いたら驚いていたわ。それまでそんな素振りを見せたことはなかったらしいの」


「そうなんだ。・・・でも、藤野さんらしいわ」と私は言った。


「藤野さんらしいってどういう意味?」


「やるべきことをきっちりやるって言うか・・・」


「そうね」


「とにかく、坂田さんがすべきことは二つあるわ」


「私がすべきこと?」怪訝な顔をして私に聞く坂田さん。


「ひとつは私と三人で会う段取りをつけること」


「わかった。で、もうひとつは?」


「それまでにその男性の情報をなるべく聞き出しておくことよ。私と会った時に根掘り葉掘り聞けるようにね」


坂田さんはあきれたような顔をして私を見た。


テレビ番組情報


NHK総合テレビ/おかあさんといっしょ(1959年10月5日~)

・ぬいぐるみ人形劇『ブーフーウー』(1960年9月5日~1967年3月28日)

・ぬいぐるみ人形劇『ダットくん』(1967年4月3日~1969年9月30日)

日本テレビ系列/笑点(1966年5月15日~)


登場人物


柴崎由美しばざきゆみ 徳方大学一年生。

坂田美奈子さかたみなこ 秋花しゅうか女子短大家政学科一年生。女子高時代のクラスメイト。

藤野美知子ふじのみちこ 秋花しゅうか女子短大英文学科一年生。女子高時代のクラスメイト。

一色千代子いっしきちよこ 明応大学文学部一年生。女子高時代のクラスメイト。

黒田祥子くろだしょうこ 秋花しゅうか女子大学二年生。柴崎由美たちの女子高時代の先輩。


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