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四十一話 松葉女子高校の選挙改革

今日の放課後は、急遽臨時の生徒会を開くということで、私たち各クラスの委員長と副委員長が生徒会室に集められた。


私は副委員長の森田さんを誘って生徒会室に向かった。


生徒会室に入ると、既に生徒会長の古田さんと副会長がいて、私たちと同時に二年一組の委員長である明日香も入室して来た。


「今日は何かあるの?」と明日香に聞くと、明日香は首を横に振った。


「いいえ、私はまだ何も聞いてないわ」そう言って明日香は生徒会長の隣に行った。明日香は生徒会の書記をしているので、生徒会の司会を手伝わなくてはならないのだ。


いつもは同席する上毛こうげ先生は姿を現さず、席に着いた私たちに生徒会長が話しかけてきた。


「みなさん、急な話にもかかわらず集まっていただいてありがとう。今日はみんなに生徒会長選挙の方法について議論していただきたいの」


生徒会長の言葉に私たちはざわついた。生徒会の顧問である上毛こうげ先生が言うならまだしも、上毛こうげ先生が不在なのにそんなことを言い出すなんて、と思ったからだ。


明日香も生徒会長を横目で見ながら怪訝そうな顔をしていた。


「現在の生徒会長の選出方法は、みなさんご存知の通り、三年生の各クラスから一名の候補者を出してもらって、今ここに集まっている生徒会の構成員、つまり各クラスの委員長と副委員長で投票して決めています」と生徒会長は私たちを見回しながら言った。


「しかし最近の大学や高校では学園紛争が盛んで、学校の改革や民主化が要求されるようになったので、松葉女子高も民主化の一環として選挙改革を行ってはどうかと考えたの」


学園紛争、主に大学で起こった大学闘争については私もニュースで知っている。


昭和四十年頃から十八歳人口が急増し、大学進学率も上がったため、大学生の数が急増した。そのためどこの大学でも学習環境や福利厚生、教職員数が学生数に追いついておらず、教育条件の劣悪さに学生の不満が高まったそうだ。


学生は授業料値上げに反対したり、学園の民主化などを求めたりして、全共闘や新左翼といった組織を結成して、大学闘争を起こすようになった。


運動内容はビラ配り、ポスター、立て看板設置、演説などが主だったが、一般の学生を巻き込んでデモ、授業ボイコット、バリケードによる建物占拠などを行い、警察が介入することもあった。


しかし全国的に報道されたT大やN大の大学闘争も今年になってほぼ終息したので、全国の他の大学でも徐々に鎮静化していくと思われる。


明日香の姉の杏子さんに聞いた話では、秋花しゅうか女子大学や短大では目立った学生運動は起きず、近隣の明応大学でもほぼ終息し、今年の入学生はほとんど関与しなかったそうだ。


大学だけでなく全国の高校にも学生運動が波及している。進学校で多く、松葉女子高校では目立った学生運動が行われることはなかった。


そんなことを考えていると、明日香が手を挙げた。


「質問があります、生徒会長」


「何かしら?」


「選挙方法の改革案については後ほどお聞きしますが、先生方は了承されているのでしょうか?」


上毛こうげ先生に提案したら、とりあえず改革案を作り、書面にまとめて提出しなさいと言われました。頭から反対されることはありませんでした」


「わかりました」と明日香。


「それでは説明を続けます。・・・各クラスの委員長は各クラスで相談して決めています。しかし生徒会長は生徒会の構成員だけで投票しているので、全校生徒には生徒会長が決まった後で知らされるだけです。生徒会長に選出された人のクラスでは、新生徒会長がどういう人かはよくわかっていることでしょう。でも、他のクラス、特に低学年のクラスの生徒は、新生徒会長がどんな人なのかまったく知らないでしょう」


そう言って生徒会長はもう一度私たちを見回した。


「そこで、生徒会長の候補者を各クラスから出してもらったら、・・・いいえ、その人たちとは別に志のある人が立候補していただいてもかまいません。自薦、他薦を含めた候補者が出そろったら、全校生徒の投票で生徒会長を選出するように改革したいと考えています」


生徒会長の言葉を聞いて私たちはざわついた。


「でも、下級生の多くは候補者のことをよく知らないので、誰に投票してよいか判断できないと思いますけど」と森田さんが発言した。


「そうです。そこで候補者が集まったら、全校生徒の前で選挙演説をしてもらおうと考えています」


ふたたび室内がざわついた。


「何を演説するんですか?授業料を減額するとか、パーマやお化粧を認めるようにするとか、そういうことを公約するんですか〜?」とまた森田さんが言った。


「学校の運営のことや生徒を不良化させるような公約はいくら言っても通らないでしょう。・・・せいぜい全校生徒のためにがんばります、くらいしか言えないんじゃないですか?」と三年一組の副委員長の大野さんが言った。


「そうですね。・・・候補者はごく普通のことしか言えないかもしれませんが、声の通りの良さとか、凛とした態度を見て、生徒会長にふさわしそうな人に投票するしかありませんね」と生徒会長。


「それだとただの人気投票になりませんか?」と明日香が言った。


「三年生の方しか知らないでしょうが、二年前に卒業した私の姉は、当時はふざけまくっていましたが多くの生徒に人気がありました。そんな人が生徒会長になったらおしまいですよ」


自分の姉のことなのに、明日香の杏子さんに対する言い方は容赦ないなと思った。


「さすがに生徒会長にふさわしいか、ふさわしくないかの判断はみんなにできるでしょう。そこまで心配することはないと思います」と生徒会長。


「そうだとしても、短い演説でその人の能力や適性がわかるでしょうか?新入生はともかく、二年生以上の生徒は、候補者の前年の体育祭や松葉祭しょうようさいでの活躍に左右されてしまいそうな気がします」と私も手を挙げて発言した。


「生徒会長はみんなの前で怖じけずに発言する胆力・・・舞台度胸と言いますか・・・そんなものも必要ではないでしょうか?ですから、松葉祭しょうようさいで活躍できる人なら生徒会長に向いているかもしれませんね」と生徒会長が答えた。


その時、明日香が黒板にチョークで文字を書き始めた。その内容は以下の通りだ。


①候補者の選出(各クラスから一名。そのほかに自薦による立候補も認める)


②候補者の選挙演説(放課後に体育館に集まってもらう?)


③全校生徒で投票(投票用紙を七百枚弱用意する必要あり)

 (投票者の確認、投票用紙の手渡し、投票箱の回収に人員がいる)


④集計し、結果を職員室と全校生徒に報告


「生徒会長。・・・生徒会長の案を黒板に書いてみました。そうしたら問題点が見えてきました」と明日香が言った。


「何かしら?」


「①については、クラスの委員長が候補者を出してと言って、みんなで相談して決めるという今までのやり方のままです。ついでに『自分がなりたい人は立候補してもいい』と告げれば、自薦による立候補者を募ることもできるでしょう」


「そうね」


「②の選挙演説で、体育館で候補者が演説できるよう会場の準備をする人が要ります。でも、この時点では生徒会長は決まっていません。誰が準備をしますか?・・・同様に、③、④の投票の準備、二重投票を避けるための生徒の確認作業、投票用紙の回収、集計作業は誰がするのでしょうか?」


「生徒会長が決まっていなくても、各クラスの委員長と副委員長は決まっているから、その人たちにやらせばいいんじゃない?」


「でも、候補者が集計作業を手伝うのは、選挙の透明性の問題上、避けるべきだと思うのです」


「・・・そ、そうね。自分で集計して、自分が生徒会長に選ばれましたと宣言するのは、場合によっては妙な疑念を抱かせることもあるわね」


「これまでの傾向では三年生の委員長が候補者になることが多いので、一番頼りになる三年生が選挙の運営、管理に参加できなくなります」


「じゃあ、二年生が一年生に手伝わせればいいんじゃない?」


「生徒会長と副会長は三年生の候補のうち得票数の多い順に選べばいいのですが、書記はどうなりますか?これまで通り二年生から候補者を出すと、二年生の委員長も協力できなくなります」


「そ、そうね。・・・どうしたらいいと思う?」と生徒会長がちょっと弱気になって明日香に聞き返した。


「気にする必要はないんじゃないですか〜」と突然森田さんが発言した。


「どういうこと?」と聞き返す生徒会長。


「候補者を含めた私たち全員で選挙の準備から実行まですればいいと思いま~す。生徒会の構成員がみんなで作業していれば、あからさまな不正なんてできませんよ」


「それも一案ね。・・・互いに監視し合って、と言うと嫌な感じに聞こえるけど、不正行為を誰かがしないよう注意していれば、大きな問題は起きないと思うわ」


「もし将来、何か不都合なことが起こったら、そのときの生徒会に解決してもらえばいいと思うわ」と大野先輩が無責任に言った。


「それじゃあとりあえず選挙方法の改革案についてまとめるわよ」と言って生徒会長が黒板の前に立った。


「ここに書いてある①と②だけど、三年生から生徒会長の候補者、二年生から生徒会書記の候補者を出してもらって、順に選挙演説をしてもらうの。司会は候補者にならなかった人に担当してもらうわ。投票の集計などは、一年生のみんな・・・来年は二年生になるけど・・・にもがんばってもらうからよろしくね」


「はい」と返事する低学年の生徒会構成員たち。多分大変さをまだ理解していないと思う。


「じゃあこの案を書面にまとめて上毛こうげ先生のところに持って行くわ。ほかに何か、言いたいことはない?」と生徒会長がみんなを見回して聞いた。


「はい!」と手を挙げる森田さん。みんなの視線が集まる。


「どうぞ、森田さん」


「はい。・・・この改革案が承認された場合、実行するのは来年の生徒会長選挙からですよね?」


「そうなるわね」


「と言うことは、生徒会長をはじめとする今の三年生は選挙には関与しないということですか?」


「そ、それはそうよ。その頃には私たちはもう卒業しているから・・・」


生徒会長の言葉を聞いてまたざわつき出した。そんな当たり前のことを想像していなかったのかな?


「じゃあ、実際に選挙の仕事をするのは私たちなんですね?」


「そうね。・・・押しつけるみたいで悪いけど、がんばってね。・・・じゃあ、今日の生徒会はこれで終了します。お疲れさま」


ざわざわしながら生徒会室を出て行く下級生たち。明日香は生徒会長から今日決まったことを書面にまとめるよう指示されていた。


わら半紙に清書する明日香。私は明日香の近くに行ってその様子を見守った。


「できたわ、これでいいかしら、マキ?」と私に聞く明日香。


「生徒会長に見てもらいなさいよ」と言いながら私は明日香がきれいにまとめた文章を読んだ。


「いいんじゃない?」私がそう言うと明日香はその用紙を生徒会長に持って行った。


生徒会長からも合格点をもらえたようで、これから職員室に持って行くということだった。


「でも、なぜ急にこんな提案をされたんですか?」と明日香が生徒会長に聞いていた。


「世の中の時流に取り残されないようにと考えた結果よ」と答える生徒会長。


「ほんとはね」と大野先輩が私に囁いた。


「今度ね、私たち、藤野先輩と黒田先輩にお会いすることになったの」


「え?祥子さんとも?」


「そう。それで和歌子がものすごくやる気を出してね、今日の選挙改革を考えついたわけ。お二人に会った時にそのことを報告して褒められたいのよ」


「そうなんですね。・・・ちょっと人騒がせな」


「まあね。・・・でも、和歌子の言う通り、時代の流れで改革すべき時なのかもしれないわ」


「ねえ、内田さん、帰ろう?」と森田さんが私に声をかけてきた。


「ええ。それではこれで失礼します」と大野先輩に頭を下げてから生徒会室を出た。


明日香たちは職員室に行ってしまった。そこで先生に何か言われて時間がかかるのかもしれないので、生徒会室で待っている必要はないだろう。


「水上さんが土曜日にお姉さんに会うって言ってたわ」と森田さんに話しかけられてびっくりした。


「え?・・・ええ、そうね。明日香から聞いたの?」明日香は私に森田さんには言わないでくれと言ってきた。だから森田さんが知っていたことに驚いたのだ。


「うん。何かお姉さんのことを知っているようだったから聞き出したの」


「そう・・・」私は苦笑した。明日香も森田さんには勝てないようだ。


「私もまた家にお誘いしようかな?内田さんと水上さんも来ない?」


「そ、そうね。考えておくわ」と私は答えた。


登場人物


内田真紀子うちだまきこ(マキ) 松葉女子高校二年二組の委員長。

森田茂子もりたしげこ 二年二組の副委員長。

古田和歌子ふるたわかこ 三年一組の委員長兼生徒会長。

水上明日香みなかみあすか 二年一組の委員長兼生徒会書記。

上毛美津子こうげみつこ 日本史担当の先生。生徒会の顧問。

水上杏子みなかみきょうこ 明日香の姉。秋花しゅうか女子大学二年生。

大野美里おおのみさと 松葉女子高校三年一組の副委員長。

藤野美知子ふじのみちこ(お姉さん) 秋花しゅうか女子短大一年生。松葉女子高校の前生徒会長。

黒田祥子くろだしょうこ 明日香の従姉。秋花しゅうか女子大学二年生。松葉女子高校の元生徒会長。


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