四話 和歌子の生徒会長選挙
「それではまずクラスの委員長を選出します」と三年一組の担任の三上先生が言った。
「はい」と美里が手を挙げる。
「はい、大野さん」三上先生に指されて立ち上がる美里。
「私は去年に引き続き、古田さんが委員長に適任だと思います」
教室中に拍手が鳴り響く。二年生から三年生に上がる時にはクラス替えはない。だからよほどの不祥事でも起こさない限り、二年生の時の委員長がそのまま再任される。
「じゃあ、今年も古田さん、よろしくね」
三上先生に言われて私は立ち上がった。
「分不相応ながら、このクラスのために微力を尽くします」再び拍手が響く。
「引き続き古田さん、副委員長を指名して」と三上先生。
「はい。副委員長も昨年から引き続き大野さんにお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか?」
三たび教室中に拍手が起こり、副委員長は美里に決まった。
「ついでにこのクラスから生徒会長の候補者を一人、生徒会役員会に推薦する必要がありますが、どなたか立候補しますか?他薦でもかまいません」
「はい」と手を挙げるみすず。
「では、矢田さん」と私はみすずを指さした。
「生徒会長の候補者は委員長である古田さんが適任だと思います」
拍手が鳴り響き、すんなり私が生徒会長候補者に決まった。
実は私は朝登校した時に、親友である美里とみすずと芳野に根回しをしておいたのだ。
「ねえ、今日は初日だから委員長の選出があるはずだけど、誰か私を推薦してくれない?」
「去年に続いて和歌子が選ばれるに決まっているけど、余計な時間をかけないように私が推薦するわ」と美里が言ってくれた。
「ありがとう。副委員長は美里を推薦するから、今年もよろしくね。・・・それからね」と言って私はみすずと芳野の方を向いた。
「その後で生徒会長の候補者に私を推薦してほしいの」
「い、いいけど・・・」とみすずが言って首をひねった。
「でも、和歌子がそんなに生徒会長になりたがるなんて・・・」
「元々なりたいと思っていたわけじゃないのよ。でも、二人の先輩を見ていたら、その後を追いたくなって・・・」
私は祥子先輩と美知子先輩のことを思った。祥子先輩こと黒田祥子さんは私たちが一年生の時の生徒会長だ。美人で頭脳明晰で優しくてリーダーシップもあるあこがれの存在だ。
一方の美知子先輩は、私たちが二年生に進級した時の生徒会長だ。祥子先輩とは違って愛嬌がある顔だが美人と言うほどではなく、何事にも一所懸命で腰の軽い人だったが、どじでおっちょこちょいな一面もあった。なぜか祥子先輩のお気に入りで最初は嫉妬したが、次第にそのまじめさに魅かれていった。ザ・タイガースや酢昆布を教えてもらったし、体育祭のときは競技にかこつけて私を好きだと言ってくれた・・・。
そこまで思い出すと顔が熱くなった。
「藤野先輩は不思議な魅力のある人だったね。ドレスもきれいだったし」と芳野が言った。
「そうね。例えて言うなら、祥子先輩が手の届かないトップスターなのに対し、美知子先輩は街角アイドルみたいな身近な存在だったわ」
「また一緒におしゃべりがしたいね」と美里も言った。
そんな思惑で私は三年一組の委員長になった。ここまでは想定通りだ。しかし生徒会長に選ばれるかは別問題だ。
松葉女子高校の生徒会長は生徒会の役員、すなわち各クラスの委員長と副委員長全員の投票で決まる。生徒会長は三年生しかなれず、一組から順番に自己紹介するので、三年一組の生徒会長候補者に票が集まりやすい傾向にある。
しかし、去年は三年二組の美知子先輩が選出された。
一見すると凡庸な見た目の美知子先輩。私は当初なぜ美知子先輩が選ばれたのか疑問だった。三年一組の委員長だった山際先輩の方が賢そうで、生徒会長にふさわしい人だったからだ。
その山際先輩が投票直前に美知子先輩を推薦した。私は美知子先輩が山際先輩の弱みを握っていて、生徒会長を譲るように影で圧力をかけたんじゃないかということまで疑った。
でも、美知子先輩がそんな人ではないことはすぐにわかった。やっぱり山際先輩も美知子先輩の不思議な魅力に気づいていたんだ。
放課後になると私は「さあ、生徒会室に行きましょう」と美里に言い、みすずと芳野と別れて生徒会室に向かった。ここで今日は各クラスの委員長と副委員長が自己紹介をして、その後生徒会長選挙が予告されるのだ。
私たちが生徒会室に入ると、ひとりの女子生徒が私にあいさつしてきた。
「こんにちは、古田先輩」
この子は知っている。去年は一年一組の副委員長をしていた内田真紀子という子だ。その後ろには一年一組の委員長をしていた水上明日香も立っていた。
二人とも美知子先輩と親しかった後輩で、卒業式の日には美知子先輩が自分のスカーフを私だけでなくあの子たちにも渡していた。
「こんにちは、内田さん、水上さん」
水上明日香は祥子先輩の従妹だ。だから顔だちも似ているし、成績も優秀らしい。しかし、去年の体育祭で美知子先輩は「好きな後輩」という借り物競走のお題で私を選択した。
それ以来水上明日香の私を見る目がきつくなったように感じる。面と向かって反目するようなことはないが、足元をすくわれないように気をつけなければ。
「内田さんは何組になったの?二組?水上さんとクラスが分かれたの?」
「そうなんです。明日香は去年に引き続き一組の委員長になったのですが、私は二組の委員長に選ばれてしまって・・・」
「まあ、あなたはしっかりしているから、適任よ」・・・できれば生徒会書記は、水上明日香じゃなくこの子にしてもらいたい。
そのとき生徒会室に生徒会顧問の上毛先生が入って来た。
「みなさん、そろっていますね。それではクラス順に席についてください」
ばたばたと指定された席に着く各クラスの委員長たち。雑談はなく、すぐに静かになる。
「私が生徒会顧問の上毛です。まず、一年一組の委員長と副委員長から自己紹介をしてください」
一年生からクラスごとに二人ずつ立って自己紹介を進めて行った。二年生の委員長は、一組が水上明日香、二組が内田真紀子、三組が弓長聖子、四組が山田輝子という子だった。四組以外はみんな文芸部の部員だ。
その次に私と美里が立ち上がった。
「三年一組の委員長は私、古田和歌子です。よろしくお願いします」
「三年一組の副委員長は私、大野美里です。よろしくお願いします」
その後三年四組までの委員長、副委員長が自己紹介をすると、上毛先生が言った。
「みなさんは各クラスの委員長、副委員長であるとともに、生徒会の構成員となります。そしてその最初の仕事が生徒会役員の選挙です。
生徒会役員は、伝統的に三年生から選ぶ生徒会長と副会長、二年生から選ばれる書記の合計三名です。この三名を中心に、教師の監督の下、体育祭や松葉祭の企画・運営を行います。
生徒会長と副会長は、三年生の各クラスから一名ずつ候補を出してもらい、ここにいる生徒会構成員で選挙を行います。書記も、二年生の各クラスから一名ずつ選ばれた候補から選挙で選びます。
各クラスの候補は、委員長または副委員長でも構いませんし、それ以外の生徒でも構いません。明日の朝、クラスの総意をまとめ、放課後に再びここに集まって投票を行います。なお、去年の書記が、今年の生徒会の役員にならなかった場合、自動的に生徒会の補佐になってもらいます。・・・何か質問あはりませんか?」
誰も何も質問しなかったので、この日の生徒会は終了となった。
私は帰ろうとする水上明日香と内田真紀子と弓長聖子を呼び止めた。
「何でしょうか?」と聞き返す水上明日香。内田真紀子と弓長聖子はきょとんとして私を見つめた。
「あなたたちは文芸部員でしょ?新入部員の勧誘ポスターを作って、新入生を勧誘しましょうよ」
ぶっちゃけ私と水上明日香と内田真紀子は、元々文芸部には興味がなかったが、美知子先輩に誘われて部員になった。今年度の三年生が私ひとりだったので、自動的に私が部長になってしまった。
正直言って美知子先輩のいない文芸部の活動などやる気がないが、美知子先輩が復活させた文芸部を私の代で終わらせたくはなかった。
「去年は文字だけのポスターを山際先輩が作っていました」と弓長聖子が言った。
「そんなので良ければ、私と同じクラスの浜田さんとで作りましょうか?」
この子と浜田さんは読書好きで、図書館に入り浸っていたので文芸部に引き込んだという話だった。この二人は頼りになりそうだ。
「お願いできるかしら?・・・それから、読書が好きで図書館によく出入りする生徒がいたら文芸部に勧誘してね」と弓長さんに言う。
「よろしくね、弓長さん」「お手伝いできることがあったら言ってね」と水上明日香と内田真紀子が弓長聖子に言った。この二人もあまりやる気がなさそうだ。
そんな私たちのやり取りを美里が横でにこにこしながら聞いていた。
「ああ、そうだわ!三年生が私ひとりだから、美里も文芸部に入部しなさいよ!」
突然の私の発言に美里は目を丸くした。
「えええっ!?・・・和歌子、私は手芸部の部員だからかけ持ちは無理よ」
「文芸部の活動なんて松葉祭の前にちょこちょこっと作文を書いてガリ版刷りするだけよ。あなたなら余裕よ」
「私も松葉祭では手芸部の作品を展示しないといけないのよ」
「美里、去年の文芸部の活動報告を読んだ?」
「え?・・・ええ、ちらっと。和歌子が書いた『生徒会長になった日』だったかしら?藤野先輩のことを書いてたでしょ?おもしろく読ませてもらったわよ?」
「・・・あれは一応他校の生徒会長って建前で、美知子先輩のことじゃないわよ」
「そうだったの?・・・でも、みんな藤野先輩のことだと思って読んでたわよ」
「私の随筆については今はいいわ。あの活動報告の最後に、確か小柴先輩が『ドレスの作り方』ってのを図付きで書いていたわ。あれを読んで、あなたもドレスを作りなさい。そしてその経験を文章にまとめれば、手芸部と文芸部の両方の部活ができるわよ」
美知子先輩は小柴先輩が作ったドレスを着ていた。
「ド、ドレスねえ。・・・確かに和歌子や藤野先輩が着ていたドレスは素敵だったけど、私に作れるかしら?」まだ躊躇している美里。
「できるわよ。そしてそれを着て私と一緒に松葉祭のステージに立ちましょうよ!」
「えええええっ!?・・・そんなの恥ずかしいよ」
「私と一緒だから平気よ」私もひとりでドレスを着るのはちょっと恥ずかしいから、美里が一緒に着てくれると心強い。
「私たちもドレスを作ってもらって、それを着て松葉祭に出るつもりよ」と水上明日香が私に対抗するように言った。
「ほら、ほかにもドレスを着る人がいるんだから、負けないようなドレスを作りなさい!」
「そんな〜」と嘆く美里を私は問答無用で教室まで引きずって行った。
翌朝、私は家を出る前に母に、
「今日、生徒会長に選ばれると思うから、ご馳走の用意をして。美里とみすずと芳野も連れて来るから」とおねだりした。
「すごい自信ねえ」と半ばあきれる母。「ほんとに準備をして大丈夫なの?」
「大丈夫よ。だって私は二人の生徒会長から信頼されてきたから」二人の生徒会長とはもちろん祥子先輩と美知子先輩のことだ。
美知子先輩も生徒会長に選ばれた日に、自宅でお祝いパーティーを開いていた。私もそれに倣いたい。
登校するとさっそく美里に入部届を書かせた。みすずと芳野も勧誘したが、二人とも無理だと断ってきた。まあ、急がずゆっくりと勧誘しよう。
「その代わり、今日は私の家に来てね」と約束させる。
放課後の生徒会役員選挙では、生徒会長の候補者(三年生)はいずれも各クラスの委員長だった。私以外はおとなしい印象の目立たない人ばかりだ。
上毛先生から候補者は自己紹介するよう指示があり、私から立ち上がった。
「三年一組の候補者は、私、古田和歌子です」私のことをよく知らない一年生に向かってにっこりと微笑む。第一印象が肝心だ。
四組の候補者まで自己紹介が終わると、すぐに投票になる。ほとんどの票が私に集まり、念願通り私が新しい生徒会長になった。
そして残念ながら、生徒会書記には二年一組の水上明日香が選ばれた。
登場人物
古田和歌子 松葉女子高校三年一組の委員長兼生徒会長。
三上壱子 松葉女子高校三年一組の担任。数学担当の先生。
大野美里 松葉女子高校三年一組の副委員長。古田和歌子の友だち。手芸部員。
矢田みすず 松葉女子高校三年一組の生徒。古田和歌子の友だち。
葉山芳野 松葉女子高校三年一組の生徒。古田和歌子の友だち。
黒田祥子 前々年度の生徒会長。
藤野美知子 前年度の生徒会長。今年卒業した。
弓長聖子 松葉女子高校二年三組の委員長。文芸部員。
山田輝子 松葉女子高校二年四組の委員長。
山際喜子 今年卒業した先輩。明応大学生。
浜田澄子 松葉女子高校二年三組の生徒。文芸部員。
小柴恵子 今年卒業した先輩。駅前の洋装店に勤務。