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三十一話 明日香と森田さん(二)

ある日の放課後、私が下校しようと教室を出ると、廊下で森田さんと出くわした。


「あ、ちょうど良かった。水上さん、一緒に帰らない?」


この前森田さんの家にお邪魔してから、なぜか森田さんに気に入られてしまったようだ。


「マキは?もう帰ったの?」


「内田さんは尾方さんと用があるって言って、先に帰ったわ」


「ああ、そうなの・・・」尾方さんは一年生の時に同じクラスだった。当時はそれほど親しくしていなかったけれど、二年生になってからマキと親しくなって、よく本屋や図書館に一緒に行っているようだった。


別にマキに私以外の友だちを作るなって言う気はないけど、ちょっとだけもやもやする。家に帰ればマキもいずれ帰って来て、一緒に楽しく過ごせるんだけどね。


私と同じくお姉様のことを慕っている森田さんを嫌う理由はないんだけど、なぜわざわざ隣のクラスの私を誘うんだろう?


「一緒に帰ってもいいけど、二組にほかに仲のいい友達はいないの?」


「いないことはないけど、水上さんには何かびびっと来るものを感じているの」と森田さん。どういう意味だろう?


「そう言えば、水上さんがお姉さんと仲良くなったいきさつを聞いてなかったね?」


「・・・あれは2年半前のお正月なんだけど、私の姉さんがお姉様を気に入って我が家に呼んだの。その時お姉様に松葉女子高のお話をいろいろしていただいてね、ここに入学しようって考えたのがなれそめかな?」(本編四十七~四十九話)


私はさらに姉さんの無茶振りで卵だけしか使えないお惣菜を作るよう言われたのに対し、お姉様が味の違う三種類の卵焼きを作って感心したことを話した。


「やっぱりさすがね、お姉さんは。いろんなことを知っているんだから」と森田さんが感心したので私も鼻が高くなった。


そのまま二人で松葉女子高校の校門を出るとき、通りにひとりの外国人女性が立っているのに気づいた。


金髪碧眼の欧米人風で、年は私たちより少し上くらい。ドレス風のワンピースを着て、腰に幅広の皮のベルトを巻いている。その女性は松葉女子高校の校舎を見上げているようだった。


私はすれ違いざまに横目でその女性を観察したが、森田さんは顔をその女性に向けてまじまじと見つめていた。


失礼だよと森田さんに注意しようと思ったその時、その外国人女性が私たちの方を見た。


「こんにちは」と言ってにっこり笑う女性。日本語だ。


「こんにちは~」とにこやかに返す森田さん。私も「こ、こんにちは」と焦りながらあいさつした。


「あなた方はこの学園の生徒さん?」と聞く女性。


「そうで~す」と答える森田さん。私は愛想笑いをした。


「楽しいですか?」


「毎日とっても楽しいで~す!」と森田さんが答えると、その女性はにっこりと微笑んだ。


「ところでこれから私の家に行くところなんですが、一緒に来ませんか?」といきなり誘う森田さん。私はあわてて森田さんの袖をつかんで引き寄せ、その耳に囁いた。


「知らない人でしょ?家に誘うなんてどういう神経?」


「だって、びびっと来たんだもん」・・・さっき私にもそう言ったじゃない。誰にでも言うのかな?


「それに私はあなたの家に行くなんて言ってないわよ」


「いいじゃない。一緒に来て、この人とお話ししようよ」


森田さんの言葉に私は抗えなかった。私もさっきからこの外国人女性に親しみを覚えていたからだ。


「私の家に行きましょうよ」と再び女性に言う森田さん。


「ありがとう。ご迷惑でなければ」とその女性は答えたので、私もその女性の顔を見つめながら一緒に歩き出した。


「私は森田茂子、彼女は水上明日香です。あなたのお名前は?」と聞く森田さん。


「私はドロシア・クランツァーノと言います。よろしくね、森田さん、アスカさん」なぜか私だけ下の名で呼ぶドロシアさん。別にいいけど。


「ドロシアさんはご旅行ですか?」と聞く森田さん。


「旅行?こんな何もない町へ?」と私は口をはさんだ。


「そうです、ふらっと立ち寄った旅行です。・・・あの学園に懐かしさを覚えて、見上げていたの」とドロシア。


「失礼ですが、どこの国から来られましたか?」と私は聞いた。


「ボルランツェル王国と言う国です」とドロシア。聞いたことがない国名だ。


「日本へようこそ」と日本代表みたいに言う森田さん。


その後歩きながら森田さんは自分のことを次々と話し出した。家族構成に加え、お姉様が森田さんの兄と結婚してくれたらいいなという話まで。


ドロシアは森田さんの話を理解しているのかしていないのか、ずっとにこにこして聞いていた。


森田さんの家に着くと、森田さんが玄関戸をがらっと開けて大声を出した。「ただいま~。友だちを連れて来たよ~」


「お帰り~」と出迎える森田さんの母親。


「あら、こんにちは、水上さん」と私を見て言う森田さんの母親。そしてドロシアに気づいて口をあんぐりと開けた。


「が、外人さん?・・・ハ、ハ、ハウデュー・・・」


「ドロシアさんだよ。日本語が通じるから大丈夫」


「ど、ど、ど、どうぞ、お入りください」


「お邪魔します」とドロシアは日本人みたいに会釈をして、私たちと一緒に玄関に入ると、革のブーツを脱ぎ始めた。外国は家の中も土足だって聞いたけど、ドロシアさんは靴を脱ぐ習慣を心得ているようで何よりだった。


私たちはこの前と同じように八畳の和室に通された。すぐに座布団を勧める母親。ドロシアさんは普通に座布団の上に正座した。


「そ、それではごゆっくり。今、お茶を淹れますから」


「お手伝いしましょうか?」と言ってドロシアが立ち上がろうとするので母親はあからさまにあわて出した。


「い、い、いえ、おかまいなく。に、日本の台所はわからないでしょうから、どうぞお待ちになって」森田さんの母親はそう言いながら部屋を出て行った。


私はドロシアが日本式の気遣いができるんだなと感心した。


お茶が出るのを待っていると、いつの間にかドロシアが見上げていた。壁にかかっている森田家の似顔絵に気づいたようだ。


「あれは森田さんの家族の似顔絵よ」と教えてあげる。


「にがおえ・・・肖像画のようなものですか?」


「え?・・・ええ、そうよ」


「あんな感じの肖像画はいいですね」


「そうでしょ。お姉様が描いたの」


「お姉様?」


「今、ここにはいないけど、私の敬愛する先輩よ。似顔絵をはじめとしていろいろなことが得意だったの」


「私もあんな肖像画だったら良かった」遠い目をするドロシアさん。


「ドロシアさんは肖像画に描かれたことはあるの?」


「はい、二回ほど。一回目は芸術的に、二回目は歴史資料的に描かれました」・・・私はドロシアが言っている意味がよくわからなかった。


そこへ森田さんと母親が紅茶を持って来た。レモンの輪切りと角砂糖も添えている。さらになぜかベビーチーズと魚肉ソーセージの薄切りも皿に載せて持って来た。ドロシアがいるから、お菓子ではなくこういうのが喜ばれると思ったのかな?


「つまらないものですが、どうぞ」と森田さんの母親が言った。


「ありがとうございます」と頭を下げるドロシア。


「あの似顔絵素敵でしょう?」とドロシアの視線に気づいていたのか森田さんが言った。


「あれは私のお姉さんが描いたのよ」・・・あんた(・・・)のお姉さんじゃないでしょ!と私は言いたかった。


「あなたのお姉さん?・・・アスカさんが言ったお姉様と同じ人なのですか?」


「そうよ」


「言っておくけど、森田さんの本当のお姉さんじゃないのよ」とついに私も口をはさんでしまった。


「どんな方なのですか?」


「優しくて絵がお上手で手相が観れてとっても素敵な人よ」と森田さんがドロシアの問いに答えた。


「愛らしくて勉強熱心で物知りで文章も上手で尊敬できる人よ」と私も対抗して褒めた。


「家事が一通りお出来になるんだけど、特にお料理がお上手なの」と森田さんの母親も参戦してきた。


「とても愛されている人なんですね」とドロシアがなぜか嬉しそうに言った。


その時玄関の戸が開いて「ただいま」と言う男性の声が聞こえてきた。森田さんの兄だ。


森田さんの兄は障子を開け、そこにドロシアが座っているのに気づいてぎょっとした。


すぐに畳の上に正座して、「ハ、ハウデュードゥー?マイネームイズタクロー・モリタ」とたどたどしい英語で挨拶した。


「ハウ・ドゥー・ユー・ドゥー、マイ・ネーム・イズ・ドロシア」と、これまた日本人っぽい発音の英語でドロシアが答えた。ドロシアは英語圏の人じゃないのかな?ボルなんとかという知らない国の出身だったし。


「兄さん、ドロシアさんは日本語が話せるんだよ」と森田さんが言った。


「そ、そうですか?こんにちは、ミス・ドロシア。茂子の兄の卓郎です」と改めて頭を下げる森田さんの兄。


「お邪魔しています。ドロシアと申します」とドロシアも頭を下げた。


「ミス・ドロシアさんは、学生ですか、社会人ですか?」と森田さんの兄。


「私はザカン学園という学校の生徒ですが、軍隊にも所属しています」


「え?軍隊ですか?」と私たちは驚いて聞き返した。


「軍隊と言っても私は兵士ではなく、名誉司令官のようなものです」


「名誉司令官?ひょっとして偉い人のお嬢様ですか?」と聞く森田さんの兄。


「ええ、まあ、そういうことで・・・」とドロシアは言葉を濁した。ひょっとしたらお姫様だったりして。


「じゃあ、普段はメイドさんにかしずかれているの?」と森田さんが聞いた。


「ええ、もっとも今では自分のことは自分でしますよ」と言ってドロシアはにっこり微笑んだ。


「お、お、お嬢様?」森田さんの母親が少しテンパって口を開いた。


「粗餐しかありませんが、うちで夕食を召し上がっていかれますか?」


「いえ、もうそろそろ帰ります。歓待していただきありがとうございました」と言ってドロシアが頭を下げた。


「じゃあ、私も一緒に帰るわ」と言って私も立ち上がった。


森田家全員(ただしまだ帰宅していない森田さんの父親を除く)の見送りを受けながら、私とドロシアは帰路についた。


「ドロシアさんはどこかにお泊り?」と聞く。


「いえ、駅に行って帰ります」とドロシア。


「じゃあ、途中まで一緒に帰りましょう」と私は言った。


一緒に歩きながらドロシアはにこにこして私を見る。


「アスカさんは今二年生?」


「そうよ」・・・学年の話をしたっけ?


「学校は楽しい?」親戚か知り合いのお姉さんみたいなことを聞くなと思った。


「ええ、とても」


「森田さん以外に仲のいい友達がいるんでしょ?」


「ええ。マキという子で私の家に下宿しているの。二年生になってクラスが別れたけど、今でも一番の親友よ」


「その子といつまでも仲良くしてね」


ドロシアはそう言うと私と別れて、手を振りながら駅に向かう道を歩いて行った。


登場人物


水上明日香みなかみあすか 松葉女子高校二年一組の委員長。

森田茂子もりたしげこ 松葉女子高校二年二組の副委員長。美術部員。

内田真紀子うちだまきこ(マキ) 松葉女子高校二年二組の委員長。明日香の家に下宿。

尾方敦子おがたあつこ 松葉女子高校二年二組の生徒。

藤野美知子ふじのみちこ(お姉様、お姉さん) 秋花しゅうか女子短大一年生。

ドロシア・クランツァーノ 『公爵令嬢は♡姫将軍♡から♡降魔の巫女♡になる』の主人公。

森田卓郎もりたたくろう 森田茂子の兄。明応大学二年生。


チーズ情報


明治製菓/明治チーズ(1932年発売)

日本練乳/森永チーズ(1933年発売)

北海道製酪販売組合連合会/雪印北海道チーズ(1934年発売)

明治製菓/明治チーズベビーサイズ(1957年発売)

雪印乳業/雪印ベビーチーズ(1960年発売)

雪印乳業/雪印スライスチーズ(1962年発売)


魚肉ソーセージ情報


西南開発/スモークミート(1951年発売)

日本水産/フィッシュソーセージ(1952年発売)

大洋漁業/まるはソーセージ(1953年発売)

日魯漁業/サーモン・ソーセージ(1955年発売)


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