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二十一話 真紀子のドレス

今日は五月三日の土曜日、三連休の初日だ。本来なら両親のいる家に帰省するところだけど、今日は訳あってまだ下宿先の明日香の家にいる。


昨日帰って来た明日香のお姉さんの杏子さんと明日香と一緒に、朝から居間でドキドキ、ワクワクしながら待っていた。


そう、三月に採寸して注文してもらった私たち三人のドレスが今日届くのである。


お金を出してくれたのは明日香のお父さん。本来は杏子さんと明日香の二人分だけドレスを作るはずだったと思うけど、下宿している私の分まで注文してくれたのだ。


杏子さんはのんびりと腰かけて何かの本を読んでいる。深窓のお嬢様と言った雰囲気だ。この人は二年前までショートヘアで、私の実家の神社で行われた夏祭りでみっちゃんと一緒に漫才を披露していた。今のこの人を見ていると、当時のことがまるで嘘のようだ。


明日香は隣で宿題の数学問題を解いているが、ドレスのことが気になるのか集中できていないようだ。


その時ドアホンが鳴った。私と明日香はすぐに立ち上がり、玄関に小走りで向かった。


「はい」と言ってドアを開ける明日香。すると目の前に小柄な女性が風呂敷に包んだ荷物を持って立っていた。みっちゃんの幼馴染の小柴先輩だ。


「タムラ洋装店の者です。ご注文のドレス三着をお持ちいたしました」と小柴先輩が言った。


「お待ちしてました。どうぞ、中へ」と明日香がすぐに答えて家の中に招き入れた。


「失礼します」と言って家の中に入る小柴先輩。私たちに先導されて居間に入ると、明日香のお母さんも待っていた。


「タムラ洋装店です。このたびはドレスのご注文、誠にありがとうございました。お待たせいたしました」と小柴先輩は言い、テーブルの上に風呂敷包みを置くと、中を開いてみせた。


たとう紙に包まれているドレスを一着ずつ広げる小柴先輩。一着は杏子さんので、若草色のきれいなドレスだった。二着目は薄桃色の明日香のドレス。そして三着目が春色の私用のドレスだった。


「どれもとてもきれいな色だわ」と感激する明日香。


「試着なされませんか?先日採寸した通りに作りましたが、どこか不具合があればすぐに直しますので」


「じゃあ、着てみましょうか」と明日香のお母さんが言って、三人で服を脱ぎ出した。


ちょうど明日香のお父さんが居間に入って来ようとしたが、お母さんが阻止してすぐに追い出してくれた。


明日香のお母さんに手伝ってもらいながらドレスを着る私たち。とても素敵で、外国のお姫様にでもなった気分だ。


私たちが着終わるとようやく明日香のお父さんの入室が許された。お父さんは私たちのドレス姿を見て、「みんな、きれいだ」と、とても感激してくれた。


「やっぱりお母さんのも作ってもらえば良かったのに」と明日香が言った。


「真紅のドレスを着れば悪の女王みたいになれるのに」


「誰が悪の女王よ」とお母さんは文句を言ったが、それでも私たちのドレス姿に感動しているようだった。


「ここにドレスを着たお姉様が参加してくれたら、『若草物語』の四姉妹みたいになるのに!」


明日香の言葉を聞いて私は『若草物語』の登場人物を思い出した。確か長女のメグは非常に美しく女らしい人。この中では杏子さんかな?


次女のジョーはボーイッシュで、短気でカッとなりやすい人。・・・二年前の杏子さんならこっちだけど、今なら性格的に明日香がふさわしいわね。


三女のベスはおとなしい子で、正反対の性格のジョーと仲良し。・・・明日香と仲良しだったら私かな?


四女のエイミーはおしゃまな少女だけど、絵の才能があり、写生をするのが好きな人。・・・みっちゃんはおしゃまな性格ではなかったけど、似顔絵が得意だったからエイミーにしよう。私より年上なのに四女というのも変だけどね。


そんなことをぼーっと考えていると、小柴先輩が「サイズとか問題なさそうですね?何かお気づきの点があれば気兼ねなくお店の方にお伝えください」と言い、会釈をして帰って行った。


さっそく明日香のお父さんがカメラを持って来て、私たちの写真を何枚も撮り出した。


「私にまでドレスを買っていただいて、本当にありがとうございます。とても嬉しいです」と私はご両親にお礼を言った。


「マキちゃんも私たちの娘のように思っているから、気にしないでね」


「これからうちでパーティーをする時は、必ずドレスを着ましょう」と明日香。


「ついでに松葉祭しょうようさいでもこれを着てステージに立つのよ」


私はそれを聞いて恥ずかしくなった。松葉祭しょうようさいは松葉女子高校で秋に行われる文化祭だ。去年は明日香と一緒に独唱と合唱をした(ドレスは着ていない)。


今年も明日香と同じクラスだったら、一緒にステージに立てるから多少は気が楽だったろう。でも、残念なことに二年生になって明日香とクラスが分かれた。みっちゃんや明日香と違って、私はクラスで一人だけドレスを着てステージに立つ度胸はないよ。・・・でも、明日香は許してくれないだろうなあ。せっかく買ってもらったから、明日香のご両親の手前もあるし。


「私は大学祭で美知子さんと一緒にドレスを着て漫才でもしてみようかな」と杏子さんが言った。漫才なんてとてもできなさそうな清楚な顔をして。私はやっぱり二人でなら人前に立てるのに、と思ってしまった。


いつの間にか明日香はひとりでダンスを踊っていた。それを微笑ましく思いながら私は壁時計を見上げた。そろそろ実家に帰る時間だ。


「これから実家に帰りますが、このドレスを持って行ってよろしいでしょうか?両親にも見せたいので」とみんなに言う。


「ええ、どうぞ」と明日香のお母さんが言ってくれた。


明日香のお父さんに部屋から出てもらって、私は普段着に着替えた。さすがに杏子さんと明日香もドレスを脱ぎ出した。


私はドレスを畳んでたとう紙に包むと、貸してもらった風呂敷に包んだ。


「それでは帰省してきます。ドレス、ありがとうございました」と明日香の両親に挨拶する。


「気をつけてお帰りなさい」と明日香の母親が言ってくれた。


「五日の夕方に戻って来ます。またよろしくお願いします」


私が水上家を出ると、明日香が駅まで送ってくれた。


「今日はドレスが来るのを待っていて少し遅くなったから、明日お姉様に会いに行くわ」と明日香。私はちょっとうらやましく思った。私も明日香もみっちゃんに一月半以上会ってなかったからだ。


「みっちゃんに会ったらよろしくね。いろいろとお話を聞いておいてね」


「もちろんよ。私のドレスも是非見てもらわなくっちゃ!」


駅に着くと明日香に手を振って別れ、改札口を通り抜けた。まもなく田舎方面の電車が入って来て、私はドレスが傷まないように注意しながら電車に乗り込んだ。


五月の爽やかな風を感じながら一時間ほど電車に乗っていると、私の実家の最寄り駅に着いた。駅を出ると母が迎えに来てくれていた。


「お帰り、真紀子」


「ただいま、お母さん」


母はすぐに私が持っている風呂敷包みに気づいた。


「何だい、それは?」


「ドレスが出来上がったから、お母さんたちに見せるために持って帰ったのよ」


「あら、まあ!本当にドレスを作ってもらったのかい?水上さんにはいつもお世話になっているのに悪いわね」


「私もそう思ったんだけど、断り切れなくてね」


「今さら断りようがないからありがたくいただくけど、その分水上さんの家でお手伝いとかするんだよ」


「わかってるよ」


「帰りにお土産を持たせるからね。タケノコとトマトとじゃがいもと・・・」


私はちょっとげんなりした。厚意に報いたいという気持ちはもちろんあるが、ドレスを持っているのに、さらに野菜を目いっぱい持たされるなんて。


母が運転する軽トラックに乗ってしばらく進むと、神社横の小道を通って社務所裏の駐車場に着いた。荷物を下ろして家の中に入る。


「せっかくだからドレスを着て見せてくれ」と母が言ったので、落ち着く間もなく着替えて食堂に向かった。父も呼ばれて私を待っていた。


「ど、どう?」


「きれいじゃない!」「ああ、きれいだ」と口々に褒める両親。


「今度の夏祭りでは、小袖と緋袴でなくこの格好で手伝ってもらおうか」と馬鹿なことを言い出す父。


「さすがに恥ずかしいわよ」巫女装束を他人に見せるのも恥ずかしいのに、ドレスを着たらいっそう変な注目を浴びてしまう。


「また明日香ちゃんと歌うんだろ?それを着て歌ったらいいじゃない」と母も調子に乗ってきた。


「もう!お父さんもお母さんも!」


でも、田舎の家の台所ではドレスが映えない。両親の思いつきに感化されたわけではないが、ドレス姿で木漏れ日の差す境内を歩いてみたいと思い、両親を残して社務所を出た。


杉の木立の下を歩くきれいなドレスを着た少女。絵になるな、と自分でも思う。ただしこの場合の「きれいな」は、少女、つまり私ではなくドレスにかかっている言葉だ。


境内には誰もいなかったので、私はそのまま参道を歩いた。そして鳥居をくぐり、村道に出た。周囲には田んぼや畑が広がっている。


さすがに場違いかな、と思っていたら、いつの間にか私のそばに人が立っているのに気づいた。


ちょっと驚く。全然人影が見えなかったのに、突然現れたように思われたからだ。


その人はドレスのような裾の広がったワンピースを身にまとい、腰には幅広の革のベルトを巻いていた。金髪碧眼の女性で、欧米人っぽい顔だちをしている。


なんで外人さんがこんなところに?と思っていると、その女性が私に話しかけてきた。


「こんにちは、素敵なドレスね」流暢な日本語だった。


「あ、ありがとう。あなたは?」


「私の名前はドロシアよ。初めまして」とその女性が言った。


ドロシア。・・・私が愛読しているツバメ号シリーズという児童書にドロシアとディックという姉弟が出てくる。彼女はイギリス人なのだろうか?


「は、初めまして。私は内田と言います。そ、その、日本をご旅行ですか?」


「そうなの。懐かしいところを回っているの」とドロシアが言った。


「この辺りに来たことがあるのですか?」私は近所に外人さんが来たという話は聞いたことがない。


「多分ね。・・・よく覚えてないの」とドロシア。かなり昔のことかな?と私は思った。


「どこにお泊まりですか?」


「いえ、別の所に行くの」


私はこの女性になぜか言い様のない親しみを覚えた。


「私の家がこの奥にありますけど、寄って行かれますか?」


「ありがとう。お言葉に甘えて少しだけ」


私はドロシアを連れて参道に戻った。両側に杉の巨木が並び、その影で昼なお薄暗い参道。


「この道は・・・日が暮れると真っ暗になりそう」とドロシア。


「そうです。明るい月夜でもこの参道は真っ暗になります」と私が言ったらドロシアは心持ち青ざめていた。暗いのが怖いのかな?


参道を抜け、境内を横切って本殿の前まで行く。


「ここは神殿ね。何となく記憶にあるわ」とドロシア。


「夏にはお祭りがあって、出店が並び、歌を歌う人もいるんですよ」歌を歌うのは私と明日香なので、苦笑いしながら説明する。


しばらく歩いているとドロシアがお礼を言ってきた。


「ありがとう。おかげで見たいものがすべて見れた気がする」


「そうですか・・・」私はなぜかドロシアと別れるのが名残惜しくなってきた。


「お近くまでお見送りしましょうか?」


「いえ、お気遣いなく。・・・さようなら、マキちゃん」


ドロシアはそう言って一礼すると、参道に向かって歩いて行った。私はその後ろ姿をしばらく見送っていたが、カラスの鳴き声が聞こえて見上げた後に再び参道を見ると、もうドロシアの姿は消えていた。


不思議な女性だった。初めて見た顔なのに、どこか懐かしさを感じた。


夢か幻だったのかもしれない。ここは神を祭る境内だ。私が非日常的なドレスを着ていたせいで、異界をかいま見たのかもしれない。


それにしてもあの女性は、なぜ私の名前を知っていたのだろう?


登場人物


内田真紀子うちだまきこ(マキ) 松葉女子高校二年生。明日香の家に下宿している。

水上明日香みなかみあすか 松葉女子高校二年生。真紀子の親友。

水上杏子みなかみきょうこ 明日香の姉。秋花しゅうか女子大学二年生。

藤野美知子ふじのみちこ(お姉様、みっちゃん) 秋花しゅうか女子短大一年生。真紀子と明日香が敬愛する先輩。

小柴恵子こしばけいこ 真紀子と明日香の先輩。タムラ洋装店の店員。

水上鹿子みなかみかのこ 杏子と明日香の母。

ドロシア・クランツァーノ 『公爵令嬢は♡姫将軍♡から♡降魔の巫女♡になる』の主人公。



書誌情報


ルイザ・メイ・オルコット/若草物語:四少女 第一部(角川文庫版、1950年5月30日初版)

ルイザ・メイ・オルコット/若草物語:四少女 第二部(角川文庫版、1952年2月25日初版)

アーサー・ランサム/長い冬休み(岩波書店、1967年8月18日初版)

アーサー・ランサム/オオバンクラブの無法者(岩波書店、1967年9月18日初版)

アーサー・ランサム/ツバメ号の伝書バト(岩波書店、1967年10月18日初版)

アーサー・ランサム/六人の探偵たち(岩波書店、1968年1月18日初版)

アーサー・ランサム/スカラブ号の夏休み (岩波書店、1968年2月19日初版)

アーサー・ランサム/シロクマ号となぞの鳥(岩波書店、1968年3月18日初版)


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