十二話 美里のドレス作り
私は悩んでいた。和歌子から自分用のドレスを作るようにと言われたからだ。
まず私は小柴先輩が去年の文芸部活動報告に掲載したドレスの作り方を読んだ。何となくわかるが、具体的にどうすればいいのかわからない点も多々ある。
ドレスを着て出るように言われている松葉祭まであと半年あるものの、ぼーっと過ごしていたらすぐにその日が来そうな気がする。
第一、ドレスを実際に見たのは親友の和歌子のと、今年卒業した元生徒会長の藤野先輩が着ていたものだけなので、構造などがまだあまりよくわかっていない。
そこで放課後に市内の図書館に行って、ドレス作りの参考書がないか探してみた。学校の図書室にないことは既に確認していた。
図書館の書架の、日本十進分類法(図書分類法)の593(技術−家政学、生活科学−衣服、裁縫)のところを探してみたが、具体的なドレスの作り方が載っている本はなかった。
ほかに参考になる本は・・・と考えて思いついたのが『シンデレラ姫』だった。確かディズニーの漫画映画でシンデレラがドレスを着ていたような気がする。
そう思って児童書コーナーに行くと、二人の松葉女子高生に出会った。一人は二年二組の委員長の内田さんだ。もう一人は知らない子だった。
何でこんなところに?と思いながらも目が合ってしまったので声をかけた。
「こんにちは、内田さん」
「こんにちは大野先輩」と内田さんが応えた。「珍しいところで会いますね」
「私は絵本を探しに来たんだけど、あなたたちはこのコーナーによく来るの?」
「はい。私とこちらの尾方さんは児童文学に興味があって、今日はたまたまこちらに寄ったんです。・・・絵本って何をお探しですか?」
「・・・『シンデレラ』よ」ちょっと恥ずかしかったけど、そう説明したら幼児向けの絵本コーナーに連れて行ってくれた。
『シンデレラ姫』というタイトルの絵本がすぐに見つかったので、すぐに手に取る。ディズニーの漫画映画を元にした絵本だ。
「シンデレラに興味があるんですか?それとも小さい妹さんでもおられるのですか?」と聞く尾方さん。
「えっとね、ドレスに興味があって。・・・去年藤野先輩が松葉祭で着てたでしょ?」
「はい。・・・ひょっとして大野先輩もドレスを買われるんですか?」と内田さん。
私は内田さんの言葉にあった『大野先輩も』の『も』が引っかかった。去年の和歌子の家でのパーティーで、藤野先輩は友人に縫ってもらったと言っていた。和歌子は買ってもらっていたが、そのことをこの子は知らないはずだ。
「『私も』ってことは、誰かドレスを買われた人を知ってるの?」
「は、はい・・・」となぜか顔を赤らめる内田さん。
「実は、私が下宿している水上家で、明日香・・・二年一組の委員長の水上明日香とそのお姉さんのドレスを注文されているんです」
「あら、そうなの?」和歌子以外にもドレスを買う人がいることに驚いた。
「どこで買われるの?」
「駅前のタムラ洋装店です。そこにみっちゃん・・・じゃない、藤野先輩のドレスを縫われたお友だちが就職したんです」
「まあ、そうなの、藤野先輩のドレスを縫った人が?・・・ひょっとして小柴先輩?」私は文芸部活動報告の記事を思い出して尋ねた。
「そうです。藤野先輩の幼馴染の方です」
「私はドレスを買うんじゃなくて、小柴先輩のように自分で縫うことを考えているの」
「それはすごいですね」「さすがです」と私を褒める後輩たち。まだ目処がついてないんだけど。
私は『シンデレラ姫』の絵本を開いて、シンデレラが着ているドレスの絵を見た。スカート部分が膨らんで、しかも何層にも重なっているように見える。
「でも、こんなのが縫えるか自信がないの」
「なら、小柴先輩に会って聞いてみたらいかがですか?」と気楽に言う内田さん。
「私は面識がないのだけど、内田さんは親しいの?」
「いえ、私も直接お話ししたことはほとんどありません。・・・でも、藤野先輩のお友だちですから、きっと親切に教えてもらえますよ」
「そ、そうね。考えてみるわ」
私は『シンデレラ姫』の絵本を書架に戻した。この絵を見ても作り方がよくわからなかったからだ。
私は二人の後輩にお礼を言って別れ、自宅に戻った。これからどうしよう?
しばらく悩んだ後でやっぱり一度小柴先輩に会ってみようと思った。
土曜日の午後に駅前の商店街に向かった。目的のタムラ洋装店はすぐに見つかったが、高校生がひとりで入るような店ではない。
しばらく道路脇から洋装店を眺めていたら、店頭にドレス姿の藤野先輩の写真が飾られているのに気づいた。このドレスは小柴先輩が縫われたはずなのに、お店の宣伝に使ってるの?
そのあたりの関係がわからなかったが、この店に小柴先輩が勤めていることが確信できたので、意を決して店の中に入った。
「いらっしゃいませ」と洋装店の店員のお姉さんが声をかけてくる。
「あ、あの・・・」と緊張しながら店員に話しかける。
「こちらに小柴先輩・・・小柴恵子先輩が勤めているはずですが、お会いすることはできますか?」
「小柴さん?・・・ちょっと待ってね」とその店員のお姉さんがすぐに店の奥に引っ込んで行った。
すぐにその店員さんと小柄な女性が出て来た。小柄な女性の方が私に話しかけて来た。
「小柴ですけど、あなたは?」
「わ、私は松葉女子高校三年の大野と言います。実は、ドレス作りのことでお話が聞きたくて参りました」
「ドレス作りを私に?」と聞き返す小柴先輩。
「はい。去年藤野先輩に作ってあげられたというドレスも見ましたし、文芸部の活動報告に掲載されたドレスの作り方も読みました。私もドレスを作ってみたくて、お話を伺いたいと思って参りました」
「あらそう?」小柴先輩は嬉しそうに微笑んだが、
「今仕事中だから、店長にあなたのお相手をしていいいか聞いて来るわ。少し待っててね」
「はい、よろしくお願いします」
吊られている服を見ながらお店の中でしばらく待っていると、小柴先輩が間もなく奥から出て来た。
「いいわよ。こっちに来て」
小柴先輩に連れられて店の奥に入ると、そこは縫製場になっていた。二人の女性が仕事をしている。洋装用ボディー(トルソー)二台には薄桃色と若草色のほぼ完成したドレスがかけられていて、さらに縫製台の上に春色のドレスが広げられていた。
「今ドレスを縫われてるんですね!?」と感激して叫ぶと、奥にいた五十過ぎくらいのおばさんが話しかけてきた。この方が店長さんらしい。
「あなたもドレスを縫うの?」
「え?あ、はい、縫いたいと思ってるんですが、今まで経験がなくて。・・・小柴先輩に教えてもらおうと思ったんです」
「あらまあ、将来はうちの戦力になってくれるのかしら。・・・恵子ちゃん、教えてあげて」
うちの戦力って何?まさか、将来ここに就職しなさいってことかしら?私は大学に行こうと思ってるんだけど・・・。
ちょっとあせったけれど、仕事中なのにいろいろ教えてもらえそうなのでありがたかった。
「この後ろにあるドレスは注文品ですか?」
「そうなの。三月に三着のドレスの注文が入ったのよ。連休頃にお渡しする予定で、二着は完成しているの。今縫っているのが最後のドレスよ」と店長さん。
内田さんの話では水上家の姉妹が注文したそうだけど、三着目は誰のだろう?
「けっこう需要があるんですね」
「そうでもないのよ。日本じゃ社交界やダンスパーティーの風習が定着していないからね。この注文は恵子ちゃんのお友だちの・・・誰だっけ?」
「みーちゃ、じゃない、藤野美知子よ」と名前を教える小柴先輩。
「そうそう。藤野さんが女子高の文化祭で着てくれたおかげね。今年も誰かがドレスを着てステージに立ってくれたら嬉しいけど」
私は苦笑した。ドレスを着て松葉祭のステージに上がる予定者に和歌子と私が入っています。私のドレスはまだないけれど。
「でも、今後は新たな需要が出て来ると思うの」
「どんな需要ですか?」
「結婚式のウェディングドレスよ」と店長さんは自信満々に言った。
「今はまだ文金高島田が主流だけど、都会では純白のウェディングドレスを着ることが増えているらしいの」
「なるほど。イブニングドレスを着る機会がない女性でも、結婚式をあげる時にウェディングドレスが身近にあれば着たいと思うでしょうね」
「だからこのドレスが出来上がったら、今度は見本用のウェディングドレスを恵子ちゃんに作ってもらう予定なの。そして都内の結婚式場に売り込みに行って、販路を拡大しようと思っているのよ。そうなったらドレス専門のお針子さんをもっと雇う必要があるわね」
そう言って店長さんは私を熱い目で見た。しかし、期待されても・・・。
それでも将来の店員候補のような顔をして、小柴先輩がドレスを縫うのを見ながらコツを教えてもらった。
夕方まで見学させてもらっていたら、小柴先輩が店長さんに今日はもう帰っていいと言われたので、一緒に洋装店を出た。
「お茶を飲みながら少しお話ししない?女子高の様子とかも聞きたいの」と小柴先輩に誘われ、駅前の喫茶店に入った。
席に着いて小柴先輩はミルクティーを、私はレモンティーを注文する。それを待ちながら私は四月に和歌子が生徒会長に選ばれたことを話した。
「そう。今年の生徒会長には古田さんがなったの」と思い出すように言う小柴先輩。
「和歌子のことをご存知ですか?」
「ええ。みーちゃ・・・美知子が生徒会長に選ばれた日に、美知子の家で一緒にお祝いをしたし、去年の四月のザ・タイガースの映画も一緒に観たわね」
「そうでしたか。・・・藤野先輩のことは今でもみんなで話してますよ、素敵な生徒会長だったって」
「そうね。みーちゃん・・・あ、美知子のことよ。私たちは幼馴染で、幼稚園に入る前からの付き合いだから今でもみーちゃんって呼んでるの」
「そ、そうですか」十八歳になってみーちゃんと呼んでるなんて、と一瞬思ったが、幼馴染だからそっちの呼び方がしっくりするんだろうな、と好意的に解釈した。
「みーちゃんは中学まではのんびりした子だったんだけど、高校に入ってからはいろいろなことに頑張って、二年生でクラスの委員長になって、三年生で生徒会長になって、幼馴染の私でさえ驚いたわ」
「そうなんですね。・・・私や和歌子が藤野先輩を知ったときはもう生徒会長になられていましたから、立派な姿しか知りませんが」
ここで私は疑問に思っていたことを聞いた。「ところで、どうして小柴先輩は藤野先輩のためにドレスを縫われたのですか?」
それがなければ和歌子もドレスを買わなかっただろうし、私にドレスを作れとも言わなかっただろう。別に小柴先輩を恨むつもりはないが・・・。
「みーちゃんが試験勉強を頑張っていたからね、それに感化されて私たちも勉強に力を入れるようになったんだけど、誰かがみーちゃんに試験の順位で勝負しようって言ったの」
「勝負ですか?」
「そう。負けた人が勝った人の言うことを何でも聞くって条件を付けてね。それでお互い頑張ろうって意図だったと思うんだけど、二年生の学期末試験だったかしら?みーちゃんの調子が悪くてね、その時だけ私がみーちゃんよりも順位が上になったの。それで勝者の私がみーちゃんにドレスを作って上げるって言ったの」
「え?なぜ勝負に勝った小柴先輩が負けた藤野先輩にドレスを作ってあげるんですか?」
「私は前からドレスを作ってみたかったけど、自分じゃ似合わないし、着る機会もないからあきらめかけていたの。・・・でも、みーちゃんは生徒会長になって晴れ舞台に上がる人になったから、私のドレスを着てもらいたくて勝負にかこつけてお願いしたの」
「そうだったんですか・・・」それが回り回って私までドレスを作るはめに・・・。
「ドレスを作るのは大変だったけど楽しかったわ。それにみーちゃんが松葉祭やクリスマスパーティーなどでドレスを着てくれたから大満足よ」と小柴先輩が嬉しそうに語った。
「しかもタムラ洋装店に就職するきっかけにもなったから、ドレス作りが私の人生の一大転機になったわ。だからあなたも頑張って作ってね」
「は、はい・・・」小柴先輩の励ましに私は力なく返事をした。
映画情報
ディズニーアニメ/シンデレラ姫(1952年3月7日日本公開)
書誌情報
講談社のディズニー名作絵話9/シンデレラ姫(講談社、1966年5月22日初版)




