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十一話 不思議な外国人女性

私、一色千代子がある日大学から帰る時に、大学の正門の真ん前に見知らぬ外国人女性が立っているのに気づいた。


身長は百六十〜七十センチくらい、金髪碧眼で、明らかに欧米人っぽい顔だちをしている。年齢は私と同じかやや上ぐらいだろうか?


着ている服はドレスのような裾の広がったワンピースだったが、腰には幅広の革のベルトを巻き、中央に直径五センチくらいのブラックオパールを嵌めたバックルが付いていた。さらにベルトに黒っぽい短剣のようなものも刺している。


すれ違う学生や一般の人が不審そうにその女性を眺めるが、その女性はいっこうに気にせずに大学の建物を見つめていた。


私も声をかけずに通り過ぎようと思ったが、なぜか私に注意を向けたらしく、突然話しかけてきた。


何語かわからない言葉。日本語ではないが、明らかに英語でもなかった。


私は言葉を理解できなかったので、「Can you speak English?」と聞いてみた。


その女性は首をかしげた。英語が通じなかったらしい。私の英語の発音が拙いからかもしれないが。


「日本語、わかりますか?」ともう一度聞いてみた。


「は、はい。・・・何となくわかります」とその女性がたどたどしい日本語で答えた。


「私に何かご用ですか?」


「い、いえ。道に迷ってしまって。・・・あなたの顔に見覚えがあるような気がしたので、思い切って話しかけてみました」彼女の日本語が少し流暢になってきた。


「どこへ行かれようとしていたのですか?」との私の問いにその女性はまた首をかしげた。


「ここはどこですか?」


「ここは明応大学の正門です」


「めいお〜だいがく?・・・ああ、学園ですね?ここは何という町ですか?」


「ここは東京です。日本の首都です」東京に来ていることも忘れたのだろうか?


「とうきょう、ですか。・・・聞いたことがある気がしますが、よく思い出せません」


困惑している女性。私はなぜかこの女性のことが気になり始めた。


「道に迷ったのなら、しばらく私と一緒に歩きますか?何か思い出すかもしれませんから」交番に連れて行った方が良かったかもしれないが、私は彼女を誘ってみた。


「はい。ありがとうございます」その女性はにっこりと微笑んだ。


一緒に歩く。これからどこへ行こう?喫茶店にでも寄ってお茶を飲みながら話そうかとも思ったが、あいにく教科書や文庫本を買ったばかりで所持金に余裕がなかった。そこでそのまま私の下宿に向かう。


「私の名前は一色千代子です。千代子と呼んでください」


「チヨコさんですね。私の名前はドロシア・クランツァーノと申します」


やっぱり欧米系の名前だ。「ドロシアさんはどこの国のご出身ですか?」


「私の生まれた国はボルランツェル王国と言います。高い山の中腹にあります」


聞いたことのない国だった。山の中腹?フランスとスペインの国境にあるアンドラ公国のような小国なのだろうか?


「なぜ日本に来られたのですか?」


「よくわかりません。別の所へ行こうと思っていたら、なぜかさっきの学園の前に立っていました」


何をどう間違えればヨーロッパの小国から東京に迷い込むのだろう?世間知らずのお嬢様なのだろうか?それとも誰かに誘拐されて連れて来られた?


ドロシアと名乗った女性はにこにこしていて、何かの犯罪に巻き込まれたようには見えなかったし、頭が悪いようにも見えなかった。


私が東京の通りや地名を説明しながら一緒に歩いているうちに、私が住んでいるアパートの前に来た。


「ここが私が住んでいるところです。寄っていかれますか?」


「はい。ありがとうございます、チヨコさん」


私はアパートの自室のドアを開けた。兄の靴がある。そう言えば今日は兄の勤務先の定休日だった。


「ただいま」と声をかけると、「おかえり」と言って兄が半袖シャツとサルマタだけのはしたない格好で奥の部屋から出て来た。そしてすぐにドロシアの姿に気づいた。


「わわわ、友だちか?急に連れて来るな!」あわてて奥の部屋に戻る兄。


「狭い家ですが、どうぞお入りください」と言ってドロシアを玄関に入れる。


ドロシアはそのまま土足で上がりそうだったので、あわてて「靴を脱いで上がってください」と叫んで制止した。


ドロシアはブーツをはいていたので私が手伝って脱がせ、裸足で上がらせた。ストッキングや靴下ははいてなかった。


「ここに座って。お茶を淹れるから」と六畳間のちゃぶ台の前に置いてある座布団を指さした。


この下宿には椅子なんてない。畳に直置きした座布団に座ることができるだろうか?と思って見ていたら、ごく自然に座布団の上に座ってくれたので安心した。


すぐにやかんに水を入れ、ガスコンロの上に載せて火をつける。ようやくズボンをはいた兄が奥の部屋から出て来た。


「兄ちゃん、ドロシアさんだよ」と紹介する。座ったまま頭を下げるドロシア。


「お、俺・・・じゃない、私は千代子の兄の大悟といいます。狭いところですがゆっくりしてください」


「ありがとうございます、お兄さん。急に押しかけてきてすみません」


「いいえ、お気遣いなく」とドロシアの向かいに座る兄。


私は急須に茶葉を入れながら、「兄ちゃん、ドロシアさんは道に迷ったんだって。夕食を出してあげていい?」と兄に聞いた。


「ああ、かまわんぞ。・・・いや、今夜は俺が作ろうか?」と珍しいことを言う兄。


「ほんと?じゃあおいしい料理を作ってよ」


「お兄さんがお料理を作られるのですか?」と聞くドロシア。


「はい。わ、私はこう見えて中華料理屋の料理人をしています」・・・修行中だけどね、と心の中でツッコんでおく。


「料理人さんですか。それではチヨコさんも毎日おいしい料理が食べられて幸せですね」ドロシアの言葉に苦笑する私たち兄妹。ここでは料理は私の仕事にされている。


しばらくドロシアを交えて雑談していたが、彼女が話す故郷の様子が、やはりどうもよくわからなかった。日本ではあまり知られていない国なのだろう。


「で、ドロシアさんはこれからどうするの?」と聞いたら困ったような顔をした。


そこで私が「今夜はここに泊まってく?」と聞いた。


にっこり微笑んでうなずくドロシア。兄も反対せず、それどころか顔を赤らめていた。


「とりあえずお風呂に行こうか?お風呂は外にあるけど」このアパートには浴室は付いていない。だから銭湯に行くことになる。


「その間に夕食の買い出しに行って来る」と張り切る兄。


私は洗面器を取り出すと、二人分の手ぬぐいと替えの下着を用意した。もっともドロシアの胸はかなり大きそうだ。私のシミーズは入らないかもしれない。


三人で下宿を出る。兄は近所のスーパーへ、私たちは銭湯へ向かった。ドロシアには私のサンダルを貸した。あのブーツは銭湯の下駄箱には入りそうになかったからだ。


銭湯に到着すると、番台のおばさんはドロシアにびっくりしていたが、私はかまわず二人分の代金を払った。洗髪料込みで八十円だ。


「ありがとう。ごめんね。この国のお金の持ち合わせがないの」と謝るドロシア。


「気にしないで」と言って中に引っ張って行く。


脱衣籠に服を脱ぐと、そのままロッカーに入れて鍵をかける。鍵をかけない人も多いが、ドロシアの持っていた短剣とオパールのバックルは高そうだったからだ。そしてドロシアの胸は、やはり平均的な日本人よりかなり大きかった。


裸になって浴室内に入る。ドロシアは大きな浴槽を見てとても喜んだ。「ここは温泉ですね?」


「天然温泉じゃないの。ただの沸かしたお湯よ」と断った。


「私の国には温泉がたくさんあるの。自宅にも温泉を引いているの」と話すドロシア。自宅に温泉を引いているなんて、ぜいたくな話だなと思った。


ドロシアの体にざっとお湯をかけ、二人で浴槽に身を沈める。外国人にはこのお湯は熱すぎるかな?と思ったが、ドロシアは気持ち良さそうに身を沈めていた。


「生き返ります」と目を細めるドロシア。連れて来た甲斐があった。


その後体を洗って、髪を洗って、もう一度浴槽に身を沈めてから脱衣所に出た。一緒に服を着て(シミーズは胸に引っかかったが何とか着れた)銭湯の外へ出る。既に日が暮れかけていて、ひんやりした空気が湯上がりの肌に心地良かった。


下宿に戻ると兄が料理を始めていた。今作っているのは回鍋肉だ。回鍋肉は最近日本で普及し始めた中華料理の一品で、私の実家の店では作ったことがない。さすがは東京の中華料理屋で修行しているだけのことはあると感心した。


回鍋肉が出来上がると大皿に移し、私がそれを受け取ってちゃぶ台の上に置いた。兄は今度は炒飯を作るようだ。手際がいいのもプロならではだ。


じっと料理を見つめているドロシアをよそに、私は冷蔵庫からミリンダオレンジを取り出した。コップを三人分出し、栓を抜いてそれぞれに注いでいく。その様子をドロシアは驚いたような顔をして見つめていた。


ジュースを入れ終わると、ドロシアはちゃぶ台の上に置いた栓抜きを手に取って見つめていた。びんジュースや栓抜きが珍しいのかな?そんなものと縁のないお嬢様だったのかもしれない。


ドロシアの前にレンゲと箸を置く。「箸は使える?フォークを出そうか?」と聞くと、


「箸は使えます」とドロシアが答えた。「でも、この箸はばらばらですね。つながってない」


「箸ってそういうものだよ」とドロシアに教える。彼女の言う箸は、どうやらピンセットのような構造のものらしい。


普通の箸の使い方がわからないようなので持ち方などを教えているうちに炒飯ができあがってちゃぶ台の上に置かれた。


「これは炒飯チャオファンですね?食べたことがあります」


「日本じゃ炒飯チャーハンって言ってるけど、多分同じもんだ」と兄が言ってちゃぶ台の前に座った。


「いただきます」と言って小皿に取って食べ始める。


「とってもおいしいです。私が食べたことのある炒飯チャオファンよりはるかにおいしいです。お兄さんは超一流の料理人ですね」と感激するドロシア。


「そこまでたいしたもんじゃないが、どんどん食べてくれ」兄は褒められてとても嬉しそうだった。


「時間があればラーメンや餃子も作れたんだけどな」


「お兄さんの家族は幸せですね」とさらに褒めるドロシア。私は兄と一緒に住んでいても、あまり作ってもらってないけど。・・・そこまで言う必要はないか。


「とりあえず今夜は泊まって、明日帰ったらいいわよ」とドロシアに言う。兄も異存はなさそうだった。


食事が終わって食器を洗っている間に兄は銭湯に行った。


出がけに「俺は朝が早いから、今夜はお前たちが奥の部屋で寝ろよ」と言ってくれた。


私は奥の部屋に私の布団を敷き、ちゃぶ台を片づけた部屋に兄の布団を敷いた。ちなみにいつもはこの逆だから、兄が朝早く出る時にいつも起こされる。普段から気を遣ってくれたらいいのに。


「布団はひとつで、しかもせんべい布団だけど、我慢してね」と言うと、


「大丈夫。馬車の床で寝たり、野宿したこともあるから」とドロシアが言った。お嬢様じゃないの?どんな生活をしてたんだろうと考えてしまった。


なれない外国人相手に気を遣ったのか、私は布団に入るとすぐに寝入ってしまった。ドロシアも早く寝たようだ。


翌朝、兄が起きたのに気づいて朝食の用意をし、兄を送り出した後でドロシアが起きてきた。


「おはよう。よく眠れた?眠れなかった?」


「よく眠れたわ、ありがとう」


朝食はバタートーストと牛乳だ。兄はこういうのは好まないが、ドロシアはこっちの方が馴染みがあるだろう。


食後、食器を片づけながら「これからどうするの?」と聞くと、「もう帰ります。ありがとう」とドロシアが答えた。


「どこへ、どうやって帰るの?」と聞き返したが、ドロシアは「大丈夫」と答えるだけだった。


服を着て一緒に玄関を出る。ドロシアは道端で持っていた短剣を少し抜いた。とたんにドロシアの体が銀色に輝き出した。


「え?え?」あわてる私をよそに何か知らない言葉をつぶやくドロシア。すると今度は赤く輝き出した。


「えええっ?」


「さようなら、チヨちゃん。また会おうね」そう言い残してドロシアの姿は消えた。


茫然と立ち尽くす私。今見たことが信じられなかった。超常現象だ。でも、なぜ私のことを「チヨちゃん」って呼んだのだろう?高校時代の私の親友のように・・・。


登場人物


ドロシア・クランツァーノ 『公爵令嬢は♡姫将軍♡から♡降魔の巫女♡になる』の主人公。


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