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天才だ。

序章最終話です。


少し長くなってしまいました。

 「ふむ……街へ行こうか。」

 「ししょう?」


 首を傾げ良く分からなさそうにしているフェムを視界に収めながら、我はこの後の事を考えている。

 

 ここは森の中だ、そして我がここに住居を構えている理由だが、余計な事に気を紛らわされる事なく研究を続ける事と、この森の中に自生している貴重な植物の為である。

 だが、もうその植物を使う段階は過ぎ去ってしまった。


 フェムを拾い弟子にしてからおよそ3年、発育は必然的に遅いながらも成長はしている。我が与えた抑制装置はうまく機能してくれているようだ。

 この調子ならあと5年か……6年か……問題が起こらない限りはそのくらいで外しても良い頃合いにまで成長するだろう。


 左腕に嵌められた黄石の腕輪は、今もフェムの魔力を抑制し淡く輝いている。


 「まちって、ぼくがひろわれたような、ところですか?」

 「いいや、少し違うな。お前がいたのは村だ、そして村よりも大規模であるのが町、それよりも更に大規模なのが街となる。

 規模によって名前が変わるが、どれも人という種のコロニーである事には変わりない、ただ大きくなればなるほどそのコロニーが果たす機能は増えていくがな。」

 「ぼくのいたところは、ちいさかったんですね……。でも、どうしてとつぜん?」


 我の言葉に傾げた首を戻さずに疑問を浮かべるフェムは、とても聡明な子供である。

 語った内容は別段難しい物事を説明しているわけでは無い、成人を迎えた者であれば容易に理解が出来るようなものだろう。


 だがしかし、それを理解したのがまだ若干9歳の少年であるとした場合どうだ。理解するのは不可能ではないが、一瞬で理解するという芸当は中々に艱難を伴うものではないだろうか。


 言葉を簡略化することが得意でない我に気を使ったのか、それとも単に頑張ろうという意志からかは分からないが、フェムは毎日のように我の蔵書を読みその知識を高め深めている。

 その未発達な頭に秘められた情報の量は、既にそこらの凡夫を凌駕している事だろう。


 「もうここにいる理由が無くなったからだな。」

 「しょくばいはもう、たりてるんですか?」

 「あぁ、足りている。そして我の研究もひと段落付いた。」


 森で採れる触媒、香草や薬草は主に実験の安定化、そして加速に使う。

 我の目標は、『染力』を魔力に戻す、もしくはそれを活用する方法を探す事である。

 

 実験はあくまで実験であり実用の為の研究ではない、故に触媒を使用しても構わない。だが、


 「実際に触媒を使用するわけにはいかないからな……。」

 「ししょうのいう『ろうがい』たちに、らんかくされてしまうから、ですね?」

 「本当にお前は聡いな。それはそうと、『老害』という言葉は忘れなさい。」


 思わず我はフェムに命令を出す。

 子供に悪影響を与えてはいけない。子供は清純に育つのが正しい事であるはずだ。その考えに乗っ取ると、老害という言葉はまず間違いなく清純ではない、濁り穢れ切った表現である。

 

 だが本当にフェムは聡い。あの老害どもに見つかりでもしたら大変な事だろう。


 「細胞の全てが研究意欲に支配されたあいつらの事だ、我が触媒を使用した瞬間その触媒を特定、我の研究の成果を研究しようと世界中からその触媒を乱獲する事は目に見えている。」

 「ぜつめつ、しちゃいますもんね。」


 未知への探求心、それそのものは素晴らしいものであるが、どんな素晴らしいものでも濃すぎるとそれは毒となる。


 例えば腰痛に良く効く成分の薬があったとしよう。その効果を高めようと何倍にも濃縮し服用すると、間違いなく身体に悪影響を及ぼす毒へと転じる。

 薬毒、表裏一体の関係。それは薬に限らず人も同じなのだ。


 そんな探求心の塊である老害どもは、自らの為に欲求の為に多が犠牲となる事も厭わない、どう考えても死毒の類だろう。


 「何とか形には出来た。未だに拙い部分もある我が研究だが、これを公表すれば我は間違いなく世から称えられよう。」

 「さすがです!ししょう!じゃあ、まちにいって、こうひょうするんですか?」

 「いいやしない。そんなものに興味は無いからな。」


 称えられて何になる、その称賛は何かの役に立つのか?それによって金銭を得ようが役には立たない。

 研究をするうえで必要なものはお金で買えないものも多いのだ。ならば、公表する必要性は皆無である。それに……。


 「お前が狙われる。」

 「ぼく、ですか?」

 「お前の存在はかけがえのないものだ。誰にも渡したくない。」

 「し、ししょう……!」


 唯一無二の完全なる透明な魔力、全魔法使いの夢。そんなフェムの手も加わっている研究成果を公表したならば、まず間違いなくフェムは攫われる。我よりも上位の魔法使い、『永遠の魔人』の手によって。


 「我も、なんとか『永遠』の位に至らねばなるまいな……。」

 「おてつだい、します!ししょう!」

 「そうか。ならばいずれ頼らせてもらうとしよう。」


 既に頼ってはいるがな。出そうになったその言葉を咄嗟に飲み込む。


 フェムとの三年にわたる暮らし、その中で分かった事だがフェムは褒めると調子に乗る。

 前に一度フェムの勤勉さを褒めたことがあった。弟子好きの我が友人曰く、弟子と円滑なコミュニケーションを取るうえで必要な事は、褒める事なのだとか。


 だからこそ我は実践をしたのだ。コミュニケーションという面では間違いなかったのだが、何がそこまで嬉しいのか満面の笑みを浮かべながら普段よりもテンションを数倍にして勤勉さに拍車をかけた。


 されど薬毒。過ぎれば毒となる。フェムは見事に身体を壊し、結果的に我が看病をする羽目となってしまったのだ。

 なんとも難儀なものだろう。


 そして、街へ行く理由はもう一つある。


 「フェム、街へ行くというのはお前の為でもあるのだ。」

 「ぼくの、ですか?」

 「本来お前ほどの子供は、同年代の子供たちと遊ぶものらしい。我も違った故に良く分からないがな。

 そして、お前には一般常識が無い、一般常識が無い我と暮らしていたのだから当たり前だとは思うが……まあ、我のようにならないためにもお前は街で暮らすべきだろう。」


 我は天才であるが、天才故に自らの過ちや悪しき部分は理解し受け入れる。

 間違いなく我には一般常識というものが無いのだ。


 一般から逸脱してしまった我と、一般から逸脱したものに育てられたフェム。一般的という言葉を好いている我だが、実際のところ人伝にしかその一般的を理解していない。


 流石に自身に危機感を覚える。せめてフェムはそうならない事を願おう。


 「一応街に住居は構えている、すぐにでも転移の準備をしよう……ここ数年一度も戻っていないのだがな。」

 「え、それだいじょうぶなんですか?」

 「まあ、何とかなるだろう。荷物を纏めて来なさい。」

 「はーい!」


 少し布面積を削り動きやすさを重視した執事服の小さな背中を見送り、我も我で準備を始める。

 街へ行ってしまったら、こんな機会は滅多にないからな……我は久しぶりに黒いローブを取り出し、内包している収納空間から愛用の杖を取り出した。


 真鍮(しんちゅう)色の持ち手は南の樹海の奥地に極少数が生えるばかりの貴重な魔樹の若木から削ったもの、先端の幾重にもねじ曲がった薄紫色の装飾は魔統上位竜(マギアアークドラゴン)の角の先端、そしてその中心で濃紫色に光り輝く珠は『増幅』の性質を持つ魔力の結晶である。

 

 今の我にとって最高の、愛用の杖だ。


 「ししょう!もどり……つえなんかもって、どうしたんですか?」

 「お前には、一度も我の全力の魔法を見せたことが無かったな。」

 「みせてくれるんですか!?」

 「ここは人里遠く離れた森の奥地だ。この機会を逃せば、いつになるか分からない。

 光栄に思うと良い。弟子であるお前には天才である我の魔法を見る権利がある。」

 「お、おねがいします!」


 少しだけ緊張する様な面持ちでこちらを見つめてくるフェムを見ていると、頑張らなければならないという使命感が少しだけ湧いてくる。

 フェムを引き連れ外へ出て、ふと家を振り向いた。


 この家とも、これでおさらばか。僅かに哀しさのような感情を覚えながら身体の中にある魔力へと意識を向け、周囲に放出をする。

 我の身体をまるで包み込むように、黒い魔力がじわじわと周囲を覆い始めた。


 「フェム、浮き上がるぞ。暴れないようにしなさい。」

 「は、はい!」


 周囲に薄く展開した黒色の魔力は我の意思に呼応し、我とフェムの身体を包み込む。

 そのまま一気に空高く天へと舞い上がった。


 「わああああ!?」

 「暴れないようにしろと言っただろう?」

 「あ、え、は、はい。」


 我の言葉に取り乱していたフェムの動きが落ち着き、しかし未だに身体を固くさせながら下を見つめている。

 恐らくフェムには初めて見る景色だろう。そして運がいい。


 雲一つない晴天、その下をどこまでも続く森の樹々の地平線。

 普段は霧がかかっている事が多いのだが、奇跡的に今日はその景色の美しさが損なわれる事なく姿を現している。


 このような空の景色、魔法使いでもなければ到底拝めないものだ。


 「きれいです!」

 「だが我は、今からこの一部を焦土へと変える。」

 「え?」


 魔法は恐ろしい。使い方を誤れば、大惨事を容易に引き起こせる。それを理解してもらわなければならない。

 身体を包む魔力を大きくし、その全てを用いて周囲の空間を歪ませた。


 声とは、一種の触媒である。久しぶりの詠唱を行う。


 「『開門申請、我望むは第284界深層。顕現術式展開。』」


 魔法とは、世界を歪ませる術である。更に正確に表すならば、世界の法則を別の法則で塗り替えるものである。


 だが、詳しい魔法の知識はフェムにはまだ早い。教育方針を考えておかなければならないな。


 周囲を渦巻く我の黒い魔力は徐々に集約し、収縮し、やがて赤熱が如く輝く我の三倍ほどもある巨大な魔方陣が出現した。


 「『展開完了。開門条件及び干渉波長の一致を確認。開門。』」


 ただでさえ強く光り輝いていた魔方陣の輝きが増し、どこからともなく重厚な扉を開ける様な重苦しい音が鳴り響く。

 魔方陣の中心に、深紅が灯る。


 「『獄界顕現、焦火噴出(プロミネンス)!』」


 様々な赤で構成された蛇の様な熱の具現は緩やかに地上へと落ちていく。触れた空気を焼き尽くし、周囲に熱を放出しながら樹と接触した瞬間、


 「うわぁ!」

 「ふむ……結界は展開しておくべきだったか?」


 遥か広範囲が一瞬にして赤に染まった。

 燃えた塵が燐光のようで美しく、同時に終りを表すその様はまさに獄である。


 我はふと隣のフェムを見る。魔法使いの、魔人の業を見せつけられ恐れられてしまったかもしれない。

 それは困る。弟子として我から心が離れるというのはまずい。


 だとしたら何故我はこのような事をしたのか。それはフェムに期待していたからに他ならない。

 フェムならば、きっと。思いを込めてその顔に込められた感情を確認する。


 「……!」

 「フェム。」

 「あ、はい!」

 「やはりお前には、魔法の才能があるよ。街へ行ったら、さっそく指導してやろう。」

 「ありがとうございます!」


 浮かんでいたのは笑み、期待通りだ。このような恐ろしいものを見て笑みを浮かべるなど。

 怖がりもせず、恐れもせず。ただ好奇心と魔法への憧憬から目を輝かせる、そんなもの常人ではありえない。

 

 フェムもまた、天才だ。我は確信した。

はい、次回からようやく1章が始まります。

自分でも思った以上に序章が長くなってしまったと反省、でも面白いと思えて貰えると嬉しいな。そう思いながら執筆をしています。


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「知ってます奥さん。評価って☆をタッチした瞬間に評価が反映されるそうですよ!」

「まあお手軽!こんなのみんな評価し放題じゃない!」


……はい、暴走しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 台詞の端々から断片的に世界観や設定を感じさせつつも、説明的にならず自然に落とし込んでいる。 [気になる点] まだ序章でどういった物語になるのか方向性が気になる。
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