SAの迷い子
奇妙なことになった。
経緯を説明しろと言われても適切に今に至る筋書きを伝えれる自信はない。
俺はただ、気分転換にドライブしていただけだ。
それで何か気が晴れる訳でもなかったが、家に居る方が居心地が悪かった。
そして宛もなく愛車のLCを走らせ、ふとICに一番近かったSAに立ち寄り、一服しようとしただけ。
ただそれだけなんだ。
「ふぅ」
夜空を見上げながら煙を吐き、そのまま煙の行方を追っていると、喫煙所から少し離れたベンチでタバコを蒸かす少女が目に入った。
短い髪に遠目で見てもわかる整った顔立ち。髪の隙間から見える耳には複数のアクセサリーが覗いている。服は…何処かの学校の制服のようだった。
不良少女かよ…。
四十手前でオヤジ狩りに遭うのもごめんだったので、見なかったことにしようとも思ったが、家出するには不適切な場所だし、周囲を見ても彼女の連れが居るようにも見えなかった。
そして何より、その風貌に娘の姿を重ねた俺は、少女に話しかけてしまった。
「こんな所で何をしているんだ?親御さんは?」
少女はちらりとこちらを見たが、またすぐに俺から視線を逸らした。
確かに知らないおじさんに話しかけられて素直に答えるようには見えなかったが、存在を認識されてこうもはっきりと無視されると俺も少し苛立った。
「あのなぁ…何があってこんな所に居るのか知らないが、ご両親はきっと心配してるぞ」
少女はふうっと煙を吐き出すと、僅かに聞こえるくらいの声量で「うち離婚してるからお父さんしかいない」と零した。
何だか触れてはいけない部分に触れたような気がして、思わず「すまない」と謝った。
いや、元はと言えば年端もいかない少女が深夜にこんな場所に一人で居ることがおかしいのだが。
少女は吸殻を足元に捨ててローファーで踏みつける。
すぐ近くに灰皿があるのに…と思ったが、先程の発言で不本意ではあるものの彼女に対し失礼なことを言った手前、あまり細々と注意する気にもなれず黙った。
制服のせいもあるだろうが、やはり高校生くらいにしか見えない少女をこのまま置いていく訳にもいかず、俺はその場でタバコを吸い続けた。
気まずい沈黙の中、彼女が更に一本吸い終えた頃。
「まあ、お父さんのことは好きだし、離婚したことは別に何とも思ってないかな」
彼女は相変わらず目を合わせないまま、またしても俺に聞こえるかどうか際どいくらいの声量でそう言った。
「…そうか、良いお父さんなんだな」
俺も変に誤解されたくない為、出来るだけ顔を合わせないように答える。
「まあね」
はっきりと顔は見ていないが、確かに彼女は少し笑っていた。
俺は少し離れた場所に腰を下ろし、彼女のようにその場に吸殻を捨て、靴で火を消した。
「近くに灰皿があるんだからその場に捨てるな、とか言うかと思ったのに」
「言おうと思ったが、悪いことをしてバチが当たっても怖くないしな」
俺の反応に彼女はくすくすと笑う。
俺もなんだか少しおかしくて、一緒に笑った。
何故だが、胸の奥を抓られるような不思議な気分だった。
でも、悪い気分ではなかった。
「それ、ウィンストンのホワイトだろ。俺と一緒だ」
彼女がポケットから取り出した箱を見てピンと来た。
いつも俺が吸っているそれと同じだったから。
「奇遇だな、俺と一緒だ」
ポケットから彼女と同じ物を取り出し、ひらひらと見せる。
「いい歳してそんな可愛いの吸ってんの」
「いいだろ、愛用してんだよ」
「ふふ、なにそれ」
見てくれに似合わないものを身につけているものの、その笑顔は年相応の純粋さが見えた。
本来なら注意すべきなのだろうが、そんな気にもなれず、一緒になって星を眺めながら数本吸い終えた。
「それで、こんな所で何してたんだ」
少女は火の着いたタバコから上がる煙を見ながら「さあね、道を間違えたのかも」と答えた。
「どう間違えたら深夜のサービスエリアでタバコを吸う道に至るんだ」
少女は足元に転がった吸殻に目を落とす。
「お父さんの言うことちゃんと聞かなかったからかな」
吸殻を蹴飛ばす。足元に纏まっていた吸殻たちはバラバラと転がっていく。
「それは良くないな。きっとお父さんは君のことを思って言ってたんだろう」
少女はまだ吸い終えていないタバコを投げた。
「あんたは?子供を叱る時、子供のことを思って叱るの?」
「当然だろ。俺の娘も君みたいな不良少女だったが、それでも最愛の娘だからな。娘の幸せ以外望んじゃいなかったよ」
「そっか」
彼女と目が合う。
その時初めてしっかりと彼女の目を見た。
「私のお父さんもきっとそうだったんだね」
俺は立ち上がって、彼女に歩み寄った。
「ああ、きっとな」
少女の頭を撫でると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
しばらく撫でた後、俺は彼女の隣に座った。
「タバコ、一本貰っていい?無くなっちゃった」
「火がついたまま捨てるからだろ」
俺は彼女にタバコを差し出した。
「火も」
「わがまま娘め」
咥えたタバコに火を灯す
「一緒のタバコでよかった」
「本当はダメだけどな」
「あ、絶対言うと思ったー」
彼女がくすくすと笑う。
「これで最後だから、見逃して?」
「今回限りだぞ」
俺も新しいタバコに火をつける。
「私ね、お父さんのこと大好きなんだ。でもね、なんだか、素直になれなくて」
「反抗期にはよくあることだ。ちゃんとお父さんに伝えてあげるほうが喜ぶだろうけどな」
「お父さんが私のことを一番に考えてくれてたことはわかるのにお父さんには私の気持ち伝わらないのかな」
「馬鹿言え、例え反抗期でも娘のことはお父さんが一番分かってるに決まってる」
「えー、じゃあ直接言わなくても良くない?恥ずかしいし」
「それでも、ちゃんと気持ちを伝えられるタイミングなんてそう訪れるものじゃないんだよ」
「なるほど、たしかにそうかも」
そんな話をしていると、タバコはみるみる短くなった。
「最後のタバコももう終わりかー」
「禁煙しろ、禁煙」
「自分は出来ないくせによく言うよ」
「うっ…」
彼女は最後にめいっぱい煙を吐き出した。
「大好きだったよ、お父さん」
「俺もだよ、不良娘」
煙はそよ風に吹かれ、空に昇った。
彼女が居た場所には空っぽの白い箱だけが残っていた。
男は車に戻りエンジンをかける。
この時期にしては珍しい寒空で冷えた手を暖房で暖めながらカーナビから流れるニュースを見ていた。
『サービスエリア女子高生殺人事件の被疑者である19歳の男性は依然として容疑を否認しており――』
男はバックシートに置いていた花束を持ち、再度車を降りる。
タバコの吸殻が散らばったベンチに白い花を置くと、静かに手を合わせた。