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月兎の十二ヶ月

月兎の風

作者: 矢宵羽鷺

六の月も半分を過ぎた頃。

月の原を渡る涼風がピタリと止まりました。

いつもなら朝晩に吹く涼風が、じんわりと溜った熱気を払うのですが……

どうしたわけか、月の原の丘には風の気配がまったく無くなってしまったのです。

しかし、風が気まぐれなことを月兎たちは承知していましたから「またすぐにやって来るよ」と、何の心配もしていませんでした。

しかし、新月が三日月になっても、風はそよりとも吹きませんでした。

こんなに長く、月の原に風が吹かなかったことはありません。月の原はいつだって風のお気に入りの散歩道でしたから。

そして風が止まったことで、月の原の地面から立ち上る熱気が、月光草(げっこうそう)を弱らせました。

「このままでは、月光草が枯れちゃうよ」

「月光草が無くなったら、ボクらはどうなっちゃうの?」

月兎たちの一番大切なお役目は、月光草を育むことでした。それが失われてしまったら、月兎たちはただのウサギに戻ってしまうかもしれません。

「そうだ、ボクらが風を起こしてみようよ!」

「風を起こすって、どうやるの?」

「うーん」と、月兎たちは考え込んでしまいました。その時、暑さでへとへとの銀兎(ぎんと)が、ウチワを使ってるのに気づいた玉兎(ぎょくと)が大きな声で言いました。

「そうだ! ウチワだ! みんなでウチワを振って、風をおこすんだよ!」


次の日、十二兎(じゅうにと)が月の原の丘に一列に並んで「いっせいのせっ!」と、ウチワを振り下ろしました。

月兎たちは力一杯に、左右の手に握ったウチワで風を送ります。

しかしウチワの生み出す風はとても小さくて、月光草の葉先をわずかに揺らしただけでした。

それでも月兎たちは諦めずに、一日中ウチワで扇ぎ続けました。一日が終わる頃には、月兎たちの腕がしびれて上がらなくなり、自慢の銀毛は汗でべっとり体に張り付いていました。

そして、ほんの少しの熱気しか払えなかったので、月光草もぐったりと、うな垂れたままです。

「ぜいぜい、はーはー、みんなウチワはダメみたい……」

「他のなにか、月の原を涼しくするモノはないかしら?」

「ふーん」と、月兎たちは頭をひねりました。その時、息を切らした銀兎が、水筒の氷をカリカリっと頬張るのに気づいた玉兎が、息を切らしながら言いました。

「ふぅはぁ、そうだ……氷はどう? 氷室の氷を撒いたら涼しくなるよ!」


また次の日、十二兎は揃って氷室にある氷を持ち出しました。一兎(いっと)がひとつ、氷の固まりを背負って、月の原に丘に向かいました。

そして丘の上で、氷を石ころの大きさに砕き、月光草の根元に置きました。

氷は冷気を放って解けると、周りの熱気も奪って空気を冷やしました。足下から冷気が立ち昇り、月の原の熱気が弱まりました。

そして、ほんの少しだけ月光草が青さを取り戻しました。

月兎たちも手を叩いて喜び、跳ね回りました。

「よかったね、これで月光草も元気になるよ」

月兎たちはホッとして、丘の上で冷たい月光花茶(げっこうはなちゃ)を飲みながら月の原を眺めていました。

しかし、月兎たちが花茶を飲み終わる間もなく、氷は融けて無くなりました。

すると、氷が溶けたことで湿った地面から、熱を持った湿気が湯気のように、月の原に籠りました。

熱気と湿気が充満した月の原で、月光草も月兎たちも、さらにぐったりと萎れてしまいました。

十二兎が揃って無口になり、月の原の丘に倒れ込んで天を仰ぎました。

遠くに輝く天の川は涼しげで、そこにはたくさんの涼風が水面を騒がしているのが分かりました。

「どうして、月に風が吹かなくなったのかな?」

風伯(ふうはく)のご機嫌を損ねたのかしら?」

月兎たちは、いくら考えても風が止んだ理由が分からず、ほとほと困ってしまいました。

「……ねえ、主様にお話ししてみようよ」

銀兎がそう言うと、他の十一兎(じゅういっと)は声を合わせて「さんせい!」と応えました。


さらに次の日、十二兎は銀毛を梳り、身だしなみを整えて月宮(つきのみや)の主様を訪ねました。

「おやおや、みんな揃って何ごとかな?」

しばらくは月宮でのお務めは無いのにも関わらず、神妙な顔つきでやって来た月兎たちを見て、ツクヨミ様は戸惑いました。

月宮はひんやりしと涼しく乾いていました。まるで月の原と季節が異なっているようです。

月兎たちは主様の優しい笑顔で、緊張の糸が切れ堰を切ったように、

「主様、主様、月の原を渡る風が止んでしまいました!」

「このまま凪が続けば、月光草が枯れてしまいます!」

「ウチワや氷では月光草は元気になりません!」

「風の代わりになれなくて……」

と、代わる代わる訴えました。

「こらこら、お待ち、月兎よ。そう一緒に言われても分からないよ!」

興奮した月兎たちを宥めるのは、ひと苦労でした。

そして一番年長の白兎(はくと)に、代表して話すように言いました。

「なるほど。月の原がそんな状態だとは気づかなかった。手遅れになる前で良かった。これもおまえたちの、月兎の働きだ。私は良き従者に恵まれている。月兎さえ在れば、月は安泰だね」

主様の言葉に、月兎たちの心がざわつきました。

「ぼくらの大切な主様、主様は月です。主様がどんなに姿を変えても、どんなに遠くに御座(おわ)しても、月兎との絆は解けません。だけど、主様が居なければ、月が存在しないのと同じです。月が無ければ、月兎は役目を果たせない。それは存在を失うコトと同じです」

白兎のあまりの真摯な言葉に、ツクヨミ様はご自分の何気ない一言が、月兎たちをとても不安にしたことに気づきました。

そうして改めて、この忠実で美しい月兎たちが、希有の宝であると嬉しく思いました。

「さてはて、月の主と呼ばれいても、些細な異変に気づかないなんて、頼りない主ですまないね。それでも、私はおまえたち、月兎の主に足ることを示そうと思う」

ツクヨミ様は月兎たちに、風車(かざぐるま)をたくさん作るようにおっしゃいました。

「そして、それを月の原の丘に立ててごらん」

月兎たちは風が吹かない丘に風車を立てるというのは、どんな謎解きだろうと思いました。

「人は私を月の君と敬うけれど、月兎が居らねば月の主とは呼ばれないだろうね」

この上ない主様の言葉に、月兎たちは恐れ多くて平伏しました。そしてツクヨミ様は、手本にするようにと薄紫の風車の花を授けました。

そして十六夜の塔に戻った十二兎は、色とりどりの折紙で風車を作りました。切って折って、真ん中をカラスノエンドウで留めて、細く削った枝を軸にしました。

夜明けを待たず、すべての折り紙が風車に姿をかえると、十二兎は月の原に急ぎました。


風が止まったのは新月、そして月は上限まで満ちていました。

まだ暗い丘の上で、月兎たちは風車を立てました。

色とりどりの風車は幾千を超えて、丘を埋め尽くしました。

夜明けの瞬間、あたりの闇はいっそう暗さを増しました。

するとシャっシャっシャっと、微かな音が聞こえてきました。それは紙が擦れる音でした。

そう、丘の西側から少しずつ空気が動き、風になって風車をくるりくるりと、回し始めたのです。

さらに凪いでいた風が、再び息を吹いたのです。

丘に立てられた千の風車が、勢い良く、ぐるるると回転しました。

すると風車たちも風を生み出し、もとの風と重なり合って疾風になりました。

勢い良く月の原を吹き下ろし、月光草を揺らし、熱気を奪って天の川まで吹き抜けました。

「ふーん、夏風の匂いだ」

その風は月兎の銀毛を梳るように、じゃれつくように、繰り返しそよぎました。

月兎たちは久しぶりの風が心地よくて、揃って風に向かって耳を立てました。


「風はね、月兎が呼んでいると気づくだろうね」

そして風は、昨夜の主様の言葉も運んできました。


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