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その後、騒然となった会場は頃合いを迎えたかのようにお開きとなり、ローズマリーは父親の書斎に呼ばれた。
「ローズマリー…」
「はい」
父親の口から言われることは聞かずとも分かる。
ウォールデン家の立場上、否を唱えるものは居ないだろうが、ただの小娘が爵位のある大人に啖呵を切ったのだ。
それを不愉快と思わぬ人間は居ない。
「分かっているだろうがラミレス子爵は…」
「分かってます!でも腹が立ちました…」
「そうか…」
「アレキウスは友達で、お…私は一度たりとも彼の出生を卑しいとか思ったことありません」
「そうか…」
「新しい母上と妹に関してもお父様が言いにくそうにしてたから…私の方からアレキウスから聞きました」
アレキウスがうっかり口を滑らせたことは無かったことにした。
父親は相槌しか打たなかったが、ローズマリーの一語一句をゆっくりと飲み込んでいた。
「いつ…」
「はい?」
「いつ気づいた?」
「はい?」
父親はゆっくりと言葉を連ねた。
その声には怯えが半分見え隠れしている。
「その、新しい母上と妹について…だな?」
「あぁ…いつ、だったでしょうか…」
ローズマリーが前世男性だったと思い出す前の記憶は薄ぼんやりとしか覚えていない。
それだけ衝撃があったのだと思うが、ローズマリーは顔をシャンデリアの方へ向けたまま記憶を手繰り寄せた。
「厳密に言えば6歳頃…でしょうか?」
薄ぼんやりとした記憶の中でローズマリーは母親を失った寂しさを堪えながら、自分と向き合わない父親に疑問を浮かべていた。
父親から時折香る母親以外の臭いにも気づいていた。
使用人に父親の所在を聞いても言葉を濁されるだけで、何より父親はローズマリー以上に寂しさを抱えていた。
それを違う女性に求めるのは当たり前だとローズマリーも分かっていた。
現にローズマリーは母親の死後、寂しさをアレキウスと接することで紛らわせていた。
アレキウスと一緒になって父親には言えないような暴れまわるような遊びをしたりすることで寂しさを忘れようとしていた節もある。
だからこそローズマリーは新しい家族を心の底から歓迎したいと思っていた。
「母上や妹が出来て嬉しいです」
「ローズマリー…」
「だから貴方は胸を張ればいい、これが家族だと紹介してください」
一人は寂しい。
一人は嫌だ。
だから一人より二人。
二人よりも沢山家族がいたほうがいいのだとローズマリーは思っていた。
「あー…でも余計なことを言うと、父上…貴族の殆どが新しい母上の件知ってますよ?」
「何と?!」
「むしろ気づかれてないとか思わないほうがいいですよ?」
「う、うむ…」
この父上は本当に国の中枢を担う役職でいいのかと、ローズマリーは一抹の不安を覚えた瞬間であった。