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作戦会議その1


 しかしまあ修羅場も慣れればちょっとした遊園地のようなものである。


 「ヴィー、後ろきますっ!」

 「はーい!」


 黒いねばねばに赤ちゃんみたいな頭部のついたやつが、こちらに突進してくる。私はルナと立ち位置を交換すると、手にした日本刀でそれを真っ二つにぶったぎった。


 「ハッ! 次ィ!」


 蟻人間ーー頭部が蟻、胴体は人間、下半身は六本足の蟻ーーが、銃口をこちらに向けている。

 

 発砲音。


 放たれた銃弾は、私の前を横切った不運なソンビの頭を撃ち抜いた。飛び散る脳漿を踏み越えて、私は蟻人間に接敵する。


 「調理っ!」


 蟻は甘辛く煮ると美味しいなんて言うけど、はてさて。

 袈裟斬りにした胴体が、荒れ果てた芝生の上をころんころんと転がってゆく。それをよたよたと追いかけるゾンビたち。


 空は粉塵の黒をまとい、赤黒く踊っている。

 地面はすっかりひっくり返り、バケモノどもの百鬼夜行と化していた。

 あちこちに無残な屍を晒しているのは、トランプ兵。最初の方こそゾンビと果敢に組み合っていたが、何しろぺらぺらの胴体だ。ゾンビの食欲の前には、ボンタンアメのオブラートていどの強度しか持たない。


 トランプ兵は、まあ無尽に湧いてくるようなので、いいとしてーー。


 丘の向こうから、巨大な黒いネバネバが現れる。頭部が三つついたそれは、小さな手を六本はやし、ぞわぞわと空中をかくような仕草をした。

 その手の中に、ごうっと炎が燃え上がる。

 ファイアーボールだ!


 「猫ちゃん!」


 ルナが私の前に出、チュートリアル猫を可憐な日傘に変身させる。

 危ないーーと言ってルナを引き止めるのは、さっきやりました。心配ご無用、あの敵に関してはルナの方が分かってる。


 「オオオオゥ!」


 ファイアーボールが三連続、私たちに向けて放たれた!

 だがルナは開いた日傘を腰だめに構えると。

 それらを全て、跳ね返してみせた。

 自分の放ったファイアーボールを顔面に食らい、呪詛の声を上げる黒いネバネバ。よろめく足元に噛み付いて引き倒すゾンビ、ゾンビゾンビ、ゾンビゾンビゾンビゾン以下略。


 「……どお?」


 白い頬に煤をつけ、興奮に目を潤ませたルナが、振り返って得意げに笑う。

 さくらんぼみたいな唇に心を奪われそうになりながら、私もにっこりと笑い返した。


 硝煙くさい風が、私たちの髪をかき混ぜ、絡ませあって通り抜けていった。


 さほど遠くない東の空の方からは、地獄の底から轟くような、けだものの鳴き声が聞こえていた。


 *


 「厄介な状況になっているようだな」


 煤けた私たちを出迎えたリンジーは、苦虫を噛み潰したような顔で言った。


 私たちは青鬼を倒してから、急いでリンジーと合流していた。

 幸いにして彼の拠点は無事だったが、学園そのものはちっとも無事じゃなかった。


 「君たちがここへ来るまでに見たものは、ゾンビとトランプ兵のぶつかり合い……だったね?」

 「うん。激しく争ってた」


 打ち捨てられた蒸気機関車。錆だらけのそこからぞろりとあふれ出てきたのは、くすんで淀んだトランプ兵の群れだった。

 いびつな造形。お世辞にも可愛いとは言い難い形相。彼らの持つ槍はゾンビを引き裂き、臓腑をぶちまけさせたが、そもそもゾンビは頭を跳ね飛ばされない限り死なない。

 逆に噛みつかれたトランプ兵がゾンビになり、仲間を攻撃するといった、不毛な戦いが続いていた。


 リンジーは地図を広げる。

 灰色のゾンビの領土と、黒いもやのような領土がぶつかり合っていた。どちらも僅かな領土も許さないとばかりに、一進一退の攻防を続けている。

 私たちの領土はほんの僅か。ここと、かつて「青鬼」に侵略されていた場所に、すみれの花が一つずつ咲いているだけだ。


 「要するに、私たちが『青鬼』のゲームを制覇している間に、盤上はすっかり二大勢力に覆い尽くされちゃったってことね」


 なんだかな。一つ一つ潰す必要がなくなったのは、手間が省けて良いけれど。


 「っていうか、ここに来る前にヤバいものを見ちゃった気がするんだけど」

 「ヤバいもの?」


 私とルナが、ここに来る直前に見たいきもの。

 腐った臓腑を露わにし、避けた口から体液を迸らせつつ、穴だらけの大きな翼で飛翔するそれに、仮に名をつけるならば――。


 「……ゾンビドラゴン」

 「あちゃあ……。そりゃ間違いなく、校長だね……」

 「校長? 校長ってここの?」


 そうか、ルナは校長が龍になれることをまだ知らないんだった。

 私がそうだと教えてやると、びっくりしたような顔をしていた。ルートによっちゃ、その龍とくっつくんですけどね、あなた。


 「僕のプランでは、校長を仲間に引き入れて領土を制覇するつもりだったんだ。ほら、最初のゲーム『Five Nights at Freddy's』で、襲ってきた人形たちに天敵を設定したと言っただろう? あれ、校長のことだったんだよ」

 

 リンジーが説明してくれたところによると、どうやら彼は自分の開発者権限を用いて、通常設定されているよりも校長のステータスを高くしたらしい。

 更に『天敵』という特性を付与した結果、校長は「侵略してくるゲームを次々撃破するマシーン」へと化したのだ。


 唯一にして致命的な誤算は、校長が既にゾンビ化してしまっていたことだろうか。


 いやまあ、ゾンビドラゴン、かっこいいけれども。

 こっちはお前の戦力あてにしてたんだよ、なにあっさりゾンビになっちゃってんだよ蝉野郎――というのが、偽らざる本音である。


 ルナが小首を傾げて地図を見る。


 「よく分かってないのだけど、地図を見る限りでは、ここを攻撃しているのは二つのゲームだけに絞られたって思っていいのかしら?」

 「地図上ではそうなっているな。君たちがここに来るまでに、ゾンビかトランプ兵以外のものは見かけたか?」

 「蟻の銃兵みたいなのとか、ドーピングコンソメキメたカオナシみたいなのがいたよ。トランプ兵の味方っぽかったけど。あ、ちなみに全部私の調理スキルでどうにかなります」


 ゾンビが齧るものは皆、食材判定が下りるみたいだ。もっともそれは、ゾンビと同等の「量産型」な敵に限るようだ。

 早い話が、中ボスにはギミックを入れないと食材判定が下りない、ってこと。


 「蟻の銃兵、ねえ。ますますよく分からなくなってくるな。ゾンビの群れが、特定のゲームじゃなくてゾンビゲー全般を象徴しているように、あっちのゲームも何かの寄せ集めなのか……?」


 トランプ兵。

 なんだか引っかかる言葉だ。

 それにあの敵の造形にも、見覚えがあった。


 「ね、トランプ兵って言ったら、普通何を思い浮かべる?」

 「不思議の国のアリスだろうな」

 「じゃ、不思議の国のアリスがテーマのゲームっていったら?」

 「……歪みの国のアリス、とか?」

 「他にもさ、アリスインナイトメア、とかなかったっけ」


 ルナの指先がぴくんと動いた。


 「あー……聞いたことはあるな。プレイしたことないけど」

 「私も。ああいや、プレイ経験はあるんだけど、クリアしたことはないんだ」

 「けど、どうしてそのゲームだと思うんだ?」

 「世界観が似てる。トランプ兵や、彼らが出てきた蒸気機関車が、ちょっとスチームパンクの世界観だったんだけど、アリスインナイトメアもそういうゲームなんだよね」

 

 リンジーは腕組みをする。

 

 「仮にそのアリスインナイトメアが舞台だとしよう。ラスボスはなんだ?」

 「確か女王だったかな? ごめん、最後までプレイしてないんだこれ」

 「へえ? 君は放置ゲーがあっても気にならないタイプか?」

 「あー……うん。そうかも」


 別に嘘じゃない。

 「青鬼」だって、積みゲーにしてたしね。


 だけど、プレイしようと何度もコントローラーを握ったのに進められなかったのは。

 このアリスインナイトメアと、二作目であるマッドネスリターンズだけだ。


 「……ヴィー?」


 ルナがすっと横に立ち、じっとこちらを見つめてくる。


 「そのゲームに、なにか嫌な思い出でもあるの?」

 「え?」

 「だってなにか言いたそうな顔してる。ヴィーって、言いたいことは全部言っちゃうタイプなのに」


 ルナの言葉が遅れて染み込んできた。

 嬉しいような、悔しいような、複雑な気持ちになる。だってつまり、彼女には、何の隠し事もできないってことだから。


 「んーとね。そのゲームだけ、クリアできなかったのは」

 「できなかったのは?」

 「……好きだった子が持ってたゲームだったから、なんだよねえ」

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