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アンドロイドに夢を見る。  作者: ナベ
第6章 外の世界という現実
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6‐4.消えた少女

 水族館に来るまでの電車の中で小松は、自分が周囲を警戒すると申し出た。

 考えづらいが、万が一梨乃の正体を知っているやつがいて梨乃を奪いに来たときに、簡単に言えば追い払うためだ。


 その小松がトイレに向かった。


 イルカショーや生き物たちを見て浮かれていたということもあるし、大丈夫だろうと高を括っていたということもある。あえて言えば尿意が生理現象だから仕方ないというのもある。

 だが一人減ったということはすなわち警戒の目も減ったということであり、その状態のまま三人で売店へと向かえば、リスクが増えないわけがない。


「見て、二人とも。さっきのペンギン」


「ほんとだ、ぬいぐるみだ。気持ちいいー」


「それにするか?」


「んー。まだもう少し見てみる」


 そのやり取りはさながら土産を選ぶ仲の良い家族のようだ。だが真実を知る輩がいないとも限らず、そしてそれは突然、何の前触れもなくやってくる。


「おい、梨乃」


 他のグッズを見ようとした移動した梨乃は一瞬商品棚の陰に隠れ――。



 消えた。



「梨乃?」


 ほんの一瞬のことだ。直前まですぐ目の前に彼女はいた。

 これは迷子じゃなく、今回の外出で最も危惧していたことだ。一ノ瀬は直感でそう感じてしまった。


 血の気が一気に引いていき、額や背中から止めどなく嫌な汗が噴き出た。店内は賑わっているはずなのに、一ノ瀬には自分の鼓動がはっきりと聞こえてくる。


 立ち止まった一ノ瀬を不思議に思った双葉が、横から顔をのぞかせる。


「先輩? どうしました?」


「梨乃が……消えた」


「え……?」


 双葉はのぞいた笑顔を引きつらせて固まり、そしてすぐに半狂乱になる。


「そんなっ、早く探さないとっ……。梨乃ちゃん……!」


 緊急事態なだけに錯乱する双葉の声もかなりの大きさで、店内の半分くらいの客はその声に反応して振り向いた。


「双葉、いったん落ち着け。とにかく俺はこの店の中を探すから、お前は小松のところに行って伝えてくれ」


 かろうじて残った理性の中で、一ノ瀬は双葉に指示を出す。しかし双葉はすでにパニックになっていて、その指示も聞く耳を持たなかった。


「双葉っ! しっかりしろ!」


 一ノ瀬は双葉の肩を掴み、体を前後に思いっきり揺さぶる。


「……っ、すいません、先輩……。取り乱しました……」


「頼むぞ……」


 頭まで豪快に揺れたせいで、なんとか双葉は平静を取り戻した。


 一ノ瀬は同じ指示に加えて研究所に連絡するように双葉に伝えてから、若干ざわめく土産屋の中を駆けだした。


「梨乃! 梨乃! 梨乃っ!」


 商品棚を一列ずつ順番に見て、そのたびにその名前を呼んでいく。

 フットワークは軽やかだが、心はむしろ鎖で縛られているように重かった。動きが素早いのも、枷から抜け出すために無理に動こうとした反動のようだ。


 店の中をとりあえず全て見てみたが、梨乃の姿はどこにもなかった。一ノ瀬の脳内は自問自答を続ける。


「もう店を出た……? いや、それはないな……。店員は?」


 そう思ったとき、ちょうど土産屋の店員が一ノ瀬に声をかけてきた。その店員の後ろには、店員に隠れるように子ども連れの家族がいる。おそらく、不審な行動をする一ノ瀬のことを伝えたのだろう。


「すみません、お客様。何かお困り……」


「十歳くらいの少女を見ませんでしたか!? 突然いなくなったんです! お願いします!」


 気に掛ける店員の言葉を遮って、一ノ瀬はしがみついた。

 受け止めた店員の服は一ノ瀬の手汗でじっとりと湿り、吐く息は細かく、顔面は蒼白で何かに恐怖しているようにも見える。緊迫した状況であることを物語っていた。


「わ、分かりました。ではサービスセンターに……」


「そんな時間はないんです。一刻も早くあいつを見つけないと……」


 一ノ瀬は店員の手を振りほどいて店の外に走り出した。

 助けを求めてすがったかと思えば、今度は差し伸べられた手を払う。傍から見れば不可解な行動であることこの上ないが、他の客なんてもう構っていられなかった。



 * *   *



「先輩!」


「双葉! 小松!」


 ひとまず三人は合流でき、双葉への指示通り小松も今の状況を把握している。これなら研究所にも伝わっていることが分かり、情報の共有はできた。


 自分が悪かったと小松はしきりに頭を下げるが、


「原因究明はあとだ。今はなんとしても梨乃を探し出すぞ」


 一ノ瀬がそれを一蹴した。


 先ほどまで取り乱していた一ノ瀬と双葉は、三人集まったことで冷静な判断ができるようになり回復していた。


「俺と双葉はスタッフや他の客に聞きながら、手分けして中を探す。小松は外を頼む」


「分かりました」


「了解です」


 三人がそれぞれの持ち場へと散っていく。


 こんなに激しい運動は、研究所を出てすぐとこれの、今日で二回目だ。こんなことなら日頃から梨乃のトレーニングにちゃんと付き合っていれば良かったと、無駄口を叩けるくらいには気持ちが落ち着いている。


 その冷めた頭に入ってきたのは館内放送だ。本日はご来館いただき、の挨拶から始まり、内容は次第に迷子のお知らせへと変わった。


『白色と水色のワンピースをお召しになった、十歳の女の子、梨乃ちゃんが迷子になっております。お心当たりのお客様は……』


 放送を聞いて一ノ瀬はつい顔が綻んでしまった。ひどく混乱していた一ノ瀬は、館内放送の選択肢を除いていたからだ。


「双葉と小松が言ってくれたのか。さすがだな」


 手をまわしてくれた、これであとは見つけるだけだと、一ノ瀬は足を速めた。


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