初恋文
高橋涼子様。いや、今はもう名字が変わってるのかもしれないけど。
中学2年生の頃、あなたから恋文をいただきましたね。当時はお互いに苗字で呼び合っていたから、冒頭の「たかし君へ」という書き方にドッキリしてしまいました。
当時の僕は格好をつけてワックスで前髪を整えたりして、女子に見えるようにわざとそれを見せつけるようにしていたような気がします。そんなカッコ悪いクラスメイトのことを好きになってくれて、本当にありがとうございます。でも本当に突然だったから、心の準備ができてなくて。一学期が終わるあの日、待ち合わせ場所の鶫橋に行くことができませんでした。怖気づいてしまったのです。なにぶん初めてだったもので。本当にカッコ悪いですよね。そして、そのまま夏休みが過ぎて、新学期になって、年月がただただ過ぎていって、卒業式を迎えて。僕はあれから話しかけるのも怖くなって、話しかけられても無視するようになって。きっと傷ついたことでしょう。本当にごめんなさい。
でもそれは嫌いだからじゃなくて、正面から向き合えなかったからなのです。本当は正面で向かい合って、喫茶店でパフェでも食べながら何度も何度もお話がしてみたかったです。本当は僕も、好きだったんです。だから今、今だからこそ返せる手紙を書きます。
もう何年経ったでしょうか。細かい数字は僕も覚えていません。あのときに靴箱に入っていたあなたからの恋文は今、学ランのポケットの中に入れて、実家のタンスの中に眠っています。眠らせています。でも、今でもあの恋文は一言一句すべて覚えています。初めていただいたものですから。最後の”鶫橋で待ってます”の”す”の部分がクシャクシャになっていたところまで覚えています。
この手紙はもうあなたの靴箱には入れることができません。だからといってはなんですが、あなたの待っていた鶫橋から紙飛行機として飛ばそうと思います。あなたはもうそこで僕を待ってはいないでしょうが、僕は久しぶりに中学生に戻った気持ちで鶫橋の真ん中まで行ってこの手紙を飛ばそうとしています。もしも水に濡れてにじむ前にこの手紙を受け取ってくださったなら、なんて考えましたがその可能性は低いことでしょう。もうこの街にいないかもしれないですもんね。にじんでしまえば良いのです。にじんでしまえば、僕のこの罪悪感を川の水の中に押し殺してくださるでしょう。この手紙はあなたに向けて書いたものですが、でもあなたにはもしかしたら読んでほしくないのかもしれません。僕の中で眠っている中学時代が起きて騒ぎ出したように、あなたの中であの中学時代が起きて騒ぎ出すことがないように。にじんでしまえば良い。曖昧になって、読めなくなって、”間違えて”洗濯してしまった赤点の答案用紙みたいになってしまえば良い。そう思うんです。
でも今、僕はそれを使いかけの鉛筆で、ちぎってもらった消しゴムで何度も書き直しながら、文字に起こしています。文字に起こせば、書かなかった(書けなかった)0ではなく、書いたけど消えた、1+1-1=0になれるとおもうから。この世の中全体に、僕があなたの恋文の返事をしたという履歴が残ってくれると思うから。でもそれはきっと独りよがりなんでしょうね。でも”中学時代”はとてもパワフルで、僕だけではもう抑えきれません。だから、川に受け止めてもらうことにしたのです。正面から受け止めてもらうんです。僕ができなかったことを、川に託します。いつかこの手紙が藻屑となって、川と一緒になって、水蒸気になって雲になって、雨として僕に降り注ぐことを願って。
石山隆、鶫橋の真ん中にて。