3話
拙い文章ですが最後までお付き合いください
「よし、クラスの人も見当たらないっぽいし始めよっか~」
図書室へ入った裕太と弥生はワタナベたちが誰一人いないことを確認し、奥の席に対面になって腰を下ろした。というかワタナベたちはおろかカウンターにいる先生以外誰もいない。
「じゃあ早速本題、今クラスで起きてる『田辺君お邪魔虫問題』なんだけど」
「いや他にもっと言いようあるだろ」
「気にしない気にしない~田辺君は流石に自分の身に何かおかしなことが起こってるのはわかってるよね? 」
「当たり前だ。俺がたいそうな理由もなしにクラスメイト――いや人間に嫌われるわけないだろ」
「あ、田辺君って普段ネコ被ってるの? 」
弥生は愛想笑いをしてるつもりだろうがひきつった笑顔からドン引きしていることが容易にわかる。感情が顔に出やすいタイプなのだろう。まあいい、こいつの前で優等生を演じきっても仕方がない。
「ま……まあそんなことは置いといて! 実は田辺君が被害に遭っていることは元を辿れば最近できたある法律のせいなんだよね~」
「『姓限定一貫法』のことだろ。それで同じ苗字同士の……同姓同士の親密度が上がった――違うか? 」
「おお、正解正解! そこまでわかってるのね! 流石学年トップだね~話が早くて助かるよ~」
そういうと弥生は胸ポケットからおもむろに何かを取り出そうとする。が、かなりの膨らみがある胸に突っかかりうまく取れないようで、裕太はとっさに顔を逸らした。
「よ……い……しょっと! じゃあこっからは私が徹夜で描き上げた図を使って説明するね! 」
「お、おう……」
多少動揺しながら裕太は弥生の胸ポケットから取り出されたばかりのメモ帳に目を落とす。未だ動悸が落ち着かないのに男としての情けなさを感じる。
「えっとね、田辺君のお察しの通り『姓限定一貫法』が施行されてから同姓同士の親密度が上がって名前の差別が無くなったんだけど――最近その親密度が上がりすぎてある問題が起こっていることがわかったんだ~。それが二年四組で起こっていることの正体なんだけど。同じ苗字の人たちが集まって親密度が上がった状態のところに違う苗字の人がいるとすごく嫌悪感を抱かれちゃうらしいんだ~。それは人数に差が出れば出るほど悪化しちゃうらしいんだよ~。だからあれだけ人望が厚かった田辺君でさえ好感度ダダ下がりでみんなに嫌われちゃってるというわけなのさ! 」
なるほど、概ね裕太の予想通りだ。弥生がこんなに言葉を選ばず話すのは予想できなかったが……。
裕太は弥生が話しながら指し示す図を半目で見ながら耳で聞いた声だけを脳内にインプットする。
弥生が徹夜で描いてきたという絵は棒人間やらピカソ風の得体のしれないものやらで構成されており、これを見ながらでは内容が入ってこない。そのくせ字が無駄に達筆な為違和感しかない。
しかし一生懸命描いてきたものを否定してしまうのもよくないのでこのままスルーしておくことに
「で、この別姓に嫌悪感を抱いてしまう現象……うーんまあみんなの苗字が『渡辺』だから『ワタナベーション』ってのはどうかな? 」
「………………」
だ、だ……だせえ……。絵といいこのネーミングといい、渡辺弥生は独創的な感性をお持ちなようだ。
「なにさ~。いいたいことがあるならいってごらんよ」
弥生は不機嫌そうに頬を膨らませ裕太をじっと見つめる。
「いや特に異論はないですはい」
「ほんとかな~。まあいいやじゃあ続けるね」
怪訝な表情を浮かべながらも次の説明に入るため弥生はメモ帳のページをめくる。先程同様独特なタッチで描かれた図を見て、話の内容を予想してみるものの最早ピカソの代表作『ゲルニカ』を彷彿させるそれからは裕太との関係性を見出すことは不可能だ。
「で、『ワタナベーション』の解決方法なんだけど考えられるのは二通り。一つは田辺君の好感度を嫌悪感に勝るくらいに上げること――まあこれはほぼ不可能だね~」
「そうなのか? 俺のスペックを——人望の厚さを持ってすれば簡単なんじゃないのか」
「田辺君……自信過剰にも程があるんじゃないかな……確かに『ワタナベーション』が発動してない時の田辺
君はみんなからまあまあ慕われてるけどそれもたかが知れてるというか……」
グサッと弥生の言葉が胸に刺さる。教室ではスクールカーストの最底辺に位置している裕太ではあるが、教室の外などではしっかりと人気を博しているつもりだったのだが……かわいい顔してズバズバ言ってくるやつだなこいつ。
「大体教室にいる人数が十五人くらいになってから『ワタナベーション』の発動が顕著だよね。みんな挨拶してこなくなるししても返さない、みたいな。そして二十五人を超えたあたりで無視するようになって最終的にはみんな田辺君が嫌いすぎて存在を認識できなくなってるんだよね~」
立て続けに辛辣な言葉を浴びせられ裕太は心臓を抑え苦しみもがく。物理的にダメージを受けた方がいくらかマシな気がする。嫌いすぎて認識できないってどういうことだよ……。
「だからこんだけ嫌われちゃったらちょっと好感度上げたところで無意味っていうか、お手上げっていうか~お疲れっていうか——」
「ああもうわかったからそれ以上言うな! 要するに俺が好感度を上げたところでその……わ、『ワタナベーション』のせいで無意味ってことだな! 」
止まらない罵詈雑言の嵐を裕太は我慢できずに遮った。これ以上は心が持たない……ただでさえ裕太の心はガラス製なのに。
というかやっぱりダサいな「ワタナベーション」って。声に出してみると尚更だ、恥ずかしい……。
「そういうことになっちゃうね~、最悪でも好感度が『命の恩人』くらいに達しないと難しいね~」
命の恩人って……高校二年生にそこまで好感を持たせるイベントがあってたまるかよ……。
「まあ、そんな顔しないで。解決方法はもう一つあるんだよ~! 」
落ち込む裕太を元気づけようとしてくれたのか弥生は声を少し張って眩しい笑顔を向けてきた。うん、うれしいけど一回思い出せここ図書室だぞ。
受付に座る図書の先生の眇められた目が痛い。弥生は先生に背を向け座っているため、裕太は代わりに頭を下げ謝罪の意を示した。
「あっ、ちょっとうるさかったかなごめんね田辺君」
裕太を見て察したのか弥生は顔の前で手を合わせる。
「ああ、いいよいいよ。 それより早く教えてくれよそのもう一つの解決方法とやらを」
「それはね~田辺君が部活に入ることだよ~」
「は、部活? そんなんで解決できるわけないだろ」
確かに部活に入れば部員と仲良くなれて好感度は上がるかもしれないが裕太が困っているのはクラス内のことだ。全く、的外れなことをいうやつだ。
「まあまあ最後まできいてよ~そんなんだからクラスのみんなから嫌われちゃうんだよ~」
「いや違うじゃん! 『ワタナベーション』のせいってお前も言ってくれたじゃん! 」
ゴホンゴホンッ!
裕太の咄嗟に出た叫びにも似た声に続いて先生のわざとらしすぎる咳払いが図書室に響く。
「図書室では静かにね~田辺君」
屈託のない笑顔で弥生は煽るようにそう言った。こんな笑顔を見せられちゃ言い返すこともできまい、かわいいは正義——裕太の辞書に新しく言葉が刻まれた。
「田辺君はこの学校の飛び級制度って知ってるかな? いや、ごめん知ってるよね流石に」
「え? あ、ももちろん知ってるぞあの飛び級できるやつな」
嘘を付いた、全く知らない。だが弥生の言い方からして知らないと相当マズいことのようだ。
「一応ちゃんと説明しておくとね~」
と言いながらまたもメモ帳をめくりラクガk……徹夜で描いてくれたという非常にわかりやすい図を裕太に見せてきた。ありがたやありがたや。
「明神高校は中高一貫ってとこを利用して高校一年で普通の高校三年までの授業範囲を終わらせて残り二
年を受験勉強に費やすっていう特徴があるよね~。それで成績優秀者には希望すれば二年生の六月から三年生に飛び級できる権利が与えられるんだよ~」
「ええー! マジかよ! 知らなかった……わけじゃないんだけど改めて聞くとほんとすごいなー」
いやいや! 初耳だそんなの! っていうか俺高校から入ったんだけど……ああだから入学試験ムズかったのか、同中が少ないわけだ。
「まあだから田辺君がそれを希望すればとりあえずクラスでのワタナベーションの被害は回避できるんだよ~いきなり飛び級っていうのもだけど今のクラスよりはマシだと思うんだ~」
なるほど。裕太がいなくなればワタナベーションが発動していたところで二年四組はただの仲の良いクラスで通るわけか。生徒会長になるのもこの際どうでもいい。
大学も今から勉強すればどうにか……まあなるようになるさ。とりあえず現状をどうにかしないければ。
「大体わかったけど——なんで部活に入る必要があるんだ? 」
「えっとね、その成績優秀者の条件の一つに『部活動で功績を収めること』ってのがあるんだよ~。後のやつは成績が一桁台、体力テストの評価がB以上、停学・謹慎経験なしとかなんだけど田辺君なら心配いらないさ」
「そうだな、その辺は大丈夫そうだ」
説明が一通り終わったのかで弥生は机上にあった悪夢のメモ帳をしまいにかかる。
しかし出したとき同様にメモ帳は胸ポケットになかなか吸い込まれない。弥生が悪戦苦闘してる様を裕太はどぎまぎしながら横目で見守った。とても直視してはいけないものに感じたからだ。ああ、情けない……
「よし! じゃあこれからの活動についてなんだけど――」
「お、おう聞かせてくれ……」
胸ポケットを諦めメモ帳はスカートのポケットへと引っ越した。最初からそうしていれば裕太がどぎまぎする必要もなかったのに……。
「目標はずばり田辺君が飛び級すること! その為には部活でなにかしらの功績収めること! 」
声を張り上げ指を高々と天に突き立てる弥生を図書室の先生はもう諦めた様子で見ている。すいませんほんと……。
「じゃあ早速明日から行動開始だよ田辺君! 」
弥生は勢いよく下した指をそのまま裕太に向ける。親に人を指で差すなと教わらなかったのか……。
「おう、じゃあ何部に入ればいいんだ? 飛び級制度の条件からしてスタメンは必須だからバレー部とかいいんじゃないか? 確か五人とかだったはず」
「う~んでも体育系の部活はやめといたほうがいいかも。飛び級して三年になるなら引退すぐだし迷惑だと思うんだ~」
「じゃあ文化部か。でも六月中にコンクールとかあるか微妙だな」
「まあ心配しないで大丈夫さ! 既存の部がダメなら新しく創ればいいじゃないか~! それもすぐに功績を収められそうな都合のいい部をさ! 」
「悪くない……けど創部するのに人数は確か三人とかじゃなかったか? 」
「そう、そこなんだよ~! でもそれも大丈夫さ、目星はちゃんと付いてる」
「お、おうマジか。ならいいけど……」
裕太の意見に待ってましたと言わんばかりの速度で淡々と返してくれる弥生にどこか違和感を感じ始めていた。いや、違和感は最初からあったのだ。
「ごめん、ちょっと話変わるけど……一つ聞いていいかな? 」
「うん、なにかな~? 」
「お前はなんでそんなにワタナベーション——同姓と別姓の比率による態度の変化について詳しいんだ? そもそもなんで苗字が渡辺なのにワタナベーションが効かないんだ? そしてなんで俺に熱心に説明してくれるんだ? 」
一つどころではなかったが溢れ出る弥生に対する疑問は抑えることはできなかった
「……まあそうだよね~それ話さないと納得できるものもできないよね~」
困った顔を浮かべる弥生には少しばかり申し訳ない気持ちはあるが今出ている情報だけでは弥生の行動を理解できるはずもない。
「……実は私『姓限定一貫法』で強制改名されたうちの一人なんだよ~まあ日本の人口の半分くらいはそうだから珍しくはないんだろうけど。で、私はどうしても——どうしてもどうしても昔の名字を取り戻したいんだ~」
頬杖をつき、少しオレンジがかった空を眺めながら弥生は話し始めた。
「で、法律のことで調べてたら『名誉姓』ってのがあることを知ったんだ。まあ国民栄誉賞を受賞しただとか天皇だとかノーベル賞を受賞したとか国や世界に貢献した人たちに適用されるものなんだけど、その人たちは苗字の変更をしなくてよくなるらしいんだよ~」
「名誉姓」——確かにたまに著名人なんかで見かけたりするがまさか高校二年でそんなものを狙っている奴がいるなんて……。
「だけどお前この高校は割と偏差値高めだけどそんな賞取るなんてよっぽどの大学行かなきゃ無理じゃないか? 」
少なくとも学年でトップ——いや全科目満点近く取らないと有名な大学へは駒は進められないだろう。
「わかってるさ、今から頑張っても無理なことくらい。でも一つだけ可能性があるんだ。それが私が裕太君に関わる理由でもあるんだ~」
「俺に? てことはクラスの今の状況が関係するってことか? 」
「そう。ワタナベーションは法律が出来たことによる弊害、それをを国はまだ知らないと思うんだよ。発動する条件もものすごく限られているしね~。だから国に『姓限定一貫法』によって起きたこの現象を証明すればなんとか『名誉姓』を適用されると思うんだよ~ワタナベーションが発動するのは視覚に捉えられる範囲にいないといけないし、お互いの名前を知っておかないといけないしね~」
国に法律の欠陥を証明して「名誉姓」を適用してもらう——まあそうすんなりとはいかないだろうが決して可能性はゼロではないだろう。たぶん、なんとなく、わからないけど……
「だから、今のクラスになってから田辺君が被害を受けているのを知って、最低だと思うけど正直嬉しかったんだ……やっと法律の粗となる紛れもない証拠が見つかったから……ごめんね」
弥生はまたも包み隠すことなく思いを告げる。だが今回に限っては本音で言ってくれた方が良かったと感じる。
「いいよ、お前が謝っても仕方ないことだしな。それにこうやって結局話しかけてくれたじゃないか。それだけで十分だよ」
「田辺君……ありがとう」
少しばかり目を潤ませながら弥生はそう言った。
「おう。じゃあ明日から頑張ろうぜ! お互いの為に! 」
「うん! あの、作戦で田辺君に協力してほしいことがある、んだけど……明日でいいかな? 」
「わかった。今日は帰ろう、もう遅いしな」
裕太に協力してほしいこと——ちょっと言いにくそうにしている弥生は気になるがまあ大丈夫だろう。
そうして話がひとしきり終わり、二人は図書室を後にした。
この一週間、辛いことがたくさんあったがこうして互いの弱みをほんの一部ではあるが見せられる相手を見つけられたことは裕太の心を十分に癒してくれた。明日からは時間との勝負、六月までに成果を出して必ずや飛び級してあのクラスから脱出してみせる。
教室にいるときとは打って変わって心が軽くなった裕太はスキップ交じりに歩を進めていった。
「うるせー! ヨソでやれやリア充どもがーー! 」
二人がいなくなった図書室では一人(独身)の女教師の声がただただむなしく響いたという。
最後まで読んでいただきありがとうございます
感想等いただけたら幸いです




