11話
授業が終わり、いつもはすぐ部室へ向かう裕太だがあんなことをいってしまった手前、中々気が進まない。
いつもとは違う遠回りの道から部室へ渋々向かうと二人は既に椅子に座り今回の活動について腕を組み頭を悩ませていた。
「ああ、裕太君……今日は来ないんじゃないかと思ってたよ……」
「いや、一応部活は出とかないとマズいと思ってな」
飛び級制度には詳しくは書いてなかったが部活に顔を出さないと条件が満たされない可能性だって否めない。
「そうだね。うん、裕太君は気が向いたらでいいから気付いたこととかあったら言ってね」
「おう……」
意外と鋭い弥生のことだ、裕太のさっきの怯え方と今回の件に消極的な態度を照らし合わせ、大体の察しは付いているのだろう。なにもいってこないのがその証拠である。全く情けない話ではあるがどうしても気が進まない。
「三組にはいないのかな……その、私たちみたいにワタナベーションが効かない人が……」
そんな提案をする愛の目はやっぱりワタナベーション特有の輝きをほんのりまとっている。
「うーんでもメリットがないんだよね~いたとしても。それにあの粗暴な感じ。話し掛けられないんじゃないかな~」
弥生の発言を反芻すると裕太はどれだけ恵まれた環境下にいたかがわかる。
もちろんワタナベーションの被害者になっている時点で不運ではあるのだが自分の苗字を取り戻す為にワタナベーションについて調べて教えてくれた弥生にワタナベーションの効果を何故か受けず手助けしてくれる愛。
この二人の存在があるからこそ以前よりも教室の居心地は悪くないものになり、こうやって学校生活をなんとか送れているわけだ。
そして今二人は伊藤先生の頼みとはいえ、部活の活動とはいえまた一人ワタナベーションの被害に遭っている兼也を助けようとしている。
裕太はそれを昔のしがらみに捕らわれ、ただ指をくわえて傍観している。それでいいのだろうか。
ドンドンッ!
不意に部室のドアが叩かれる。
「は~いどうぞ~」
ガラガラッ勢いよくドアが開くとそこには渡辺兼也の姿があった。
気崩された紺色をしたブレザーには袖も通さず肩に乗っかている状態だ。
「ここが、救済部か? 」
「そうだよ~二年三組の渡辺兼也君だよね~? 」
愛は人見知りだからか受け答えをする弥生に椅子ごと近づき制服の袖をつまむ。裕太は怯え半分憎しみ半分が籠った目でその動向を伺う。
「その、こんなの頼みたかねえんだが……」
「クラスの状況をなんとかしてほしいってことかな~? 」
「……何で知ってんだよ」
言いあぐねていた兼也の言葉を弥生が引き継ぐ兼也は瞳をギラつかせ弥生を睨んだ。
「そんな怖い顔しないでよ~。人にものを頼む時はなおさらね」
そんな兼也に弥生はニコニコした表情で応えるがその笑顔の裏にはどんな感情がこもっているのか容易にはわからない。
「じゃあ一応事の成り行きみたいなのから説明してもらっていいかな~簡単にでいいよ~」
「ああ……クラスのやつらが廊下とかトイレとかではそうでもないんだが、教室にいるとすげー態度が変わるっつうか……ほんとなんだ嘘じゃねえ! 自分で言うのもだがけっこう素行悪くて煙たがれたりすることもあったがここまでじゃなかった。一年の頃つるんでた奴も教室にいるときは基本無視だしもうなにがなんだかわかんねえんだ……」
「なるほど。信じるよ大丈夫大丈夫。実はね私たちのクラスでも同じことが起こってたりするんだ~。だから信じるしバカにもしないよ~」
と言いながら弥生はまたしても裕太、そして愛にもしたであろう説明を兼也にもおこなった。三回目ともなるとコツを掴んだのか裕太の時よりも一層コンパクトに、かつわかりやすい説明だったように思う。
話が終わると兼也は信じられないような表情をしばし浮かべていたが自分の身に実際に起こっていることだ。納得したようにコクコクと頷いた。
「大体わかった。で、お前らはどうやって……なんかだせえけどワタナベーションを解決してるんだよ」
「だ、ださ……ださ……」
「そ、その克服はまだしてないんだ……だから今のあなたと状況は同じ、なの」
メンタルを破壊されひるんだ弥生を見かねた愛は勇気を出して返答をした。
「なんだ、そうなのか。で、そっちのクラスの被害者は誰なんだ? 」
「俺だよ、田辺裕太だ」
弥生が説明をし出してから覚悟はしていた。自ずと自分と同じ状況に陥っている奴を知りたくなるだろうと。
俯き気味だった顔を意を決して上げるとそこには目を見開いた兼也の表情が写った。
「田辺裕太……お前タガメじゃねえか」
「タ、タガメ? 」
「今更気付いたのかよ……まあいじめの加害者なんて自分のやったこととか覚えてないって聞くし俺の顔なんてはっきりと覚えてないのが普通か」
「…………」
裕太の言葉に兼也は何も言い返せない。
「あの時は俺の言葉に耳を貸したこともなかったのにな。都合のいいやつだよお前は……」
「…………」
弥生も愛も何も言葉をはさめない。裕太は震える体を必死に抑えながら口調だけは落ち着けて兼也に思いの丈を淡々と述べる。
「……あの時はすまなかった。で、済むようなことじゃないのはわかってる。こうやって今クラスで差別を受けてなかったら今も俺はあの時と同じだった。いじめられる方が悪い、いじめられるような性格でいじめられるようなステータスでいじめられるような容姿な奴が悪いって……だけどお前の、いじめられる側になって色々俺なりにやってみたけど、どうしようもならないことってあるんだな。あまりにも理不尽だよな……」
「今更だな。それにこれは理不尽っていわないんじゃないか。いじめられる側の気持ちも省みないで好き勝手やったお前と自分を取り繕って人の上に立つことだけしか頭になかった俺——裁きを受けて当然だ……先生にも頼まれてたけど俺はお前を救う気はサラサラねえ、帰れよ。もう……」
「……わかった。そうだよな、虫が良すぎるよな。ありがとう、それだけ知れただけでよかった」
「兼也君ほんとうにいいの? 」
「ああ、時間取らせて悪かった」
軽く会釈をすると兼也は部室を後にした。静寂が三人を包み込んだ。
「俺も、もう帰るわ」
いてもたってもいられなくなった裕太は返事も聞かずに部室を足早に飛び出した。
二人は残って話し合いを続けるのだろうか……。振り返りたい気持ちはやまやまだがそれでも脇目も振らず裕太は学校を後にする。
今日の寝つきは悪くなりそうだとまだ夕方だというのに確信した。




