10話
やっと二桁いきました。
「起立・姿勢・礼」
「「ありがとうございました! 」」
朝のホームルームが終わり裕太は先生よりも先に教室の外へ出た。
当初は威圧感を感じずにはいられなかったワタナベたちのピッタリ揃った声も弥生と愛のお陰かなんとも思わなくって来た。
教室を出るとすぐ隣の二年三組を怪しまれないよう注意を払いながら観察する。
数年前までは三組と四組の教室は繋がっていて多目的教室として使用されていたらしい。今は薄い板一枚で隔てられ掃除用具入れや鞄を入れる棚を両サイドからあてがって即席に教室を作っている状態だ。
なので教室の向きは逆でお互い背中を合わせるようにして座っている。
「裕太君どんな感じかな~? 」
裕太の後を追って弥生も足早に廊下へ出てくる。
「俺も今来たとこ。愛は? 」
「……ここ」
「うわぁ! ごめん……」
右側の弥生に気を取られ反対にいた愛に思わず驚いてしまう。
「裕太君大きな声はダメだよ~」
「おう、すまん……」
口を抑え気を取り直し観察を再開。
三組はまだホームルームは終わっておらず伊藤先生がハキハキとした声で諸連絡をしている。それを聞く生徒の顔は皆一様にけだるそうにしている。
間違いなくワタナベーションの影響であろう。生徒からかなり慕われているはずの伊藤先生のクラスとは思えない。そしてサトウたちの目はワタナベ同様に煌々と不自然に光を放っている。
「あの、どうでもいいんだけど『ワタナベーション』って苗字が渡辺だから『ワタナベーション』なんだろ? こいつら佐藤だけどそのままの呼び方でいいのか? 」
本当にどうでもいい質問であったがホームルームが終わるまでは大きな動きも見られそうにないのでまあ暇つぶしがてら聞いてみたかったのだ。
「……そうだね~でもあれじゃない? 『ワタナベーション』の上をいくかっこいいワードがないからインパクトに欠けちゃわないかな~? ややこしいし苗字が渡辺じゃなくても『ワタナベーション』に統一ってことで」
こいつやっぱ感性が独特だな……鞄に付けてる首がもげてるうさぎのキーホルダーとか誰もツッコまないのかな……
「あ、終わったの、かな」
ガラガラと音を立てながら委員長の号令に合わせ礼をしている佐藤たちは一糸の乱れもなかった。
その中にいる一人のワタナベの動きはとても目立つ。
背は裕太より少し大きいくらい、髪はツンツンとして目つきは鋭い。
ポケットに手を突っ込んだまま号令をなあなあに済ませそのままドカッと椅子に座った。
その周りには普段からなのかワタナベーションが発動しているからなのか誰も近寄りはしない。
そして裕太の嫌な予感はどうやら的中してしまったようだ。
「あっ、伊藤先生……」
愛はホームルームが終わり教室から出てきた先生に話し掛けた。
「あなたたち……昨日は、その試すようなことしてごめんなさい。ここにいるのは……気付いてくれたってことなのかしら」
やはり昨日の出席簿はわざとだったのか……。
「いえいえ、私たち救済部なんでああやってでもSOSを出してくれてよかったです」
「おい、そこどけや邪魔」
教室の中から雲行きの怪しい声が聞こえる。どうやら自分の鞄を取りに行った佐藤が一番後ろの席である兼也が邪魔で声を掛けたようだ。
ホームルームが終わり教室の人口は少なくなり、さっきまで認識すらされていなかっただろう兼也は見えるようにはなったが今度は嫌悪感により煙たがられている。
「あ? なんだその言い方」
いかにも喧嘩っ早そうな兼也はもちろん言い返すが
「渡辺君どきなよー」
「邪魔なあんたが悪いんでしょー」
「カルシウム不足かよ」
孤立無援、そこには誰一人兼也を擁護するものもいない。
「あれが、クラスでの問題ですね先生」
「そうなの……私も最初は止めたんだけどキリがなくて。本当に教師として情けない……でもあなたたち四組も同じ状況のはずなのに田辺君は最近落ち込むどころかどこか元気になったように見えるの。だからあなたたちなら——田辺君ならどうにか解決できる方法を知っているんじゃないかと思って……」
教師として、大人として伊藤先生はプライドをかなぐり捨て裕太たちに頭を下げてくれた。うちの担任にもこのくらいの器が備わっていてほしいものだが……
「先生顔を上げてください。みんなの目もあります。わかりましたこの問題救済部が一旦預かります」
「ありがとう弥生ちゃん。じゃあその私に協力できることがあればなんでもするか……お願いね」
裕太の代わりに弥生は相談を引き受けた。三人の顔を見て先生は名残惜しそうに職員室へ向かった。
「裕太君……愛ちゃん先生の頼みだし頑張ろうね! 」
「うん……が、がんばるよ」
「…………」
「ゆ、裕太君? 」
弥生と愛の言葉は聞こえていたが裕太にはそれに答える気力は正直言ってなかった。
「おい、どこ見てんだよ! 」
ぼーっと立ち尽くす裕太に居場所をなくし教室から出てきた渡辺兼也は裕太の肩にわざとぶつかりやつあたりをする。
「……ごめん」
抵抗する気力も無いままよろける裕太。
「だ、大丈夫裕太君? 」
「あ、ああ……」
伊藤先生がプライドをドブに投じてまで生徒である裕太たちに望みを託してくれた。
愛も弥生もそれに応えるべく行動を開始するつもりだろう。
「俺、今回の活動は協力できない……」
だが裕太はそんな二人の思いと同じくらいに渡辺兼也を救いたくないのだ。
ここまで来ればわかるだろうが裕太を昔いじめていた兼也は苗字こそ変わっていたがあの時と変わらないふてぶてしさで裕太の前に現れたのだ。
体の震えが止まらず、心臓の鼓動も早くなる。
「あんなやつ、救う価値ねえよ……」
二人の返事も聞かぬまま裕太は教室へと戻り自分の席へと腰を落とす。
自分の教室にこんなに早く戻りたいと思ったのは久しぶりだったかもしれない。




