病名とめろんぱん その8
「そうですか・・・いや、元気というだけでも、とても安心したよ。ありがとう、沖さん。・・・そして、柳瀬君も」
莉々ちゃんの今のところの様子を大方聞き終えると、彼は満足そうに頷いた。
いや、満足した、というよりは、納得した、という感じだろうか?莉々ちゃんが、ここでどんな風に生活しているのかを、この人は大体予想していたのだろう。大人に馴染めず、子どもには馴染めているという現状を、想定していたはずだ。その点においては、彼も「父親」ということなのだろう。娘のことを、よく分かっている。
彼が娘を追い詰めていたとは、なかなか想像できないほどに。
「知っての通り私は、あの子に、父親らしいことをしてあげられなかったからね・・・。これからもずっと、君たちがあの子の傍にいてくれるというなら、それ以上に嬉しいことはない。それだけで、私は充分だよ。君たちに言える文句なんて、一つもない」
「ずっと側にいる、ですか・・・」
と、沖さんが、少し顔を曇らせる。
ん?沖さんが難色を示すなんて、珍しい。
彼女の傍にいることに、何か問題でもあるのか?
「・・・?どうしたのかな?沖さん」
「いえ、その言葉に、どうしても反応してしまって・・・。気にしないでください。個人的なことですから」
「気にするな、と言われてもね・・・。そんな風に言われれば、どうしても気になってしまうよ。何かあったのかな?」
あなたの過去に、何か、辛い別れがあったのかな?と、機桐さんは言葉を続けた。
沖さんの過去か。そんなのは、考えたこともなかった・・・。「死なない老人」の過去というのは、一体、どんなものなのだろう?
楽しいことばかりの人生、とはいかないだろう。どちらかといえば、苦難に満ちた人生というのが想像できる。
沖さんは前に、「絶死の病」だからこその人生があると言っていた。だとすれば逆に、「絶死の病」によって、感じてしまった辛さというのもあるのだろう。
死なないからこそ、人との出会いや別れには、敏感なのだろうか?・・・考えたところで、僕にはちっとも分からないけれど。不死の人間の気持ちなんて、僕には分かるはずもない。
せいぜい、羨ましい、と思うくらいだ。
「・・・こんな奇病を患っていますからね。なかなか、思うようにはいかない人生でしたよ。ただ、このタイミングで話すようなことではないでしょう。せっかく、莉々ちゃんが元気でやっているという報告ができたというのに、雰囲気を暗くしたくはありませんからね。その話は、またいずれ」
「・・・そうかい?まあ、あなたがそう言うのならば、これ以上聞くわけにはいかないが・・・。いつか、膝を突き合わせて、二人で話してみるというのも良いかもしれないね。お互い、大変な人生ではあると思うけれど・・・。そのときを、楽しみにしているよ。沖さん」
「ええ」
私も、楽しみです。
と、彼らはお互いに微笑んだ。
それから僕たちは、小一時間ほど話をした。中には、組織のリーダーとしての情報交換もあったし、ただの雑談もあった。いずれにせよ、これで、『海沿保育園』と『シンデレラ教会』の協力態勢は、強固なものになるのだろう。いろんないざこざはあったものの、ひとまずは、お互いに和解することができたようだ。少なくとも、リーダー間での信頼関係は、築かれたように思う。
僕の疑心暗鬼も、多少は晴れたといえるだろう。
ただ、「莉々ちゃんに会っていかれますか?」という沖さんの質問に、機桐さんが「いいや、やめておくよ」と答えたのには、少し驚いた。てっきり機桐さんは、莉々ちゃんに会っていくものだと思っていたのだが・・・。
「一度会ってしまうと、どうしても、その後が寂しくなってしまうからね」
と、機桐さんは言う。
「あの子に会うのは、またの機会にしておくよ。あの子が、なんの心配もいらないくらいに成長したら、再び会うことにしよう。それまでは父親として、あの子の成長を遠くから見守ることにするさ」
だそうだ。
父親とは、そういうものなのだろうか?子どもがおらず、欲しくもないと思う僕には、分からない感覚だけれど。
「さて・・・そろそろ、お暇することにするよ」
と、機桐さんは立ち上がる。
よっぽど話し合いに満足しているのか、その顔は、いつも以上に微笑んでいた。
・・・正直、僕はほとんど蚊帳の外だったので、「長い話だったな」くらいの感想しか持てないのだが。
きっと、彼らにとっては、有意義な話し合いができたのだろう。
「何度も言ってしまうけれど、沖さん。これからも、莉々のことをよろしくお願いします。あなたにならば、安心してあの子を預けられる」
「ええ。承りましたよ」
と、沖さんは微笑む。
「あの子は必ず、私たちの手で守ります」
「ありがとう・・・。そして、柳瀬君」
と、彼は、僕の方に向き直る。
「莉々はまだまだ、成長途中の子どもだ。君たちに迷惑をかけてしまうことも、あるかもしれない。だが、あの子の『治癒過剰の病』は、きっと君たちの力になってくれるはずだ。だから、あの子が立派に成長するまでは・・・」
と、彼は言葉を切り、もう何度目か分からないお辞儀をする。
「どうか、あの子を見守ってあげてください」
その、まっすぐで純粋な思いを込めた願いには、覚えがあった。
「莉々を、私に返してください」と願ったときと変わらない、優しさに満ち溢れた声。
ああ。
彼はやはり、誰よりも娘のことを想っているのだなと、ひしひしと感じる。
僕はその願いに、真正面から応えることはできないけれど。
せめて、表面上は取り繕うとしよう。
「・・・はい」
もちろんですよ。と、僕は約束する。
決して守ることのできない約束を、する。
それが、機桐孜々との、最後の会話になる。
三日後、事務所の固定電話が鳴った。
受話器から聞こえてきたのは、草羽さんの、悲しみに満ちた声だった。
「ご当主様が・・・・・殺されました」
彼が娘に会うことは。
もう、ない。




