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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
機桐孜々のバタークッキー
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機桐孜々のバタークッキー その4


 機桐(はたぎり)()()

 嬉しそうにその名を口にする草羽(くさばね)に対し、()()は困ったような表情を浮かべる。思い出したくないほどではないが、自分からは決して話題に挙げることのない、男の名。


「私の父親か……。父は、私が小さい頃に亡くなってしまったから、あんまり覚えてはいないのだけれど――私のように、ウジウジと悩むような男ではなかったことは、確かなのだろうだね」

「そう卑屈にならないでください……。久古様も、尊敬できる面ばかりではありませんでした。私は、どちらかが父親として優れているかとか、どちらが劣っているかとか、そういった話をしたいわけではないのです」

「――すまない。どうやら自分で思っている以上に、後ろ向きになってしまっているようだ……。しかし、草羽さんが私の父親に『理想の父親像』を見出したことは本当なのだろう?きっと、草羽さんにそこまで言わせるに足る何かを、私の父親が持っていたということなのだろうね」


 ぜひ、その理想像を知りたいものだよ、と背筋を正す孜々だったが――しかし今度は、草羽が戸惑いの表情を浮かべる。


「その……いざ説明するとなると、どういった言葉であの方を表現するべきか、迷ってしまうところなのですが――そうですね……うむ」


 「どう言ったものか……」と頭を悩ませる草羽を、孜々は、期待半分、怖いもの見たさ半分で待った。

 実際、こうして草羽が「言葉に詰まる」というのは、珍しいことだった。いつもの調子の草羽ならば、さながら流れる川の如く、流暢に言葉を紡いで見せただろう――しかし、それをしない。それが、出来ない。

 何かある、と孜々は期待する。

 父親として――機桐莉々の父親としてあるべき姿が、自分の父親の中に存在していたのかもしれない。もしくは、あるべき姿そのものでなくとも、その片鱗を抱えていたのかもしれない。どちらにせよ、これから草羽が説明する理想像とは、孜々本人が目指すべきそれであるかもしれないのだ。

 でも――と、孜々は不安にも思う。

 もしも――もしもその理想像が、自分の期待とはまったく違うものだったら、どうしよう。自分の目指すべきそれと、全然かけ離れたイメージだったならば――そのときは、これまでの草羽との会話が無駄になってしまう。それが、今このときの孜々にとっては、もっとも恐れていることなのだった。せっかく自分を元気づけようとしてくれたのに、そんな結果では申し訳が立たない。何か、得るものがなければ――。


「自由」

「――ん?」

「自由な人、という表現が、あの方にはピッタリかもしれません。気まぐれ……掴みどころがない……いや、やはり、『自由』という言葉が、あの方の本質を表していると思います」

「自由――自由な親だった、ということかい?それは確かに、真面目一辺倒の親よりは良いかもしれないけれど……自由な親というのは、言い方を変えれば、自分勝手な親、ということになってしまうんじゃないのかな?」


 自由、というのは、使い勝手の良い言葉であると同時に、不安定な言葉でもある、と孜々は考える。「自由」なんて、簡単に「自分勝手」になるし、「自由」を究極的に突き詰めると、「何もしない」ということにもなってしまいかねない。


「きっと、ご当主様が今抱いている『自由』は、『自身の本能・本性に従う』という意味合いだと思われます。そういった意味合いではなく、この場合は――『何事にも縛られない』という具合に、受け取っていただきたいのです」

「『自分の本性に従うこと』と、『何事にも縛られないこと』は、まったく別物だということかい?」

「ええ。言葉遊びの揚げ足取りのようになってしまいますが……この二つの間には大きな差があると、私は考えていますよ」

「そうなのかい……?」


 孜々は、チラリと時計の方に目を向ける。これはもちろん、草羽の話から注意が逸れてしまったというわけではなく――お茶を淹れに行った、(はし)()(のど)()の身を案じての行動である。

 和香が出て行ってから、既に二十分が経過している。

 遅い……いや、この病室からキッチンまではそれなりの距離があるので、時間がかかってしまうのは仕方ないのだが――と、孜々は、視線を草羽の方へと戻す。


「……心配ですか?」

「――え?」

「お茶を淹れに行った和香さんが戻らないことを、心配されているのかと思いまして」

「それは――そうだね、心配だ。いつもなら、お茶を淹れるのにこれほどの時間はかからないと思うのだけれど……」

()()様が同じように戻らなければ、心配になりますか?」

「もちろんだよ。だからこそこの一年間、あの子を探し回ったんだ。あの子の行方が明らかになるまで、心配で心配で仕方なかった。何か酷い目に遭ってはいないか、お腹を空かせてはいないか、と――」

「しかしあの子は、無事に、平穏に過ごしておられました。どころかこの一年間で、随分と成長されていた。自分で自分の居場所を決められるほど、立派に」

「…………」

「もう少し、信用して差し上げても良いのではないでしょうか?あの子は――あの方は、非常に賢い方です。一人ですべてを成し遂げることは出来なくとも、一人で自分を守ることは出来る。そして、たとえ私たちが傍におらずとも――『海沿保育園』の方たちが、傍にいてくれている」

「……あなたは」


 孜々はその目に、鋭さを潜ませる。

 草羽に一度たりとも向けたことのない視線を――どころか、誰にも向けたことのない目で、草羽を見つめる。


「子どもが失踪しても、放っておけと言うのかな?いなくなってしまった子どもを心配するなと、そう言うのかな?放ったらかしにしておけば、それで子どもは勝手に成長すると、あなたはそう言いたいのかな?」

「いいえ」


 静かに。

 草羽は、首を横に振る。


「子どもが失踪したならば、全力で探すべきです。いなくなった子どもは、心の底から心配しなければなりませんし、放ったらかしにするなど以ての外です。それに、勝手に成長できるほど、子どもは器用ではありません」


 「しかし、ですね」と、草羽は微笑む。


「だからといって、()()()()のは違う。『自由』=『何でもしていい』、ではないように、『子どもを守る』=『子どもを縛る』、ではないのです。小さな自由と大きな信頼を与えてあげましょう、ご当主様。莉々様が間違えたとき――本当の意味で道を誤ったとき。その時こそ、私たちが全力を尽くして、莉々様を正しい道へと戻してあげましょう。久古様が、そんな父親であったように」

「……『何事にも縛られないこと』、は」


 今度は視線を少し上に向けながら、孜々は呟くように言う。


「『何事においても縛らないこと』が、前提になるということなのかな」

「その通り、です」


 拍手こそしなかったものの、孜々のその答えに、草羽の表情は(ほころ)んだ。


「誰かを自分に縛り付けるということは、自分を誰かに縛り付けるということですよ。自分が自由でありたいのならば、まず他人を自由にしてあげなければならない。自分の本性に従っているだけでは、決して――絶対に、本当の意味での自由は、手に入りませんよ」


 「もっとも、たった一人で自由になりたい、なんて、寂しいことを言うのならば別ですが」と、草羽は最後に付け加える。

 孜々は、少し不満げに口を尖らせながら、草羽に応じる。


「……随分と回りくどいじゃないか。それならそうと、最初から言ってよ――草羽おじさん」

「自分で考えなければ、成長には繋がりませんよ――孜々坊ちゃま」


 顔を見合わせた二人は――クスリと、笑みを漏らした。

 お互い、頑固で。

 お互い、口下手だな――そんなことを、思いながら。


「ちょっと!草羽さん!」


 病室の扉が、思い切り開かれる。

 そこに現れたのは――隠すことなく不満を露わにした、端場和香だった。


「新茶の葉なんて、どこにもないじゃないですか!三十分くらいかけて何度も何度も探したのに……自分の探し方が悪いのかと不安になって、一生懸命探したというのに――全然!まったく!どこにも、新茶なんて……おや?どうされました?ご当主様。そんなに愉快そうに笑って――体調は、もう大丈夫なのですか?」

「――ああ、大丈夫だよ。草羽さんの冗談に、不覚にも笑ってしまっただけだからね。それと……莉々のことはしばらく、『海沿(かいえん)保育園』の皆さんに預けることにする」

「?……それで、良いのですか?」

「ああ。ひとまずは、それでいいんだ」


 私も、少しは成長することにしよう――少し落ち着きを取り戻した孜々は、そんなことを思った。

 随分と遅くなってしまったが……そろそろ本格的に、子離れをする時のようだ。


「さて――落ち着いたことだし、新茶の葉でも買いに行こうか」

「いや、体調が戻ったのなら、仕事をしましょう。ご当主様」


 機桐孜々の成長は、これからである。

 

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