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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
西向井由未のバースデーケーキ
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西向井由未のバースデーケーキ その3

 

 その言葉に動揺した私は初めて、返ってきたボールをポロリと掴み損ねた――りはしなかった。今回もしっかりとボールを受け取り、投げ返す。


「……なーんだ。早く言ってよー」

 

 平然と微笑みながら、私は言う。


「ごめんね、よっしー。でも私、知りたかったんだ」


 ボールは――返ってはこなかった。

 ユミちゃんはもう、私の投げたボールを受け取らなかった。行き場のなくなったボールは小さくバウンドしながら転がり、テニスコートを囲むフェンスまで到達すると、動きを止めた。


「保育園からの幼馴染の私を、よっしーがどう思ってるか、知りたかったんだ」

「…………」

「これっぽっちも、興味なんてないんだね。幼馴染だろうと誰だろうと、よっしーにとっては、一人のクラスメイトでしかないんだね。部活の話なんてもう何回したかも分からないのに、よっしーは覚えてない。こうしてキャッチボールしてても、よっしーはほとんど自分から話そうとしない。死んだ目で、当たり障りのない回答をして、それで終わり。なんにも、話す気なんてない」

「えっと――ごめんね、ユミちゃん。そんなつもりはなかったんだけど……」


 面倒くさい、と私は辟易(へきえき)する。

 この子、こんなに面倒くさいことを言う人だったっけ?そんなどうでもいいことを――話さなくてもいいことを、話しちゃうような子だったっけ?

 幼馴染だから、何?

 だから何なの?

 いいじゃんそんなこと……どうでもいいじゃん、そんなこと。

 それ、今話さなきゃいけないようなこと?


「謝らないで、よっしー。ダメダメ、謝っちゃダメだよー」


 フェンスのところまで転がっていったボールを拾うため、こちらに背を向けながらも、ユミちゃんは話し続ける。


「私ねー!嬉しいの!よっしーがそういう人でいてくれて――全然、私に興味を示さないでいてくれて、嬉しいんだよー!」


 後ろを向きながらでは流石に声が通らないと判断したのか、ユミちゃんは少しだけ声を大きくする。

 嬉しい?

 ユミちゃんのその意外な言葉に、今度こそ私は動揺する。

 ずっと――ずっとずっと、隠さなければと思っていた。このひねくれた性格を、冷めきった感情を、誰にも興味を示すことが出来ない性質(たち)を。

 「普通の女子中学生」であるために。

 みんなと一緒に、みんなに溶け込めるように。

 はぐれ者になるのは――仲間外れになるのは怖かったから。当たり前だけれど、異質な人間になるということは、他人を遠ざけるということだ。他人を遠ざけたらどうなるかは、子供でも知っている。

 私のような子供でも、知っている。


「ねぇ、よっしー。私たち、親友になれると思うの」

「…………」


 ボールを拾った、フェンスギリギリのその位置から、ユミちゃんはボールを放った。先ほどよりも距離が離れているのに、放たれたボールは途中でバウンドすることなく、私のもとへと届く。なんとかキャッチ出来たものの、今度は、すぐに投げ返すことは出来なかった。ボールと共に発せられたセリフに、私の体は固まる。

 「親友になれると思うの」、だって?

 そんな、少女漫画だか少年漫画だかに出てきそうなセリフを、よくもまあ笑顔で言えるものだ。それに......。


「親友って?どういうこと?本音も何もかも全部さらけ出して、お互いに素の自分になって、友達やろうってこと?それは……それはちょっと難しいんじゃないかな?ほら、お互い隠したいこととか、秘密とか、あると思うし――」


 自分の話し方が早口になってしまっているのが、嫌でも分かってしまう。テニスボールに、汗が滲む。ギュッと握りしめ過ぎて、手が震えてしまいそうだ。

 この子が何を言いたいのか、分からない。正体不明の威圧感に襲われ、縮こまってしまいそうになる。


「そうじゃないよー」


 と、ユミちゃんは余裕そうに微笑む。

 緊張している私とは裏腹に。


「お互いのことを、全然知らない親友になるの」


 静かに。

 あくまでも静かに、ユミちゃんはゆったりと語る。


「都合の良いだけの友達。都合の良い話題だけを話して、好きなように笑って、好きなように怒って、好きなように泣いて――相手のことなんて全然考えなくていい友達になるの。相手の事情とか本音とかを、まったく考慮しなくていい交友関係。相手を怒らせようと、悲しませようと、少しも気にしなくていい。『この人のことはどうでもいい』って思ってることを、お互いに最初から認識した上で、友達をやるの。これって、最高の関係性だと思わない?こういう友達が一人でもいたら――傷つけてもいい友達』が一人でもいたら、もっと生活が充実すると思うでしょー?」


 「わ、私は……」と口を開いたものの、それ以上、私は何も喋ることが出来なかった。

 この子、そんなことを考えていたの?

 私は、自分を立派な奴だと思ったことは一度もないけれど、同時に、自分の性格を最低だと思ったことも一度もなかった。ひねくれ切った自分の性格を、心の隅っこの方では、「他人と違っていて、なんだかカッコいい」と、感じてしまっていたんだと思う。そんな自分を、否定しきれないでいたんだと思う。

 なんて――なんてつまらない、上っ面だけの人間だったのだろう。

 結局私は、表も裏も、内も外も、最低な人間だったのだ。考えるのをやめて、自分を認めることから逃げて、人と接することを避けて……何もかも、サボっていただけだった。

 分かっていた。

 分かって、いたのに……。


「そんなの――そんな友達、私は要らないよ……」


 なけなしの意思を振り絞って、私は口を開く。

 往生際悪く、ただただ自分のプライドを守るためだけに、反発する。


「どうしてー?」


 不思議そうに、相変わらず微笑みながら、ユミちゃんは首を傾げる。あたかもこの会話が、まるで違和感のない、当たり前のそれであるかのように。


「多分それって、よっしーが一番望んでる関係性なんじゃないかな?よっしーの行動見てると、そんな感じするんだけど。『傷つけてもいい友達』――『何をしたっていい友達』が欲しいなーって。うーん……私の勘違いかな?」

「勘違い、だよ……。そんなの……」


 そんなの、望んでない。

 というか、何も望んでない……だけどきっと私の行動は、そういう風に見えていたのだ。望む望まないに関わらず、私はそういう人間だと、暗に示してしまった。

 学校という戦場での生き方を。

 私は……どこかで間違えてしまっていた。

 取り返しのつかない、間違いを。

 ……この子がいたから。こんな子がいたから。こんな子と接してしまったから。こんな奴と、キャッチボールなんてしてしまったから。私は……。


「何をしたっていいの?」

「うん。もちろん」

「怒鳴っても、悲しませてもいいの?」

「もちろんもちろん」

「殴っても、蹴ってもいいの?」

「そーだよー」


 「もちろん」、と彼女は続ける。


「殺したって、いいんだよー」


 「そう」と、私は頷いた。

 私はボールを投げた。何気なく、無表情に、何も意識することなく、すべての思考を停止させて、私はボールを放った。彼女に向かって。

 そうして。


 土門(つちかど)()()の頭は、破裂した。

 

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