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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
第3章 ねむれねむれ
67/79

病名とめろんぱん その67

 

 ああ、そうか・・・そういうことか。

 あんな暗号めいた手紙を書いてまで僕をここに呼び出した理由が、ようやく分かった。

 『白縫(しらぬい)大病院』のデータベースを覗いても手に入らなかった『(ねむ)()症候群』に関する情報を、僕から直接聞き出すためだったのだ。(ほたる)()()()に関する一件が落ち着いたことを機に・・・・・もしくは、彼女が『白縫大病院』に移されることになったのを機に、彼女の『(やまい)』を・・・。

 ・・・彼女の『病』を?

 彼女の『病』に関する情報を知ったところで、一体どうするつもりなんだ?

 彼女の一件の落着と、『白縫大病院』への移動は、ご自慢の情報収集能力で知り得たのだとしても・・・そこまでして『眠り子症候群』の詳細を知ろうとする理由は何なんだ?


「・・・知って、どうするんです?」

「うん?」

「『眠り子症候群』の情報を、何に利用するつもりなんです?」

「秘密」


 と、()()(おり)さんの回答はシンプルだった。

 まあ・・・確かに、そんなことを僕に教える義理はどこにもない。知り得た情報をどのように使うかなんて、その人の自由なのだから。たとえそれが、『白羽(しらはね)病院』にとって最も守らなければならない、患者のプライバシーだったとしても。


「君に危害を与えるような使い方はしないから、その辺の心配は要らないと思うけれどねぇ・・・。それとも、自分の生死に関わる『病』を知ることよりも、『白羽病院』の患者を守ることの方が大事かい?」


 またしても氷田織さんは、不快な笑みを浮かべる。

 こちらの心情を見透かすかのように、笑う。


「君に限って、そんなことはないよねぇ?どういう判断を下すのが正解か、君なら一瞬で判断できると思うけれど・・・・・『眠り子症候群』の患者との邂逅(かいこう)が、君の判断力を鈍らせてしまったのかな?」


 ニヤニヤと笑う氷田織さんに、段々と逃げ場を奪われていくのを感じる。揺さぶりをかけてきているのだろう。間違いなく。

 もちろん僕には、蛍井火乃を庇う義理はない。彼女の情報を手渡すことで自らの『病』に関する情報が手に入るならば、氷田織さんの言う通り、下すべき判断は簡単なのだ。もしも、情報を流したことを()()()院長や風増(かざまし)副院長に知られてしまったら、というリスクはあるものの、情報の漏れどころはいくらだってあるはずだ。巨大組織である『白縫グループ』の中から、情報の流出源を僕に絞るのは、相当難しいだろう。

 ただし。


「お断りします。僕は『眠り子症候群』の情報を、教えるつもりはありません」

「・・・・・へぇ」


 と、氷田織さんは、ますます楽しそうに笑う。


「何故だい?その患者に、情でも移ったかい?いや、君みたいな奴が、自分以外の相手に情なんて向けるわけがないか・・・・・あの小さな院長様に、口止めでもされたのかい?」

「いえ、もっとシンプルな理由です」


 非常に単純で、分かりやすい理由だ。

 きっと、白縫(しょう)(いち)(ろう)の思惑よりも、(はま)()(しゅう)()の思惑よりも、木場木(なぐさ)の思惑よりも、氷田織(ほとり)の思惑よりも、もっともっと分かりやすい。

 なんのひねりもない思考に基づく、易しい理由。


「僕は、あなたを信用していない」


 きっぱりと言い放つ。


「あなたの言葉は、大体が嘘だ」

「・・・・・あっそ」


 と、氷田織さんは立ち上がる。

 特に怒っている様子はない。まるで、こうして僕に断われるのは想定済みだとでも言わんばかりに、落ち着いた動作で服装を整えた。


「じゃ、またね。(やな)(せ)瀬君。生きてたら、またどこかで会おう」

「僕は、二度と会わないことを願っていますよ」

「どこかで死ぬってことかい?」

「死にませんよ。生き抜きます」

「そうかい」

「そうです」


 それだけを言い残し、氷田織さんはレトロブレッドを後にした。

 ポストカード大の紙を、テーブルの上に残したまま。


「・・・・・・・・はぁ」


 ついでに、例の西(にし)(むか)()(よし)()さんとやらのことも聞こうと思ったけれど・・・完全にタイミングを(いっ)してしまった。氷田織さんの言う「またの機会」があれば、質問することにしよう。

 なんだか、妙に疲れた。それほど長く会話をしたわけではないし、危険な命のやりとりをしたわけでもない。病院で木場木院長に休暇を言い渡され、マンションに戻った後は、ずっと惰眠を貪っていたのだけれど・・・・・この奇妙な疲労感はなんなのだろう。

 買ってはみたものの、一口もつけていなかったあんぱんを頬張ると、優しい甘さが口の中に広がる。メニューに牛乳がないのが少し残念だけれど、このあんぱんの絶妙な美味しさは、僕の疲労感を癒すには充分すぎるほどだった。

 生きるということに、疲れる。

 いつかどこかで、誰かと話し合った話題だった。一体どこで話したのか、誰と話し合ったのかはすっかり忘れてしまったけれど、確かに語り合った話題だった。生きるのに疲れた人間は、どうすれば幸せになれるのか。生きることよりも死ぬことの方が幸せな時が、あるのかどうか。

 僕は、しかし今は、そのことについて考えるのはやめた。

 これまた単純で怠惰な理由によって、僕の思考回路は阻まれた。

 こんなものは非常に馬鹿馬鹿しくて、青臭い話題だ。考えたところで意味はなく、結論が出たところでなんの価値もない話題だ。そうして、話題そのものを見下すことで僕の思考はストップし、きっとそのうち、こんな話題を考えたこと自体を忘れるだろう。生きるために生きているという僕のスタンスは、今日も明日も変わらず、きっと永遠に変化しないのだろう。何も求めずにただ生きることほど・・・・・すべてに満足して、すべてを許して無気力に生きることほど、楽で幸せな生き方はないのだから。


 心地良い風が吹く。


 表も裏も真っ白な紙が、どこか知らない場所へと、遠く遠く・・・・・。


 どこまでも遠く、飛ばされていった。



                                 病名とめろんぱん〈完〉     

 

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