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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
第3章 ねむれねむれ
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病名とめろんぱん その65


「はい、これで終了。約束通り、質問に答えたわよ。これで満足なはずでしょう?」


 ()()()院長がパン!と手を叩くと、張り詰めていた緊張感が少しだけ和らいでいくような気がした。

 これで終了。

 こうして廊下で(たたず)むのも。

 木場木院長に質問をするのも。

 そして、(ほたる)()()()に関する一連の事件も・・・事件とも言えない、一瞬のうちに過ぎていった夢も。

 これで終わり。

 壁も隔たりもない、思い込みでしかない一区切りが、ここに刻まれた。


「君、今日はゆっくり休みなさい。『(ねむ)()症候群』から解放されたとはいえ・・・あの夢の世界じゃ、充分に休めてはいないだろうし。院長が直々に、特別休暇を与えてあげるわ。()(ばら)室長にも、私から伝えておく」

「・・・そりゃ、至れり尽くせりなことで。ありがとうございます」


 「あの夢の世界」というのが引っかかるけれど、ここは素直に頷いておくことにした。廊下の壁掛け時計を確認すると、時刻は朝の十時。どうやらほとんど丸一日、僕は病室で眠ってしまっていたらしい・・・もちろん、今さら出勤したところで遅刻は免れる(すべ)はないので、休暇をありがたく受け取っておくのは、間違った判断ではないだろう。


「それに君には、大事な予定があるみたいだしね」

「?・・・大事な予定?」

「これ」


 と、彼女が差し出してきたのは、一通の青色の封筒だった。宛先は「(やな)()(ゆう)」と書かれているが、差出人の名前はない。すでに封は切られているものの、中にはきちんと折り畳まれた手紙が入っているようだ。ふと思い出すのは、『白縫(しらぬい)病院』を訪れるために泊まったホテルで、差出人不明の手紙を見つけたときのことである。・・・・・もしや、またしても(はま)()(しゅう)()院長からの手紙だろうか?


「・・・中身、読んだんですか?」

「もちろんよ。差出人不明の怪しい手紙なんて、そのまま宛先の人間のもとに素通りさせられるわけないじゃない。悪いけれど、院長権限で先に読ませてもらったわ」

「酷い話ですね。ラブレターとかだったら、どうするつもりだったんですか?」

「あはは。君、そんな面白い冗談も言えるのね。面白すぎて、逆に不愉快だわ」


 彼女は本気で不快であるかのように、笑顔を崩さないようにしながらも、眉間にシワを寄せた。

 まあ・・・僕だって、本気でラブレターをもらえると思っているわけではない。この業界に関わって以来、受け取ったのは、予告状と(くだん)の手紙だけだ。


「・・・というか、この手紙、いつ受け取ったんですか?僕が眠ったあと、ずっとこの病室にいたはずでは?」

「まさか。そんなわけないじゃない。私だって人間よ?食べたり休んだりするわよ」


 ・・・それもそうか。考えてもみれば、丸一日中この病室内で、僕らの傍らに立っていろと言う方が無茶だろう。


「たまに、ご飯食べたり、寝たり、歯磨きしたり、寝たり、おやつ食べたり、寝たりしたわよ」


 ・・・・・とりあえず、たくさん寝たらしい。

 体を痛めている割に、眠そうな素振りを見せないのはそのせいか。


「その休息の合間に、風増から、君宛ての手紙を受け取っただけよ。『今日も可愛いですね、院長。素晴らしい。やはり仕事は、院長の顔を見てからでないと、手につきませんね・・・・・いやはや、本当にお美しい。あ、どうでもいいことですが、柳瀬さん宛てに手紙が届いていましたよ』ってね。今日もおめでたい頭をしているようね、あいつは」


 吐き捨てるように言い放つ木場木院長の様子を見るに、風増(かざまし)副院長のことを気に入っているのは、「もう一人」の木場木院長のようだ。

 確かに、そこまで褒め称えられてしまうと、さすがに気持ち悪い。

 というか、ただただ純粋に気持ちが悪い。


「それ、物理的に危険な手紙ではないから、安心しなさい。精神的に危険かどうかは・・・君の判断に任せるわ」


 そんなことを言われてしまうと、読む気が失せてしまうけれど・・・しかし、読んでみなければ始まらない。ここで僕が読まなかったとしても、木場木院長はすでに内容を知っているし、最悪、風増さんも知っている可能性がある。彼女らに下手に動かれるよりは、さっさと事情を把握して、自分から動いた方が良いだろう。

 手紙を開くと、文章は非常にシンプルだった。

 シンプルで・・・それ故に、正体不明の不気味さが這い寄ってくるのを感じる。


『ケッセンノシンデレラ。

 フルキヨキパン。

 グローブ。』


「・・・どういう意味なんですかね、これ」

「さあ?それを知りたかったから、わざわざご親切に、君に手紙を渡してあげたのよ。それを書いた人間だって、君が理解できると思ったから、暗号なんてものを(したた)めたんでしょう?」


 「やれやれ」とばかりに、彼女は首を横に振る。

 そんな風に呆れ顔をされても、分からないものは分からないのだから仕方がない。所々に引っかかるキーワードは見当たるけれど、結局、「だから何なんだ?」という感じだ。

 何が言いたいのか、何を伝えたいのか、全然理解できない。


「それに・・・何一つ、からっきし分からないということはないでしょう?」

「と、言うと?」

「この手紙が送られてきたタイミングよ。何故、この朝に・・・・・君が『眠り子症候群』から解放されたというおめでたいタイミングに、こんな意味不明な手紙を届けたのかしら?」


 言いたいことは・・・まあ、分かる。

 確かに、からっきし分からないということはない。こうしてタイミングが重なったのは、もちろん偶然であるわけがないだろう。つまり差出人は、『眠り子症候群』を知る「誰か」であり、この一件がひとまずの落着を迎えたという情報を知り得る手段を持つ「誰か」であり、この『白羽(しらはね)病院』の外部から、僕に関わろうとしている「誰か」であるということだ。

 もしくは。

 すでに僕に関わっている、誰か。


「分かっているんでしょう?本当は。これの差出人が、一体誰なのか」


 彼女はまるで、すべてを知り遂げた探偵であるかのように、余裕そうな笑みを浮かべる。木場木院長が探偵だとすれば、犯人役は僕か?いやいや・・・せめて、巻き込まれた共犯者くらいに留めておいてほしいものだ。


「分かりませんよ。さっぱり」


 今度は、こちらが首を振る番だ。


「それに、情報を外に流しているのか?とか、外部に協力者がいるのか?なんて疑っているのなら、それは的外れというものですよ。僕に協力者がいたことなんて、一度もありません」

「ああそう。寂しい人ね」


 雑に言い放ち、彼女はクルリと背中を向けた。


「やめやめ。こういう駆け引きは、やっぱり苦手だわ。好きなように解釈して、好きなように動きなさいな」

「・・・随分とあっさりしてますね」

「あっさりもするわよ、そりゃ。とりあえず今は、君に期待することにしておくわ。大人しく従順に仕事をしてくれていれば、それで満足よ」


 「ただ・・・」と、彼女はもう一度こちらを振り向く。

 先ほどとはうって変わって、満面の笑みを浮かべながら。


「ここの患者や職員を利用しようなんて考えてるなら、許さないからねっ!柳瀬優くん!」


 パタパタと、大袈裟なほどに足音を鳴らしながら駆けて行く木場木院長の後ろ姿には、さっきまでの真面目で落ち着いた雰囲気は微塵も残っていなかった。


(『()(じゅう)(のう)の病』・・・ね)


 もちろん、利用しようなんて考えてはいない。

 手紙をもう一度見直しながら、僕は考える。

 あなたたちが僕を利用しようとしない限り。

 僕は、あなたたちを障害としか見なしていない。


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