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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
第3章 ねむれねむれ
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病名とめろんぱん その62

 

 永遠の幸せではない。

 多分・・・・・彼女は、分かっているのだろう。こうして、夢の世界での生活を続けていればどうなるのか、他人を幸せへと導き続けた先に、何が待っているのか・・・・・気付いていながらも、彼女はこの十年間、夢の世界に居続けていたのだから。、


(ほたる)()さん」

「ええ・・・分かっています。私はいつか、処分されてしまうでしょう」


 空っぽになったティーカップを見つめながら、彼女は呟く。

 「処分」という言い方は、少々直接的すぎると思うけれど・・・・・しかし、それは紛れもない事実だろう。

 いくら『白縫(しらぬい)グループ』が『(やまい)()ち』の人間の命を最優先にする組織であるとは言っても、限度はあるはずだ。これからも『病持ち』の人間が現れ続ける限り、その患者を(かくま)う場所はさらに必要となる。一向に回復の見込みがなければ、蛍井さんにはいつか、あの病室を明け渡さなければならないときが来るだろう。

 特に彼女は、『眠り子症候群』という格別に危険な『(やまい)』の持ち主である。今の状況でさえ、彼女の『病』は『白羽(しらはね)病院』の手に余っているのだから、彼女がこれからも他人を夢の世界に誘い続ける限り・・・・・つまり、死にたがりの人間を殺し続ける限り、処分の優先度は上がっていってしまうだろう。

 一年後か、一か月後か、それとも明日か。

 彼女自身が死ぬのは、時間の問題だ。


「それは、受け入れているつもりです。現実でも夢でも、いつかは死ななければならないという事実が同じならば・・・・・私はここにいることを選びます。多少、寿命が短くなるとしても、幸せであることを優先したいのです」

「君が死んでしまったら、それぞれの夢の世界に消えていった人たちはどうなるんだい?医師や、君の両親は?」

「それは・・・私にも分かりません。私が死んだり、現実に戻ったりした場合にあの人たちがどうなるのかまでは、さすがに把握できないのです・・・・・・それでもあの人たちは、幸せになることを選びました」


 夢を見続けることを。

 有限の幸せを掴むことを、選んだのです。


「・・・・・そうかい」


 もう一口紅茶を飲もうと思ったものの、すでに僕のティーカップも空になっていた。

 ・・・そろそろ、終わりが近づいてきたということなのかもしれない。

 残念、という気持ちがないわけではないのだ。「誰かに邪魔されずに、夢の世界で永遠に過ごす」ということが不可能だと分かって、残念だという気持ちは確かにある。

 考えてみれば、ここが僕の見ている夢であるというのも、勝手な思い込みだった。きっとここは、彼女が十年間見続けている夢の中なのだろう。「自分だけの幸せな夢の世界」へと旅立つ前の、ほんの中間地点にすぎないということだ。たとえ空模様が僕の精神状態を反映しているとしても、この夢そのものが僕のものである必要はない・・・・・僕の機嫌や表情を見て、それを空模様に反映することなら、夢の世界の住人である彼女には可能だろう。

 僕もまた、誘われた側の人間であるということだ。

 死にたがりではなくとも、生きることには疲れていた。

 彼女にとって、「見ていられない」人間だった。


「ごちそうさま」


 僕はティーカップを切り株の上に置き、立ち上がった。随分と長い間話し込んでいたせいか、体が少し固まってしまったようだ。

 グッと、伸びをする。

 夢の世界でも緊張してしまっていては、彼女も報われない。


「お粗末様でした」


 ティーカップを回収しながら、彼女も立ち上がる。先ほどまでとはうって変わって、いつも通りの幸せそうな笑顔が、そこにはあった。


「一応聞いておきますけれど、これからも夢の世界で過ごす気はありませんか?私と一緒に・・・というのは無理でも、(やな)()さんならきっと、夢の世界で幸せになれると・・・」

「過ごす気は、ないよ」


 と、僕は即答する。


「たとえ今日、最高の幸せが手に入るとしても、明日死んでしまうのなら、そんな幸せは要らない。死ぬことは僕にとって、最高の不幸だからね」


 得体の知れない夢の世界に、住民票を移すことは出来ない。

 幸せな夢を見て死ぬよりも、苦しい現実を生きることにしよう。たとえそれが、地獄のような現実であったとしても。


「そこそこの不幸に(まみ)れながらでも、僕は生きていたいと思うよ」

「そう・・・ですか。ちょっと、残念です」


 本当に残念そうに、彼女はしょんぼりと肩を(すく)めた。


「私は・・・出来ることならあなたと、もっとお話がしたかったです」

「僕とこれ以上話をしたって、ろくなことないよ・・・・・でも、蛍井さん」


 ありがとう。

 このときばかりは素直に、感謝の言葉を伝えた。


「君のおかげで、現実ではあり得ない自分の感情と向き合うことが出来た気がする。君とのお茶も会話も、楽しかった。きっと、これから生きていく先では、こんな感情を持つことはないと思うよ」


 気のせいでも、気の迷いでもなかったのだ。

 この夢の世界で感じた「幸せ」は、紛れもなく本物だった。たとえ現実世界では忘れてしまう幸せであっても、消え失せてしまう幸せであっても、確かに彼女はこの場所で、多くの人間を幸せにし続けている。

 かけがえのない幸せなひとときが、ここにはあるのだ。


「・・・もしも」


 と、ティーカップを片付けながら、彼女は言った。


「もしも私が夢から醒めるようなことがあれば、そのときは、よろしくお願いしますね」

「どうかな・・・現実の僕は、夢の中で君に会ったことを覚えてはいないんだろう?」

「ええ。でも・・・」


 段々と、風景が変化していく。

 豊かな緑色の葉が生い茂っていた木々はすべて、枯れ果ててやせ細った枝へと変わっていく。清らかな水の湧いていた泉は、どろどろとした小汚い泥沼へと変貌し、天井を覆っていた満天の星空は、土砂降りの雨模様となった。花々や草原はひび割れた大地と化し、所々に動物の死骸が転がっている。

 特等席の大きな切り株は、腐りかけの小さな木製の椅子となり。

 彼女が大切にしていたティーカップは、なんの飾り気もない、欠けたプラスチックのコップとなった。

 そう・・・これが、現実というやつだ。

 ようやく、夢から醒めるときが来たらしい。


「でも、きっと」


 ボロボロの患者衣を(まと)い、立ち上がることすらままならない女性は、今にも消え入りそうなしわがれた声を振り絞って、言った。


「きっと私は・・・・・覚えていますから」

 


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