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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
第3章 ねむれねむれ
57/79

病名とめろんぱん その57


「いらっしゃいませ、(やな)()さん」

「どうも・・・・・(ほたる)()さん」


 この一週間ですっかり、夢の中で蛍井さんと会うのにも慣れてしまった。こうして彼女が迎えてくれる度に、ホッとしている自分がいる。彼女に会うために、毎日を生きているという気さえしてくる・・・いや、これも、夢の世界で抱く幻想か何かだろうか?

 誰かと会いたいだなんて、誰かと話したいだなんて。

 現実の僕が、考えるはずもないのだから。


「今日の飲み物のご所望はなんですか?アールグレイが良いでしょうか?ほうじ茶が良いでしょうか?それとも、ブラックコーヒー?たまには、アルコールにしましょうか?」


 悪戯っぽく笑いながら、彼女は提案する。


「柳瀬さん、ビールや日本酒は苦手のようですね・・・・・カクテルやワインも、お望みとあらばお出し致しますよ」

「ありがとう。とりあえず、コーヒーをもらえるかな?」

「かしこまりました」


 天使のような笑顔を浮かべながら、コーヒー豆を挽き始める蛍井さん。本格的だ。挽き立てのコーヒー豆から抽出するコーヒーほど、美味しいものはない。

 アールグレイにほうじ茶、コーヒーに、カクテルやワイン。いずれも、僕の好みの飲み物だ。ビールや日本酒が苦手だというのも図星だし・・・・・僕の夢の中だけあって、彼女は僕の好みをきっちりと把握しているらしい。


「ふふっ・・・」


 と、不意に、彼女が笑い声を上げる。


「?・・・・・何だい?」

「いえ・・・そうして、切り株に腰を下ろす姿も、段々と板についてきたなぁと思いまして」

「・・・この切り株も、座り慣れてみれば、なんだか心地良いもんだよ」


 座るだけでは飽き足らず、ゴロンと寝転んでみる。頭上には、キラキラと輝く満点の星空が見えた。どうやらこの夢の世界では、気まぐれに空模様が変わるらしい。太陽がサンサンと輝く晴天のときもあれば、夕暮れ時のときもある。かと思えば、今にも雨が降り出しそうな曇り空のときもあるのだ。


「綺麗な星空だね」

「ええ、とても」


 と、蛍井さんがゆったりと頷く。


「ここの空模様は、柳瀬さんの精神状態を表しているのですよ」


 挽き終わったコーヒー豆をドリッパーに移しながら、蛍井さんは言った。いよいよ、コーヒーを淹れ始めるようだ。


「ふーん・・・だとすれば、ここの空模様は、曇り空一色になりそうなもんだけれどね」

「そうおっしゃらないでください。感情が表に出にくい柳瀬さんも、心の奥底には、様々な感情が眠っているということですよ。明るいだけの人はいない、暗いだけの人もいない。もちろん、完全に無感情な人もいない。人の感情とは、難儀なものですね」

「・・・この前は、人間なんて、ボンヤリとしていて曖昧なものだ。みたいな話をしていなかったっけ?」

「ええ。ボンヤリとしていて曖昧で・・・・・ハッキリとした形がないからこそ、人間という生き物は、難しいものなのです」

「そうかい・・・」

「そうなのですよ・・・ほら、コーヒー、入りましたよ」

「どうも」


 彼女からカップを受け取り、早速口をつける。

 うん、このちょうど良い苦みと、強すぎない酸味・・・・・僕好みのドリップコーヒーだ。少し年期の入ったような木製のカップが、コーヒーの美味しさを更に引き立てている。


「美味しいね、このコーヒー」

「ありがとうございます。柳瀬さんは、少し苦味が強くて、酸味は控えめなコーヒーが好みみたいですね」


 まるで見透かしたかのように、彼女は言った。まるで心を読まれているみたいだ・・・・・いや、同じ夢の中にいるのだから、言ってしまえば頭の中を覗かれているのと、大差がないのか。


「僕の夢の世界じゃ、僕の考えていることなんて、丸分かりってことかい?」

「まさか。私が分かるのは、あなたが考えていることの、ほんの一部分だけですよ。思考を全部把握するなんて、私には到底不可能な芸当です」

「それくらいで丁度良いよ。僕の知り合いに、相手の考えを完璧に読む変人がいたけれど・・・不気味で不気味で仕方なかった」

「ふふっ・・・その方に、随分と苦労をかけられてしまったようですね」

「ああ。出来れば、もう二度と再会したくないんだけれどね」


 僕が『海沿(かいえん)保育園』から逃げ出そうとすれば、殺すとまで言っていた彼女だ・・・このまま会わずに済む、なんてことはないのだろう。不可抗力とはいえ、僕が『海沿保育園』を抜け出した以上、地の果てまでも僕を追いかけてきて、殺そうとするかもしれない。

 ・・・なんだか、考えると怖くなってきた。

 ブルブルだ。


(・・・・・・・)


 そう考えると、この夢の世界で永遠に過ごすというのも、悪くないのかもしれない。現実世界でのしがらみをすべて捨てて、誰にも邪魔されないこの世界で、何も心配せずに、ゆったりとした時間を過ごす。まるで老後のようだが、これはこれで有りだろう。

 もちろん、そんなことが可能ならば、という話だが。

 彼女の方を見ると、彼女もまた、こちらの方に視線を向けていた。聞かれるべき質問を待っているかのように・・・・・否、何かを聞かれることを期待しているかのような視線をこちらに向けながら、微笑みを浮かべていた。

 この人は一体、何を待っているのだ?

 何を、期待している?

 僕に、何を望んで・・・・この夢の中で、何を懇願し、何に縋ろうと・・・。


「蛍井()()さん」


 と、僕は呼びかける。


「君は何故、僕を呼んだんだ?何故、僕の夢の中に入り込んだ?」


 これは、聞きたくても聞けなかった質問だ。彼女の優しさに身を(ゆだ)ね、お茶に和まされ、聞くのが(はばか)られた質問だ。

 彼女の狙い。

 蛍井火乃の思惑。

 最初に聞いておくべき質問だった。生きることを、他人に自分の命を脅かされないようにすることを最優先にする僕としては、聞きそびれてはならない質問だったのだ。

 たとえそれが、夢の世界だったとしても。


「とても・・・辛そうだったんです」


 少しだけ笑顔を引っ込め、どこか愁いを帯びた瞳で、彼女は僕の目を見つめる。


「柳瀬さん。あなたは、とても辛そうな顔で、とても苦しそうな表情で、歩いていました。人生のすべてを呪っているかのような、周りのすべてを恨んでいるかのような・・・・・生きていることそのものが病気であるかのような、そんな目で」


 生きていることそのものが、病気。

 『(やまい)』・・・・。


「見て、いられなかったんです・・・」


 呟きながら彼女は、僕の隣に座った。

 先ほどまで輝いていた星々は、しかし、僕らを照らし出したりはしなかった。何故か空には、微かな星の光一つ、見つけることができない。


「私の両親を見ているようで、あのお医者さんたちを見ているようで・・・・・寂しそうに佇むあなたを、見ていられなかったんです」

「・・・それで」


 僕はギリギリ、口を開く。

 乾燥してパサパサの唇の奥から、無理矢理言葉を紡ぎ出す。


「それで、僕の夢に侵入したっていうのか?僕が何を考えているのか、その思考を読み取ろうとして?」

「いいえ」


 と、しかし彼女は、首を縦には振らなかった。


「これはただの、私の我儘なのです。柳瀬さん」


 彼女はもう一度、満面の笑顔を浮かべる。

 辛さも苦しさも、呪いも恨みも、『病』さえも飲み込んでしまいそうな、そんな笑顔。


「この夢の世界で・・・ずっとずっと、幸せに暮らしましょう?」

 


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