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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
第3章 ねむれねむれ
56/79

病名とめろんぱん その56

 

 眠い。

 とにかく眠い。

 昼食を食べ終え、午後の研修が始まった直後から、今まで感じたことのない脅威的な眠気を感じていた。()(ばら)室長の書類仕事を手伝いながら睡魔とも戦うという、どうしようもなく不毛な作業に身をやつしていたのだ。


(こんなコンディションで、作業が捗るわけがないんだよな・・・)


 研修が始まってちょうど二週間が経ち、講義にも仕事にも多少は慣れてきたものの・・・・・このとてつもない眠気のせいで、仕事の効率はプラスマイナス0だ。毎日しっかり眠っているはずなのに、日に日に睡眠不足が悪化していく。眠って疲れがとれるどころか、眠る度に疲労感が積み重なっていくのだ。

 まるで・・・。


(まるで、眠っている間に生気を失っているような・・・)


 こうなってくると、粒槍の言っていたことが現実味を帯びてくる。

 古い病室に横たわる女性、(ほたる)()()()

 そして彼女の持つ、『眠り子症候群』。

 一週間前、彼女に接触してしまったあの日から、僕の生活リズム・・・というか、就寝リズムが崩れたのは事実だ。彼女の『眠り子症候群』に、僕の生命活動が侵されてしまってきているということなのか・・・?


「やたらと眠そうな顔をしてるじゃないか、(やな)()くん。酷い(くま)だ」

「ああ・・・まあ、死ぬほど眠いですね。今は」


 よほど疲れに塗れた表情をしていたのか、同じく書類仕事をしていた歯原室長がこちらに視線を向ける。


「君の研修が始まって、早くも二週間が経過したわけだが・・・そろそろ疲れが出てきたってところか?」

「そんなところです。最近の若者らしく、疲れやすい体をしてますから」

「そうでもないだろう。俺が研修を受けていたときなんて、三日でぶっ倒れたさ。情けない話だが・・・ヘナチョコな体をしているもんでね」

「それはちょっと弱すぎる気もしますけど・・・」


 とはいえ、歯原室長を馬鹿にも出来ない。『眠り子症候群』が原因かもしれないという推測が立っているだけで、それが事実かどうかを判断する術はないのだ。ただ単に、僕が研修で疲れているだけであるという線も考えられる。


(歯原室長に相談するわけにもいかないしな・・・)


 粒槍(つぶやり)から蛍井火乃や『眠り子症候群』の情報を聞いたという事実は、一応、口外しないという約束だ。いざとなれば(たとえば、この睡眠不足が命に関わるほどの重症になった場合、とか)、こんな約束は破るしかないが、今のところは内密にしておくのが吉だろう。


(本当の本当に、最終手段をとるなら・・・)


 彼女には。

 蛍井火乃さんには、いなくなってもらわなければ。

 彼女がいなくなって、それでも僕の睡眠不足が続くのならば、それは単純に僕の体調不良が原因だと証明できる。逆に言えば、蛍井火乃がいる限り、彼女が睡眠不足の原因かもしれないという可能性は払拭できないのだ。


(これは・・・まあ、でも、最悪の決断だ)


 今はまだ、そういう段階ではない。


「睡眠不足といえば・・・・・君が蛍井火乃さんに接触したと粒槍から報告を受けたが、本当か?」

 と、しかし、僕の心配をよそに、歯原室長はそう言った。

「ええ・・・一週間ほど前に」


 報告を受けた、だって?

 彼女の病歴を知ってしまったことを口外するなと言ったのは、他でもない粒槍本人なのに?


「君が彼女のことをどこまで知ったのか、粒槍が君にどこまで話したのかは知らないがな。俺から、彼女の事情を詳しく説明するつもりはない・・・立場的に、話せることじゃないからな」

「まあ、それは仕方ないでしょうね」


 室長の立場にありながら、新参者の僕に患者の情報を流したとなれば、お咎めなしとはいかないだろう。


「僕も無理に、歯原さんから何かを聞き出そうとは思いませんよ」

「そりゃありがたい話だ・・・・・ただ、な」


 ここで少し、歯原室長は声のトーンを落とした。


「警戒しろ」

「・・・・・」

「彼女には、警戒しておくんだ。警戒するくらいしか、出来ることがない。あの子の『病』には正直、対処のしようがないんだ。彼女の影響を受けているのかどうか、確信を得ることが出来ない上に、彼女に手を出すことも出来ない。彼女の周りでどれだけの人間が死のうが、寝たきりになろうが・・・・・彼女との関連性を決定づけることは出来ない。傍から見れば、彼女はただの、可哀想な寝たきり患者でしかないからだ」

「・・・・・でも、それなら」


 と、僕も声の音量を最小まで絞り、聞き返す。


「何故この病院は、そんな人を・・・そんな危険な人を、いつまでも院内に置いているんです?彼女が危険だということは、少しでも証明されているんでしょう?それなら、すぐにあの女性を、秘密裏にでも病院の外に追い出すべきなのでは?」

「忌憚なきご意見を、どうもありがとうってところだが・・・・・それは出来ない」


 青白い顔にシワを寄せながら、歯原室長は顔を横に振った。


「君も二週間の講義を通して、分かっただろう?この『白縫(しらぬい)グループ』が、どういう集団なのか。何を目指し、何を理念にして、活動している組織なのか」

「・・・・・それは」


 それは確かに、学ばされていた。

 既に、知ってしまっていた。

 『(やまい)()ち』の患者を救うこと。『(やまい)』に侵された人間を治療するか、もしくは、普通の社会生活を送れるまで回復させること。

 そのためには、どんな代償も払う。

 どんな犠牲も厭わない。

 百人の人間が死のうが、千人の人間が死のうが、たった一人の『病持ち』の人間を救うためならば、安いものである。

 それが、『白縫グループ』の活動理念だそうだ。

 その理念に・・・途方もなく馬鹿らしい理想に魅せられた職員が、この組織をかたち作っている。


「蛍井火乃を追い出したところで、彼女には行き場所がない。救われる術がない。生きる術がない。ここを離れたところで、彼女はすぐに死んでしまう。ここ『白縫グループ』が、彼女の唯一の居場所だということだ」


 彼女が『病持ち』である限り、そして、『白縫グループ』に居続ける限り。

 彼女は生き続ける。

 隔離病棟で大量の医療機器と薬品に囲まれながら、その命が自然消滅を迎えるまで、彼女は生き続けるのだ。

 


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