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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
第3章 ねむれねむれ
53/79

病名とめろんぱん その53

 

 木漏れ日が気持ちいい。

 澄んだ空気を思い切り吸い込むと、肺の中が爽快感で満たされる。聞こえるのは小鳥の囀りと木々の葉や枝がこすれ合う音だけで、それ以外の雑音は聞こえない。普段、都会の喧騒や慌ただしい日常に取り巻かれているだけに、こういう自然の中の自然が、何倍も心地よく感じるのだ。人間、たまには、こういう淀みのない空気に触れた方がいいのだろう。勘違いだと分かっていても、心が豊かになった気がする。心が広くなったような気がする。いや、もう本当に、完全なる勘違いなんだけれど。

 こんなの、一時的な気の迷いだ。

 いや・・・一時的な、気の正しさかな。

 森林浴をするために、はるばる人里離れた森までやって来た甲斐があるというものだ。ここで数日間過ごしていれば、多少は心の優しい人間になれるのかもしれない。器の大きい人間、尊敬される人間というのは、案外、こういう環境で育つのかも・・・。


(・・・じゃない。なんだここは)


 森林浴とか、来たくなるわけないだろ。今の生活のどこに、そんな余裕があるっていうんだ。僕の人生に、もっとも縁遠い行為の一つであるとも言えるだろう。

 森とか、むしろ嫌いだ。

 虫とか多そうだし。

 幸い、この森には虫はいなさそうな雰囲気だけれど・・・まさか、熊とかはいないよな?森の中でくまさんに出会うのは、童謡の中だけで充分だぞ。

 おかしいな。

 僕、自室のベッドで寝ていたはずなんだけどな。

 寝転がっていた体を起こし、改めて辺りを見渡す。本当に、絵に描いたような森林だ。僕が寝転がっていた巨大な切り株もそうだが、周りに咲いている見たこともない花々や、少し遠くに見える清らかな泉からは、ファンタジーの世界に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚える。

 おいおい・・・そういう世界観は、ちょっと苦手なんだけどな。漫画や小説でそういう世界観に触れるならまだしも、自分が迷い込むのは、ちょっと遠慮させていただきたい。

 えっと・・・どうやって帰ればいいんだろ、これ。さっさと帰りたいんだけど。

 あの泉に、斧でも投げ入れてみるか?それとも、光る竹でも探してみようか?ウサギに誘われてみようか?あとは・・・まあ、本気で熊に出会ってみようか。


(普通に考えれば・・・夢、ってことなんだろうけど)


 こんなにはっきり夢と分かる夢が、あるだろうか?僕はあんまり、夢は見ない方だ。見ていたとしても、朝にはすっかり忘れてしまっている。もしもこれが夢だとするなら、今まで生きてきた中で、もっとも印象の強い夢ということになるだろう。


(だとすれば、夢から覚めれば帰れるのか・・・?)


 じゃあ、現実の僕がいち早く目覚めてくれることを期待するしかないのか・・・パンでお腹いっぱいにして気持ちよく眠ってしまったから、ちょっと期待薄かもしれない。

 誰かが起こしてくれると、ありがたいんだけれど。

 そう都合良く・・・。


「夢から覚めたいなら」


 と、聞き覚えのない声がした。


「良い方法がありますよ」


 聞き覚えがない?

 いや・・・そんなことはない。

 だって、僕はその声に誘われたのだから。あのときは、はっきりと聞き取れなかったが、こうして近くで聞いてみると、どんな音よりも透き通っていて、穏やかで、それでいて心地良い。それほどまでに、澄んだ綺麗な声だ。廊下で聞いたときは、助けを求めるような縋る声だったが、今はどちらかというと、少し楽しげな声のトーンである。

 そうだ・・・だけど。

 ここは、あの病室ではない。


「ありふれていて、よくある方法ですけれど・・・きっと、試してみる価値はあると思いますよ」

「・・・・・」


 僕は、声のする方を振り向く。

 まず、大きな麦わら帽子が目についた。着ている青白いワンピースには合っているが、深く被っているせいか、表情がよく見えない。こういう子って、なんて言うんだっけ・・・・・ああ、そうだ、森ガールという表現が、彼女にはピッタリかもしれない。森にワンピースで来ることが、はたして正しい服装であるのかどうかは知らないが、それでも、彼女をそう表現するのは、間違いではないだろう。

 あと、かなりの美人さんだ。お世辞抜きで。

 これも間違いない。


(ほたる)()()()さん・・・かな?」

「さて、どうでしょうね」


 クスクスと、彼女は面白そうに笑う。その笑い方一つ取っても、どこか惹かれてしまう部分がある。


「私が蛍井火乃かどうかは別として・・・あなたは、(やな)()(ゆう)さんですよね?」

「・・・そうだけど」


 「何故、僕の名前を?」と聞こうとしたけれど、そりゃ、知っていて当然だろう。だってこれは、僕の夢なのだから。寝ている僕の頭の中で起こっていることであり、何が起こってもおかしくない空間である。彼女が僕の名前を知っていたとしても、まったく不可解ではない。

 いや・・・。

 おかしく、ないのか?


「私、あなたにとっても興味があって」

「・・・・・」

「とってもとっても、興味があるんです。でも・・・あなたが夢から覚めたいなら、仕方ありません。目覚める方法を、教えて差し上げます」


 それは、残念だとか、がっかりだとか、マイナスの印象を受けるような発言ではなかった。むしろ、ウキウキしているような、少し興奮しているような、期待のこもった発言だった。

 期待?

 一体・・・何に期待しているというのだろう?


「ほら」


 と、彼女は手を伸ばす。

 僕の顔に、その手を触れる。

 その行動に、ほんの少しだけ、ちょっぴりだけ、本当にわずかばかり・・・・・小指の先ほどだけ、ドキッとする。


「こうして頬をつねれば・・・・・これが幸せな夢だって、分かってしまうんじゃありませんか?」


 きっと、このときの僕の顔は。

 相当間抜けになっていたことだろう。

 


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