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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
第3章 ねむれねむれ
48/79

病名とめろんぱん その48


「そんで・・・ここ『第二(きゅう)(めい)室』で、働いてくれるって話だったか?」

「え?・・・ええ。まあ・・・そう、みたいですね」


 急に話が変わり、戸惑いを隠せなかったが、いよいよ本題に入るようだ。

 仕事のお話。

 僕がここで働くかどうかという、本筋の話。


「働かなければ拷問する、とまで言われてしまいましたからね・・・。あなたたちの、可愛い院長様から」

「拷問だと?・・・ったく、相変わらず、乱暴な真似をしやがるな、あの院長殿は・・・。そりゃ、散々な目に遭ったな。君も」

「相変わらず?君も?あの院長は以前にも、こんな真似をしたことがあるんですか?」


 誘拐に拘束に、拷問まがいの強制労働。

 こんな真似、そう何度も出来ることじゃないと思うけれど・・・。


「ああ・・・うん、そうだ。『白羽(しらはね)病院』では、例のない事態じゃない。よくあること、とまでは言わないが、珍しいことってわけでもないな・・・・・」


 疲れたように、()(ばら)室長は目を閉じる。

 疲労感が、体の表面から滲み出ているようだ。青白い顔色に、ますます拍車がかかる。


「あの・・・大丈夫ですか?なんか、随分と体調が悪そうですけれど・・・」

「・・・・・」


 歯原室長は答えない。

 片手で軽く頭を押さえ、「ちょっと待ってくれ」と言わんばかりに、もう片方の手の平を、こちらに向けるだけだった。


「・・・大丈夫だよ。(やな)()くん」


 と、答えたのは歯原室長ではなく、隣に座る粒槍(つぶやり)だった。

 身じろぎもせす、静かに、彼は言った。


「大丈夫なんだ。ちょっと、待ってあげてくれ」

「・・・・・ああ」


 左右に頭を振ったのち、歯原室長は再び、口を開いた。


「悪い・・・最近、頭痛が酷くてな。たまに、不機嫌そうに黙るかもしれないが、別に機嫌を損ねているとかじゃないから・・・・・そういう面倒くさい奴なんだと、思っておいてくれ」

「は、はあ・・・」

「で、とにかくだ。君は、ここで働くってことに了承してるってことでいいのか?」

「了承・・・は、していますよ。拷問すると脅されても尚、働かないと言い切れるほど、僕はニートではありませんからね」


 なるべく皮肉に聞こえないように、皮肉めいたことを、僕は言った。

 了承はしている。

 納得はしていない。

 そういうことだ。


「納得はしてないって感じだな、その顔は」


 バレバレだった。

 まあ、そこまで本気で隠そうと思っていたわけでもないが。


「しかし、上の連中から、君を働かせろと言われている以上、君には仕事をしてもらわなけりゃならない。俺にも立場とかいう、馬鹿馬鹿しい都合があるからな・・・。無茶はさせないから、最低限、目ぇ付けられない程度には働いてくれ」

「・・・命だけでも保障してくれるのなら、それなりには」

「命か・・・・・こっちで保障するには、重たすぎるもんだな、そりゃ。金と生活は保障するから、命は自分でなんとかしてくれ」

「金と生活・・・?」


 てっきり、奴隷の如くこき使われるのかと危惧していたのだが・・・・・もしかすると、ちゃんと給料とかもらえるのだろうか?こんなふざけた業界でも、それくらいのポリシーは持ち合わせているのか?


「そう驚いた顔をするなよ、柳瀬くん。仕事なんだから、それくらいの見返りは、あって当然だろう?この業界に対して、君がどんなイメージを抱いているのかは知らないが・・・・・そこまで非人道的な現場ってわけでもないからな」


 そこまで言うと歯原室長は、ポケットから鍵を取り出し、僕の目の前にぶら下げた。


「・・・これは?」

「見ての通り、鍵だ」


 言いながら僕に、鍵を受け取るように促す。


「それと・・・これも必要だよな」


 今度は、自分の仕事机からクリアファイルを手に取り、またしても僕に手渡す。


「えっと・・・」

「マンション暮らしに必要な書類のコピーが、いろいろと入ってる。基本的にはこっちで管理するが、一人暮らしである以上、必要になるときもあるだろう。持っておいた方が良い。それと・・・家賃もこっちの支払いだから、その辺も心配しなくていい。水道費と光熱費だけ払ってくれりゃ、それで万全だ」

「もしかして・・・住宅手当、みたいなことですか?」


 金と生活を保障するとは、こういうことか?

 既に、僕の居住地が定められているのか?

 まったく、どこまで準備がいいんだ・・・・・どこまで用意して、僕の誘拐を実行したんだ、この人たちは。

 本当に、恐れ入ってしまうな。

 もちろん、悪い意味で。


「ああ。病院内にも、職員が生活可能な居住スペースはあるが・・・君は、マンション暮らしを望むだろうと思っていた。誘拐を実行するよな組織の中で生活するなんて、まっぴら御免だろう?」

「まあ、それはそうですけれど・・・」


 なんか、そこまで用意周到だと、逆に怖くもあるな・・・。マンション暮らしとは言えど、彼らが管理しているマンションなのだ。『海沿(かいえん)保育園』とは違って、組織の外で私生活が過ごせるとはいえ、「安心安心」とはいかない。


「もちろん、住宅手当とは別に、きちんと給料も出る」


 有給だって、取れるときは取れるさ。と、歯原室長は付け加える。

 手当とか、給料とか、有給とか。

 ・・・一般企業かよ。


「・・・どうだろう?これで少しは、ここで働くことに、納得がいくか?いや、納得とまではいかなくてもいい。妥協くらいはできるか?テキトーに働こうってくらいの気力は、君の中で生まれるか?」

「・・・・・・・」


 ちらりと、受け取った鍵と書類に目をやる。

 仕事と、マンション暮らし。

 これは言ってしまえば、元の生活に戻るということではないのか?一人暮らしをしながら仕事をこなしていたあの頃に、戻れるということじゃないのか?

 ・・・いや。

 その判断は、やや早急だ。

 この業界が、かなりおかしな世界であるということを、忘れてはならない。殺し合いや、命を賭けた交渉が行われる業界であるということを、忘却してはならないのだ。


「こんな業界で働き続けようと考えるほど、君も、馬鹿な奴ではないよな」

「この業界に身を置いている奴は、どいつもこいつも、馬鹿な変人だらけだ」


 これは確か、(はま)()(しゅう)()院長の言葉だ。


「・・・とりあえず、働いてみることにしますよ。戦場に送り込まれる、みたいな仕事じゃなければ」

「そりゃ、ありがたい話だ。人手が増えるのは、こちらとしても嬉しいもんだ」


 「ふう・・・」と、歯原室長は小さく溜息をついた。


「ちょっと話しすぎたな・・・お喋りが過ぎた。そろそろ、お開きにしよう。柳瀬くん、マンションの住所と部屋番号を教えるから、今日はもう帰ってもらって構わない。ある程度の生活用品は揃っているはずだから、普通に生活する分には、困ることはないはずだ」

「・・・ありがとうございます」


 一応、お礼を言っておく。

 ここまでお膳立てをしてもらえば、さすがに、礼の一つでも言っておかなければならないだろう。


「粒槍。お前も、今日はもう上がってくれていい。明日も頼むよ」

「ええ。了解です」


 僕らは各々立ち上がり、それぞれがパイプ椅子を畳み始める。

 ・・・やれやれ。

 なんだかよく分からないうちに、よく分からない展開になってしまった。

 ・・・本当に。

 本当に・・・・・馬鹿みたいな展開だ。

 どうしようもなく。

 どんな手出しも出来ないくらいに、馬鹿馬鹿しい。


「疲れたか?柳瀬くん」


 杖を突きながら歩き、パイプ椅子を再び壁に立て掛けながら、歯原室長は言った。


「まあ・・・そこそこには」


 実際には、滅茶苦茶疲れているけれど。

 体力には、自信がない。


「そうかい?俺は、かなり疲れたよ・・・。しかし、これは聞いておかなくちゃならない。もう、口を開く体力も残っちゃいないが、質問しておこう」

「質問・・・?なんですか?」

「君は・・・」


 だるそうに、相変わらず無気力そうに、彼は言った。


西(にし)(むか)()(よし)()って名前に、心当たりはあるか?」

 

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