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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
第2章 『白縫病院』の怪
40/79

病名とめろんぱん その40


「ふう・・・それにしても暑いね、今日は。美味しそうなケーキじゃないか。なんてメニューのケーキだい?」

「・・・ガトーショコラ、ですけど」

「へえ・・・それがガトーショコラなのか。いや、俺は食べ物にはとんと疎くてね。この前も、ちゃんぽんのことを普通にラーメンと言ってしまって、長崎出身の部下にこっぴどく怒られたものだ」

「はあ・・・そうですか」


 彼はメニューを一通り眺めた後、僕と同じケーキセットを注文した。

 ちゃんぽんとラーメンか。僕も正直、その二つの違いはよく分からないけれど・・・怒るほどのことでもない気がする。僕も、パン以外の食べ物に関しては、結構いい加減なのだ。空腹が満たされれば、味はそこそこで良い。もちろん、美味しいに越したことはないけれど。

 いやいや・・・それすら、今はどうでもいいことだ。

 目の前の男。

 この男が何者なのかを、まずは知らなければならない。涼しさを求めてカフェを訪れた一般客、ということはまあないだろう。『白縫(しらぬい)グループ』の関係者であることは、間違いないのだろうけど・・・。


「さて・・・ケーキが出てくるまで、自己紹介でもしようか」


 居住まいを正し、彼は言った。


「ありがちな名刺交換でもやっておこう。名刺は・・・持っているかい?」

「いや・・・申し訳ないですけど、名刺なんて持ってないですよ。ここ一か月半くらい、名刺と縁のある生活はしてこなかったもので」


 正確に言えば、サラリーマン時代の名刺ならば何枚かは持っているけれど・・・彼が知りたいのは、僕の昔のプロフィールではないだろう。

 知りたいのは、きっと。

 今の、僕だろう。


「申し訳ないなんて言わないでくれ。全然、構わないさ。正直この業界じゃ、名刺なんてほとんど役に立たないからね」


 この業界。

 『(やまい)』に関わる業界・・・ってところか。


「大切なのは己の知識と経験、精神力・・・・・名前なんて、飾りみたいなものだよ」


 そう言って彼は、名刺を差し出してきた。


「俺は、こういう者だ」


『白縫グループ代表取締役社長 白縫(しょう)(いち)(ろう)


 白縫グループ、代表・・・?

 いや・・・ちょっと待て。代表だって?

 ふいに、(はま)()院長との会話が思い出される。


「『白縫大病院』の院長・・・つまり、『白縫グループ』の代表なら、どうにか出来るかもしれないけれどね」


 その『白縫グループ』の代表が、今、目の前にいるっていうのか?


「実はこの名刺、あんまり気に入ってないんだけれどね・・・ちょっと地味すぎると思わないかい?なんの柄も入っていないし・・・・・病院のグループなのに社長っていうのも、なんだかおかしな表現だろう?あのうっかり者の秘書に、一言言っておかなければいけないな・・・」

「あ・・・ああ、そうですね」


 動揺して、名刺が地味であることに同意してしまった。そんなところに同意してどうするんだ、僕。

 一人になった僕に、『白縫グループ』の関係者が接触を計ってくるであろうことは、察しがついていた。こういう状況に陥るかもしれないということは、前もって予想してはいたのだ。

 あんな「迷い道」に迷い込まされた上、それを脱出する手段の検討もつかなかったシチュエーションでは、敵の思惑に乗った方が良いと思ったのも事実だ。「迷い道」に対して、こちらに何の打開策もない以上、敵と接触してしまった方が、何かしらの解決手段を見い出せると考えたのだ。

 けれど。

 まさか、『白縫グループ』のリーダーが接触してこようとは。

 そんなこと、欠片(かけら)も考えていなかった。


「ご存知の通り、僕は(やな)()(ゆう)といいます。『海沿(かいえん)保育園』の所属・・・・・ってことになるんでしょうか」

「うむ、よく知っているよ」


 注文したケーキセットを持ってきてくれた店員に礼をしながら、彼は言った。


「少し前に、『海沿保育園』に保護された・・・のだったね?あのときは、ウチの『白羽(しらはね)病院』が迷惑をかけて、すまなかったよ」

「いえ・・・もう過ぎたことですし」


 男は・・・もとい白縫さんは、ガトーショコラを一かけら口に運ぶと、ご満悦そうに微笑んだ。


「うん、やっぱり美味いね。ケーキなんて、本当に久し振りに食べたかもしれないな」


 そりゃ・・・美味しかったのなら、何より。

 僕はアイスコーヒーを飲みながら、白縫さんの様子を窺う。

 この人が本当に『白縫グループ』の代表だったとして、ならば、彼は一体何をしにここへ来たというんだ?代表という立場ならば、それほど暇なご身分でもないだろうに。

 僕との対談なんて、それこそ、他の誰かに任せてしまえばいいものを。


「おや・・・疑われてしまっているかな?」

「そりゃまあ・・・少しは」


 むしろこの状況で疑いを持たなかったら、能天気すぎるだろう。『白縫病院』の連中の失踪を目の当たりにした上に、『白縫グループ』の代表との接触。

 一体、何が起こっているというんだ?

 この人たちは、何をしようとしている・・・・・?


「うん・・・・・無理もないか。ならどうだい、柳瀬君。今、君が一番知りたいと思っている質問に、俺が答えるというのは。その代わり君に、俺を信用してもらうという交換条件だ。・・・・・どうかな?」

「信用、ですか・・・」


 情報と信用の、交換条件。

 どちらも、不明瞭で不確かな交渉材料だ。情報は事実確認がとれないし、信用は目に見えない。

 ・・・大切なものは目に見えない、のだったっけ?

 まあ、そう考えると、悪くない交換条件なのかもしれない。今はとにかく情報不足なのだから、情報をくれると言うならば、ありがたく頂戴したい。

 しかし・・・・・。


「皆さん、随分と信用を大切にされますね。昨日、一緒にお茶を楽しませてもらった女性も、信用を勝ち取ることに、随分と重点を置いていたように思いますけど・・・」

「おっと、それが質問でいいのかい?」


 白縫さんは、少し意地悪そうに笑った。


「え・・・いや、なら質問を変えます」

「嘘嘘。冗談さ。こんな質問、交換条件には入らないだろう。雑談の域だ・・・。逆に君は、信用が大切だとは思わないのかい?」

「・・・大切にするものとしての優先順位は、あんまり高くないですね」

「ははは・・・・・なかなか、太い神経をしているじゃないか」


 愉快そうに彼は笑った。いや、食べ終わったガトーショコラが、よっぽど美味しかっただけかもしれないけれど。

 信用が大切ではないと言われて、愉快になる奴はいないだろう。

 ただ本当に、信用が大切だとは、僕には思えないのだ。信用なんて嘘と表裏一体だし、信用ほど不確かなものもない。積み重ねるのは大変なくせに、崩れるときは一瞬であるという点でも、信用というやつは気に食わない。


「信用は大切にするべきだよ、柳瀬君。年寄りの老婆心から言わせてもらうとね・・・・・濱江院長だって、そう考えていたはずだよ」

「・・・・・」


 濱江さんと接触したことは、知られていたのか。

 まあ、『白縫グループ』の代表ともあろう人が、知らないはずがないか。


「友人とか、家族とか、仲間とか、信頼とか・・・・・そういう、人として大切なものは、当たり前に大切にするべきだ。後々、後悔をしないためにね。安っぽいアドバイスだが、受け取ってもらえると、俺は嬉しいよ」

「・・・そりゃ、どうも」


 本当に安っぽいアドバイスだ、と僕は思った。そんなものを大切にしていたならば、僕はここまで生きてはこられなかっただろう。

 自分のことを一番に大切にしていなければ。

 ここまで、生き残れはしなかった。


「大切なもののために、他の大切なものを捨てる決断だって、必要でしょう・・・」


 特に意味もなく、僕は呟いた。ボソッと、小声で言ったつもりだった。

 しかし呟きは、目の前の男に伝わってしまったようだ。


「そうだね」


 と、彼は笑った。

 これまでで一番良い笑顔で、朗らかに笑った。


「その決断をきちんと下せる奴は、本当に優秀だ」

 

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