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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
第2章 『白縫病院』の怪
38/79

病名とめろんぱん その38

 

 翌日。

 僕らは(おき)さんと共に、もう一度、『白縫(しらぬい)病院』を訪れていた。今度こそ、『白縫病院』との正式な交渉を行うためである。

 とはいっても、昨夜の時点で(はま)()(しゅう)()との交渉は済んでいるので、本日の交渉が出来レースになるであろうことは目に見えていた。適当な職員が対応し、それなりの問答を行って終了だろう。無意味な交渉に、わざわざ院長が顔を出すわけがない。

 『白縫病院』との交渉が、『白羽(しらはね)病院』を抑え込むことに繋がらないことが分かった以上、既に、『白縫病院』と話し合う意味はなくなっている。こちらとしても、真面目に対応してもらう必要はないのだ。


「『白羽病院』の人たちの動きを抑え込んでもらえるように、進言していただきたいのですが・・・・・」

「承知いたしました。努力いたします」


 その程度のやりとりでいい。その程度の、テキトーな会話でいいのだ。

 ただ気になるのは、濱江さんが、昨夜のうちの交渉にこだわっていたことだ。交渉を一日早めることを、彼女は強く望んでいた。

 ・・・一体、どんな事情があったというのだろう?

 急遽、どうしても外せない用事が入ったとか・・・。たとえば、僕らとの交渉なんかよりも、よっぽど大事な交渉の予定が入った、とかだろうか?いや、それならば、僕たちとの交渉は部下に任せてしまえばいいわけで・・・。

 ・・・・・考えても仕方ないか。

 上に立つ人間の行動や考え方なんて、僕に分かるはずもない。普通の人の気持ちすら、僕には分からないのだから。

 しかし。

 僕たちは知ることになる。否応なしに、必然的に、知ることになる。

 彼女が昨晩中の交渉にこだわった、その理由を。


「これは一体・・・どういうことなのでしょう?」


 顎鬚に手をやりながら、沖さんが呟いた。

 その呟きは当然の一言だった。昨夜、濱江さんから様々な情報を得ていた僕でさえ、この事態に対しては、まったく理解が及ばなかった。沖さんと同じく、「どういうことなのでしょう?」と、呟きたかった。

 『白縫病院』が消えているだなんて。

 そんな事態、まったく想定できなかった。そんな素振り、彼女は全然見せていなかった。

 いや・・・正確には、『白縫病院』そのものが消えていたわけではなかったのだ。『白縫病院』の建物自体は、昨日と変わらず、同じ場所に同じように立っている。


「誰も、いない・・・」


 今度は、蓮鳥(はすどり)さんが呟いた。彼女もまた、何が起こっているのかまったく分からないという感じだ。

 そう。

 誰も、人っ子一人、病院の中にはいなかったのだ。人間がいなくなり、放置された建物に、意味はないだろう。そういう意味で、『白縫病院』という一つの組織は、姿を消していた。


「一応」


 と、僕は二人に話しかける。


「一応、可能な限り、中を見て回りませんか?もしかしたら、一人や二人、人が残っているかもしれませんし・・・」


 しかし、この行動は徒労に終わった。完全に、骨折り損だった。

 鍵の開いているところ、侵入できそうなところは全て見て回ったが、人間がいるような気配は感じなかった。

 念には念を入れて、昨夜は行けなかった、二階よりも上の階層にも行ってみようと思ったのだが、残念ながら、これも無駄な試みだった。昨晩と同じく、シャッターが降りていたのだ。侵入を拒むかのように、三階への階段は固く閉ざされていた。エレベーターも動かないというのだから、上階へと行く手段がない。さすがに、壊すわけにもいかないし。

 濱江さんと話した部屋は、鍵はかかっていなかったものの、中は空っぽだった。ゴチャゴチャと詰め込めるように置かれていた機械やら器具やらが、綺麗さっぱり撤去されていたのだ。軽く中を観察したけれど、本当に何もない。ほんの数時間前に、ここで濱江さんに会ったのが嘘みたいだ。


(まあ・・・何かを残していくわけがないよな)


 僕たちに簡単に見つかってしまうようなところに、重要な情報やらヒントやらを、残していくわけがない。

 数十分後。

 僕たちは再び、『白縫病院』の入り口ホールに集まっていた。


「これは本当に、どういうことなのでしょうか?交渉から逃れるための手段・・・とは、思いたくありませんが・・・」

「それにしては、大掛かり過ぎる気もしますけど・・・。今、見て回った感じでは、この事態の事情までは、分かりませんでしたね」


 僕は適当に、沖さんに話を合わせる。

 この事態が、交渉から逃れる手段ではないことだけは確かだ。その証拠に、交渉自体は、昨夜の時点で終わっているのだから。もちろん、沖さんに洗いざらい話すわけにはいかないが。

 しかし、これで分かった。

 濱江さんが、昨晩のうちに交渉を終わらせようとしていた理由は、これだったのだ。

 どうやって、一晩のうちに病院中の人間を消したのかは分からないが、この「失踪」こそが、濱江さんの狙いだった。

 何のための失踪なのか、どういう事情があったのか。

 失踪の理由は分からないものの、『白縫病院』がこうして無人になっているのを見る限り、その失踪は上手くいったのだろう。

 ・・・・・いや、失踪が上手くいくという表現も、言い得て妙だけれど。


「ひとまず、ここを出ましょう。無人の病院に、いつまでも居座るわけにもいきません」

「そうですね。彼らとの交渉が有耶無耶になってしまうのは、残念な限りですが・・・・・」


 僕が病院を出るように促すと、沖さんは、心底残念そうに頭を垂れた。

 ・・・なんでこの人、僕よりもショックを受けてるんだ?本当に、怖いくらいにお人好しな人だ。

 ・・・そんなことだから。

 そんなことだから、僕たちが夜中に抜け出していることにも、気付かないんだ。易々と、出し抜かれてしまうんだ。


「何故こんなことが起きたのかは、『海沿(かいえん)保育園』に戻ってから調べることにしましょう。・・・安心してください、(ゆう)くん。交渉をもう一度セッティング出来るように、『白縫グループ』に掛け合ってみますよ」

「・・・はあ。ええ。よろしくお願いしますよ」


 ニッコリと微笑む沖さんに対し、僕は適当に相槌を打ち、目線を逸らす。蓮鳥さんに白い目で見られている気がするけれど・・・・・気のせいだろう。

 既に交渉は、次の段階に進んでいる。・・・いや、振り出しに戻っている、とも言えるけれど。

 何にせよ、今、僕がやるべきことは決まっている。

 ほぼ徹夜の交渉で疲れた体を休めるために、二度寝を決め込むことだ。

 


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