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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
第2章 『白縫病院』の怪
34/79

病名とめろんぱん その34


「社会、復帰・・・?」


 一瞬、何のことを言っているのか分からなかった。僕は刑務所に入れられているわけでも、重い病気を患っているわけでもないんだけれど・・・。

 ただ・・・よく考えてみれば、今の僕は、社会からは隔離されている。

 少なくとも、「一般的な社会」からは。


「社会復帰、という言葉は・・・ちょっとイメージが悪かったかな。言われて、あんまり気分の良い言葉ではないね」


 「ごめんごめん」という軽い一言と共に、コーヒーを一口。


「いえ・・・でも、言いたいことは分かりますよ」


 一般社会に、戻りたいかどうか。

 元の生活に、戻りたいかどうか。

 そういうことなのだろう。


「社会復帰したいかどうかと聞かれれば・・・それはもちろん、したいですよ」


 戻りたいに、決まっている。

 いつまでも、『(やまい)』やら『(やまい)()ち』やらがはびこっている、この変な社会に身を置くつもりはない。元の生活に戻れるというならば、ある程度のことはする。

 多少の無理は・・・・・命を失わない程度の無理は、するつもりだ。


「そうだろうね。こんな業界で働き続けようと考えるほど、君も、馬鹿な奴ではないよな」

「馬鹿な奴って・・・この業界で真剣に働いている人だって、たくさんいるんじゃないですか?」


 別に庇うつもりはないけれど、そういう人たちを全員一括りにして、「馬鹿な奴」でまとめるのは、少し横暴だろう。


「いや・・・馬鹿ばっかりさ。この業界に身を置いている奴は、どいつもこいつも、馬鹿な変人だらけだ。・・・・・もちろん、私も含めて、ね」


 自虐的になったかのように、彼女は笑った。手元に置いてあったティースプーンを、クルクルと右手で(もてあそ)ぶ。

 別に・・・(はま)()さんは、変人には見えないけれど。彼女は彼女で、何かしらの事情を抱えているのだろうか?

 僕には見えない・・・見ることの出来ない、特殊な事情が。


「社会復帰という話題に戻るけれど・・・(ゆう)くん。この業界から抜け出すためには、どうすればいいと思う?どうすれば・・・この厄介な業界から、手を引けると思う?」

「え・・・?いや、そんなこと、急に聞かれても・・・・・」


 業界から手を引くにはどうすればいいか、だって?

 普通の企業ならば、退職願を出すとか、已むに已まれぬ個人的事情を作るとか・・・・・乱暴な方法ならば、不祥事を起こすとか。

 その辺りだろう。

 社会人を二か月で脱落した僕には、詳しいことは分からないけれど。

 就職のことを考える機会は何度もあったけれど、退職のことを考える機会は、全然なかった。学生の頃は、前しか見ていなかったような気がする。

 テキトーに、前だけを見ていた。前を見てればどうにかなるだろうと、そんな風に考えていた。

 ただ、これらの方法が、『病』に関わる業界に通じるかどうかと聞かれれば・・・それは、否だろう。今までの経験を踏まえれば、こんなことでは、この社会は抜け出せない。

 いや、今までの経験というか・・・()()(おり)さんや(しん)(じょう)さんの影響が強いのか。

 彼らから受けた言葉のインパクトは、思いのほか、僕に影響を与えている。

 下手に抜け出そうとすれば、殺されるか、口もきけなくなるような目に遭わされるか・・・。

 いずれにせよ、無事では済まないような気がする。


「このねちっこい業界から抜け出す方法は、主に二つだ・・・・・と、私は考えている」


 と、濱江さんは、左手をグーの形にする。


「『忘れる』か、それとも『忘れられる』か、だ」


 言いながら彼女は、左手の人差し指と中指を、もう一方の手で持ち上げる。


「どちらかを満たせば、ひとまず、この業界からは足を洗える。両方を満たせれば完璧だけれど・・・それは、難しいだろう。『白縫(しらぬい)グループ』の代表を動かすよりも、よっぽど難しい」

「『忘れる』か、『忘れられる』か・・・ですか」


 両方とも、相当の難題のような気がするけれど・・・ひとまず、話を聞こう。


「一つ目。『忘れる』」


 と、中指を折る。


「文字通り、『病』や『病持ち』のこと自体を、きっぱりと忘れるという方法だ。記憶がなくなってしまえば、それらの情報を口外することも出来ないからね。『病』のことを何も知らない人間を殺そうとは、さすがに誰も思わないはずだ」

「いや、でも、濱江さん・・・」

「二つ目。『忘れられる』」


 僕の言葉を遮りながら、次は人差し指を折る。


「これも文字通り、『病』や『病持ち』の関係者に、(やな)()(ゆう)という人間の存在を、完全に忘れてもらうという方法だ。存在を忘れられてしまえば、君のことをつけ狙える人間は、一人たりともいない」

「いやいや・・・だから、濱江さん」


 今度はもっとハッキリと、彼女に呼び掛ける。


「そりゃ、それらが出来れば一番良いんですけど・・・事実上、それは不可能ですよね?」


 正直、彼女の提案する手段は、誰にでも考え付くようなアイデアだと思ってしまった。

 『忘れる』とか『忘れられる』とか、言うのは簡単だけれど、実行するのは、ほぼ無理だろう。

 「酒を飲んで忘れよう」、「見なかったことにして忘れて!」などといった、気の持ちようでどうにかなることではない。

 少しも頭に残らないように、忘れる。

 微塵も記憶が残らないように、忘れさせる。

 そんなこと・・・・・出来るはずがない。


「そう、不可能だ。・・・本来ならば」


 と、彼女は再び、手を組み直す。

・・・・本来ならば、だって?

 まるで、実行可能な裏技があるかのような言い方だけれど・・・。


「君が考えている通り、『病』のことを知ったまま、この業界から抜け出そうとする人間は、ほとんど例外なく狙われる。これに関しては、『白縫グループ』も全力を挙げるだろう。手に手をとって、そいつを追い詰める。・・・・・だからこそ、私が挙げた手段を実行するならば、生半可なことは出来ない」

 

 またしてもコーヒーを啜り、一旦、言葉を切る。


「『忘失(ぼうしつ)の病』」


 強調するかのように、それがテストに出るキーワードのように、彼女の声が静かに響いた。


「『忘失の病』を持つ彼なら・・・『忘れさせる』ことは難儀でも、『忘れる』ことは、(ある)いは可能なのかもしれない」

 


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