病名とめろんぱん その33
「恐怖心を煽る・・・」
そうか・・・だからあんなに、強く恐怖を感じたのか。
「人間・・・なんですよね?あれは。姿が見えなかったし、声も聞こえなかったんですけれど・・・『病』ということは、それを持っている、『病持ち』の人間がいるはずですよね?」
今までの『病』のパターンを考えれば、そういうことになる。
だが彼女は、黙って目を瞑るだけだった。
「そうだ・・・とは、断言できないんだ。あれに関しては・・・」
廊下の方を見つめたまま、彼女は言った。
「これも、私は多くを語れないんだけれどね。いやいや・・・組織の人間というのは、難しい立場だよ」
こちらに視線を戻し、彼女は苦笑いを浮かべる。
「つまびらかに説明できない代わりに、きちんと謝罪しておくよ。怖い思いをさせて、すまなかった」
「いえ・・・まあ、それはいいんですけど」
不法侵入したのは、こちらなのだ。命からがら逃れることが出来ただけでも、儲けものだろう。
「じゃあ、何故あんな奴がここにいるのかは、教えてもらってもいいですか?」
「うん、そうだね。それくらいは、教えてもいいだろう・・・。あいつは、ここの用心棒だったんだ」
「用心棒?」
「用心棒というか・・・防犯装置かな。侵入者を邪魔する、『白縫病院』の防犯機能のようなものだよ。他人の恐怖心を増長させ、冷静さを失わせる。侵入者を妨害するには、ピッタリだろう?」
・・・確かに、ピッタリだ。実際、僕たちは、かなり冷静さを失っていたはずだ。恐怖によって相当、心を乱されていた。
しかし、ならば尚更、僕たちがあの『病』に行き逢ったのは、仕方がないことだったのだろう。
僕らはまさしく、その「侵入者」だったのだから。
「それ以上話せることは、私にはないな。あいつのことがもっと知りたいならば、上の人に聞いてくれ」
「いえ、そこまでして知りたいとは思いませんけど・・・」
彼女がそこまでしか語れないと言うなら、さらに問い詰めるつもりは、僕にはない。
話題を変えよう。
というか・・・そろそろ、本題に入ろう。
一番聞きたかったことを、聞くことにしよう。
「濱江さん。さっき、『明日行われはずだった、君たちとの交渉』と言ってましたけど・・・ならば交渉は、ここで行うつもりだったと考えていいんですよね?」
僕から手を引いてもらうための交渉。
それを、今ここで行う。
沖さんはいないが・・・侵入を発見され、『白縫病院』の職員の前に躍り出てしまった以上、交渉を先延ばしにすることは出来ないだろう。
「うん、そのつもりだよ・・・ただ、交渉と言うほど、大それたことをするつもりはないけれどね」
「・・・?どういうことです?」
「私たちと交渉する必要なんて、君たちにはないということさ。・・・そもそも君たちは少し、勘違いをしていないかな?」
「え?」
勘違い?
『白縫病院』と交渉するということの、何を勘違いしているというんだ?
「もっと根本的な話だよ。私たちは、君の命を狙ってなんかいない」
「・・・いや、それは嘘でしょう」
実際、『白羽病院』の粒槍伝治は、僕を殺そうとしてきた。
その事実がある以上、「君の命を狙ってなんかいない」とは言わせない。
「言い方が悪かったかな・・・。つまりさ、君たちは、『白縫グループ』全体の意志で、君を狙っていると、そう思っているんじゃないかな?」
「そうですけど・・・違うんですか?」
「ああ。その認識は間違っているよ。君を狙っているのは、あくまでも『白羽病院』だ。『白縫グループ』の偉い人の指示で動いているとか、そういうことじゃない。『白羽病院』が単体で、彼ら自身の意志で、君を狙っているんだよ」
「・・・・・」
「狙っているんだよ」と、言われても。
狙われる側からすれば、そんな違いは些細なことなのだけれど・・・。
「それは・・・どうにか止められないものなんですか?たとえば、上の人間の命令とか、あなたたち『白縫病院』の職員からの進言とか・・・そういう対処は出来ないんですか?」
「・・・残念ながら、難しいと思うよ」
肩を竦めながら、彼女は言う。
「『白縫グループ』に属しているとはいえ、『白羽病院』は、かなり自由で、過激な組織だからね。私たちからの進言程度ではどうにもならないし、そこそこ階級の高い人間が命令したからといって、止まるような連中でもない」
そうなのか・・・。
なんだか、落胆を抑えきれない。
せっかくここまで来たというのに、またしても振り出しか・・・。
「『白縫大病院』の院長・・・つまり、『白縫グループ』の代表なら、どうにか出来るかもしれないけれどね。さすがに組織のトップともなると、進言も難しい。・・・すまないね、力になれなくて」
「いえ・・・僕が勝手に、期待していただけですから」
『白縫病院』との交渉が上手くいけば、それで全てが丸く収まると考えていた僕が甘かった・・・。残念ながら、そう簡単にはいかないようだ。
まあ・・・・・仕方がない。
切り替えるとしよう。
実際、粒槍の件以来、『白羽病院』からの実害は受けていないわけだし・・・・・彼らが、僕を諦めていることを祈ろう。
「・・・・・優くん。『白羽病院』の連中を止めることには、協力できないけれど・・・・・別の方面からならば、私は、君の力になれるかもしれない」
「・・・はい?」
落胆を隠せずにいると、濱江さんは、そんな提案をしてきた。
別の方面?
一体・・・どういうことだ?
「優くん」
と、彼女は顔を引き締め、テーブルの上で手を組む。
まるで、「ここからが、私にとっての本題だ」と言わんばかりに。
「君・・・社会復帰、したくはないかい?」




