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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
第2章 『白縫病院』の怪
27/79

病名とめろんぱん その27

登場人物⑦

空炊(からたき)(ほう)()

 『海沿保育園』のメンバーの一人。

 料理人を務めている。


「そういえば・・・・・明日は君たち、いよいよ出発するそうだね。『白縫(しらぬい)病院』・・・だったっけ?直談判しに行くんだろう?」


 場所は変わって、保育園のホール。

 僕は、ある程度の仕込みを終えた空炊さんと共に、ホールのテーブルでコーヒーを啜っていた。「冷たい飲み物が欲しい」と言った僕に、空炊(からたき)さんがアイスコーヒーを淹れてくれたのだ。

 美味しい。

 カフェインで、眠れなくなるかもしれないけれど。


「何時ごろ出発するんだい?お昼ご飯くらいは、食べていけるんだろう?」

「夕方ごろの出発です。明日は・・・というか、既に今日ですね。今日の夜は、ホテルに一泊ですよ」

「なろほど・・・なら、俺の作ったお祭りご飯でも食べて、頑張ってきてくれよ。交渉やら話し合いやらっていうのは、気を遣うものだろう?」

「それはそうですけど・・・それ、ご飯と関係ありますか?」

「もちろんだよ」


 愉快そうに、空炊さんは笑った。


「空腹のままじゃ・・・お腹が膨れてなきゃ、何だって上手くいかないもんさ。ご飯は大事だよ・・・と、料理人としては、伝えておきたいね」

「はぁ・・・」


 本当に大変な状況になったら、空腹なんて気にしてられないと思うけれど・・・その辺りは、元栄養士としては譲れないことなのだろうか?まあしかし、食べて行けと言うならば、ありがたくいただいていこう。どんな気持ちが籠っていようと、彼のご飯が美味しいのは事実だ。

 『白縫病院』といえば・・・空炊さんはここに来る前は、病院で働いていたのだっけ?本当に、どういう経緯で『(やまい)』や『海沿(かいえん)保育園』に関わることになってしまったのだろうか?

 僕が日常生活を追われることになったように、空炊さんもまた、自身の日常を手放さざるを得なかったのか?


「まあ、君はきっと、上手くやるんだろう。『白縫病院』との交渉を無事に終えて、君が意気揚々と帰ってくるのが目に浮かぶよ」

「いや・・・僕はそんなに、交渉の上手い人間ではありませんよ。そもそもコミュニケーション自体、得意な方ではありませんし」

「それでも、君は上手くやれるだろうと、俺は信じているよ」


 コーヒーを啜りながら、彼は言った。


「君は、生きる意志の強い人間みたいだ。長生きできるチャンスを逃すようなヘマは、君はしないだろう?」

「そんなこと・・・・・ない、とは言い切れませんけど。でもそんなチャンスは、誰だって不意にしたりはしないでしょう?」

「そうでもないさ。生きる意志の弱い人間なんて、いくらでもいるはずだ。実際、生きるのが嫌になってしまった人間が、俺の働いていた病院にはたくさんいたよ」


 生きるチャンスが、いくらでもあるにも関わらずね。と、空炊さんは苦笑いを浮かべる。


「俺だって、生命力の強い人間とは言えないさ。何度も、死にたくなった瞬間がある」

「死にたくなった瞬間ですか・・・僕には、感じたことのない瞬間ですね」

「だろう?『病』に関わってしまったときも、粒槍(つぶやり)伝治(つたうじ)に襲われたときも、『シンデレラ教会』との抗争に巻き込まれたときだって、君は生きるのを諦めなかっただろう?」

「・・・空炊さんは違うんですか?」

「ああ。俺はそんなに、生きることには執着していないよ。君ほど、生きるのが得意じゃない」


 生きるのが得意じゃないって・・・・生きるのが得意な人間なんて、果たしているのだろうか?

 この際、聞いてみようか。

 思いもかけずこんな話になってしまったし、彼と『病』の世界との馴れ初めを、聞いてみてもいいのかもしれない。


「空炊さんは・・・一体、いつ『病』のことを知ったんです?死にたくなった瞬間って・・・・・もしかして、空炊さんも命を狙われたことがあるんですか?」

「おや・・・核心部分を聞いてきたね。いつかは、聞かれるかもしれないと思っていたけれど」

「言いたくないこと・・・ですか?」

「いやいや・・・核心部分とはいっても、その核心は大したものではないよ。きっかけは、君とほとんど同じだ。たまたま『病』のことを知ってしまって、殺されそうになって・・・偶然沖さんが助けてくれたものの、そうでなければ俺は、今頃この世にいないだろう。あの人に保護されたのは、本当に幸運だった」

「『白縫グループ』の人間に狙われた・・・わけではないんですよね?」

「ああ。別の組織の人間だよ。それほど大きな組織ではなかったし、早々に、彼らは俺の命を狙うのはやめてくれた。そういう意味でも、俺と君とでは、随分と違うのかもしれないな」

「・・・僕も空炊さんも同じ一般人、ではなかったんですか?」


 初めて空炊さんと会ったときに、そんな話をした・・・・気がする。

 僕らはどこにでもいる、普通の一般人だと。


「少し前の俺だったら、その解釈は変わっていなかっただろう。でも、今は違う。君と俺とでは、まったく違うんだ」


 全然違う人間なんだよ、と彼は語った。


「命を狙われたとき、俺は諦めたんだ。死んでも、別に構わない。そこまで後悔はないと、そう思ってしまったんだ。だが・・・(やな)()くん。君は違うだろう?そういう人間ではないはずだ。何を差し置いても、生きることを優先する・・・・違うかな?」

「まあ・・・それは違いませんけど」

「君のことを、全て理解したつもりでいるわけではないけれど・・・・・それでもやはり、君は、俺とは違うんだよ。良い意味でも、悪い意味でもね。羨ましくもあるし・・・正直、怖くもある。君のその、生きる意志は」

「怖い?生きる意志が、ですか?死ぬ方がよっぽど怖いと、僕は思いますけど」

「うん。君は、そう言うだろうと思ったよ」


 空炊さんは静かに微笑んだ。

 その視線には、悲しみが籠っていたようにも感じたし、哀れみの視線にも感じた。

 生きる意志が強すぎる僕を、哀れんでいるのだろうか・・・?僕のことを、随分と知ったように語ってくれたけれど・・・なぜ、自分と違う性格の人間を、そこまで理解できるのだろう?

 いや・・・そうじゃないのか。

 違うからこそ、分かるのだろう。対照的だからこそ、理解できる部分もあるのだろう。

 僕は、空炊さんの考え方には共感できないけれど。

 空炊さんには、僕の考え方が分かるのかもしれない。


「死ぬのは怖い。確かにそうだけれど・・・・・生きるのだって、充分に怖いんだ」

「・・・・・」


 死ぬ怖さと、生きる怖さ。

 何を手放して、何を諦めるのか。

 手放した日常は同じでも、諦めたものが違う。

 それが、僕と空炊さんの違いなのかもしれなかった。

 


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